展望室から見える、円錐形のそれを組み合わせたコロニーの群れにキラは悲しげな視線を向けていた。 本当であれば、あそこにもう一つコロニーがあったはずなのだ。 しかし、それは永遠に失われてしまった――キラにとっても大切な人々を巻き込んで――その事実を目の当たりにすると、悲しい、などという言葉では言い表せない思いがキラの中で渦巻く。 「……キラ……」 そんなキラの気持ちを感じ取ったのだろうか。心配そうな声でアスランがキラの名を呼んだ。それだけではない。彼の腕がキラの体を抱きしめる。 「大丈夫……ただ、ちょっと悲しくなっただけ」 あるべきものがないという状況が……と言葉を返しながら、キラは自分の胸に回されたアスランの腕を抱き返した。 「そうだな」 こう言いながら、アスランもまた痛みに耐えるかのようにキラを抱きしめる腕に力を込める。その彼がどんな表情をしているのかキラからは見えない。だが、アスランは自分に見られたくないだろうとキラは判断した。 「……アスランは……ここにいるよね?……」 その代わりのようにキラは彼に向かってこう問いかける。 「そうでなかったら、キラを抱きしめているのは誰なんだろうね」 くすりとアスランが小さく笑った。それでも、キラを抱きしめている腕からは力が抜けることはない。むしろ、さらにアスランの方へと引き寄せられているような気がするのはキラの錯覚だろうか。 「アスランだよ、もちろん」 でも……と言いかけて、キラは言葉を飲み込む。 「言いたいことは、最後までちゃんと言おうな?」 どんなことでも聞いてあげるから、とアスランがキラの耳に囁いてくる。 「……でも、アスランもみんなも……戦場に戻るんだなぁって、思っちゃっただけ……」 そうしたら、こうして甘えられなくなる……とキラは呟く。 「みんながどうしてザフトに入隊したのかはわかっているけど……でも、側にいてもらえないと寂しいなって……」 ラクスやパトリックはいてくれるだろうは、忙しいからいつも、とは言えないだろうし……とキラは視線を伏せる。そんなことを考えていて、子供っぽいかもしれないけど、と。 「ごめん……キラ……」 言葉と共に、アスランがキラの肩に額を付けてくる。 「だからといって、ザフトを除隊はしてやれない……少なくとも、この戦争が終わるまでは……」 その代わり、少しでも早く戦争を終わらせるから……とアスランが付け加えた。そうすれば、ザフトを除隊しても、誰にも何も言われないだろうと。 アスラン達の立場からすれば、それも当然のことだ、と言うことはキラにもわかっている。むしろ、戦意昂揚のためには必要だったのだろう。国防委員長の子息で、あの日、母を失った彼なら、と。 それでも、寂しいと思う気持ちは止められない。 「うん……それもわかっているから……」 だから、少しでも早く戻ってきて欲しい……とキラは素直に口にした。 「もちろんだよ、キラ」 キラの17歳の誕生日は、一緒に祝ってあげたいから……といいながら、アスランはキラの手を自分の方へと引き寄せる。そして、まるで騎士が姫君への忠誠を誓うかのようにその手の甲へと口付ける。 「アスラン!」 まさかこんな事をされるとは思っていなかったキラは、焦ったような口調で彼の名を呼んだ。 「約束の印だよ、キラ」 それとも唇の方がよかった? とアスランはとんでもないことまで口にしてくれる。 キラはアスランの腕の中で無理矢理体の向きを変えると、彼の瞳をまっすぐに覗き込んだ。 「……僕だって、男だってわかっているんだよね?」 そういうことは、可愛い女の子とすれば……とキラは苦笑混じりにアスランに言い返す。 「それはよくわかっているよ。しょっちゅう一緒にお風呂に入ったからね」 だから、キラの裸はしっかりと見ていたよ……とアスランが笑う。それは間違いのない事実なのだが、こうして面と向かって言われると恥ずかしいものがある、とキラは心の中で呟く。 「だったら……」 「でも、俺が本気で守りたいと思うのは、もうキラだけ、なんだよ?」 だからいいんだよ、とアスランはとびきりの微笑みを浮かべた。それは、彼のいろいろな表情を見慣れているキラも思わず見ほれてしまうくらいすばらしいものだった。 「そして、キラが待っていてくれると思えば、絶対に生きて帰ろうと思えるしね」 建前ではなく、本心からの理由だから……とアスランは言うと今度はキラの頬にキスを送ってくる。 「……だから、僕は女の子じゃないから、キスをされてもあまり嬉しくないんだけど……」 口ではこういうものの、キラはアスランの行為をもうやめさせそうとはしない。ただ、その口元に微かに苦笑を浮かべて受け止めているだけだ。 「でも、誕生日の時にアスランとおじさまとみんなと……父さんと母さんがいてくれれば一番嬉しいかな?」 生きてくれている人たちだけでもいいから……とキラは付け加えた。 「そうしてあげるよ。キラが望むなら」 だから、安心して……とアスランは囁き返してくる。同時に、また彼の唇がキラの顔に落ちてくる。 あるいは、こんな彼の行為も、本国に着けば離れ離れになってしまうことがわかっているからだろうか、とキラは思う。だから、自分と同じように彼も不安を抱いているのかもしれない、と。それを少しでも解消しようとしているのであれば、妥協するしかないか、とキラが思い始めたときだ。 「……アスラン!」 怒りを押し殺しているとわかる声が、キラ達の耳に届く。それが誰のものか、確認しなくてもわかってしまう。 「うるさいぞ、イザーク。キラが嫌がっていない以上、お前に文句を言われるいわれはない」 せっかく二人だけでいたのに邪魔をされたからだろうか。それとも、今の光景を見られたからか。むっとした表情でアスランが言い返す。 「……だったら、自分たちの部屋でやれ! そうだったら、妥協してやる」 こっちにまでとばっちりを向けるな、といいながら、イザークが二人の側へと歩み寄ってきた。 「整備の者たちが困っていたぞ。入るに入れない状況だ、と」 おかげで、休憩にはいるとことだった自分が呼び出されたのだ、とイザークは付け加える。その瞬間、キラの頬は羞恥で真っ赤に染まってしまう。まさか見られていたとは思わなかったのだ。 「……単なる牽制だ。あいつらの中に、キラにちょっかいをかけようとしていた奴がいたからな」 だが、アスランは気がついていたらしい。こんなセリフを口にする。 「もっとも、キラにキスしたいというのは俺の本音だがな」 文句はいくらでも聞くさ……とキラを抱きしめ直しながらさらに付け加えた。 「なるほど……それなら、俺もとやかくは言わないでおくか……」 アスランの言葉の意味がわかったのだろう。イザークも憮然とした表情ながら頷いてみせる。 「だが、それなら俺にも権利があるんだよな」 しかし、その表情がいきなり何かをたくらんでいるようなものへと変化した。その事実に、キラが何やら不穏なものを感じた、まさにその瞬間である。イザークの唇がキラのそれを塞いだ。 「イザーク!」 悲鳴とも怒鳴り声ともつかないアスランの声が室内に響き渡る。その次に続いたのは、呆れるほど豊富な罵詈雑言の嵐だ。キラはどう反応を返していいのかわからないまま、それを呆然と聞いているのが精一杯だった。 おいしい立場だったのはアスランなのかイザークなのか……ともかく、次回は波乱が……(^_^; |