そう待つことなく、モニターの中にキラの姿が現れた。その背後にはニコルとディアッカの姿もある。イザークのそれがないのは、勤務の関係だろうか、とパトリックは判断をした。 「……少し、やせたかな?」 キラにこう問いかけてしまったのは、彼の姿がとても儚げに思えたからだ。 『おじさま……』 その瞬間、キラは困ったような視線を向けてくる。 「あぁ、怒っているわけでも何でもないよ。ちょっと気にかかったものでね。元気ならばそれでいい」 慌ててパトリックはこう付け加えた。アスランの言葉通り、今のキラの心はかなり傷つきやすくなっているらしい。本の些細な一言ですらとんでもない凶器として受け止めそうだ、と判断をする。同時に、他の者たちにも注意しておかなければならないだろうと思う。 「それよりも、キラ君にはいい知らせがあるのだが」 今から口にすることが、少しでも彼の心の傷をいやしてくれるといいのだが……と思いながらパトリックはキラへと微笑みを向けた。 『……あの……』 それでもキラの不安は解消されなかったらしい。 キラの性格を考えれば仕方がないことだろうとパトリックは判断していた。その背後では自分の息子以外の者たちが目を丸くしている。それは少し気に入らない、と思いながらもパトリックはその表情を崩さない。 「オーブのマルキオ氏から連絡があったのだがね。今はやめておいた方がいいかな?」 そして、こう問いかける。 『マルキオ様、からですか?』 パトリックの言葉に、キラは目を輝かせた。どうやら、彼の中ではそれなりの信頼をマルキオは得ているらしい。 『あの人達のことでしょうか……僕は無事にアスラン達が助けてくれたけど……あの人達はヘリオポリスに残っているから、あるいは……と思っていたのですが』 無事に本国へ戻ることができたのか、とキラは問いかけてきた。 「彼らも無事だそうだよ。マルキオ氏の元にいらしたからね。私からも礼を言っておいた」 だから、安心していい……とパトリックは笑みを深める。 『あの方々も……ですか?』 キラがうれしさ半分疑問半分の表情で聞き返してきた。 「そうだよ。もう一組、無事を知らせたい人々がいる」 この言葉に、一瞬、キラの瞳に期待の光が浮かび上がるのがモニター越しにもわかる。 だが、それはすぐに消えてしまう。どうやら、彼の中では諦めることが日常になってしまっているようだ。それはあるいは自分たちのせいかもしれない……と思えば、パトリックは慚愧の念にかられる。しかし、それを口にしてこれからキラが味わうであろう喜びに水を差したくない。 「私にとってもアスランにとっても、喜ばしい人々だよ」 それよりも、自分もキラが心の底から笑った表情が見たいのだ、とパトリックは思う。 『……おじさま?』 キラだけではなくその隣に立っているアスランもパトリックの次の言葉を待っている。いや、二人の背後にいるニコルやディアッカも同様だ。 「キラ君は集めていたデーターをマルキオ氏に送っていただろう? それを彼がアスハ代表首長へと渡して協力を依頼してのだそうだ。その結果、あの事件で行方不明になっていた人々を無事に保護できた、と先ほどマルキオ氏から連絡があってね。その中に、ヤマト夫妻もいらっしゃると聞いた。キラ君がこちらに到着次第、あちらに連絡を入れ、話が出来るようにしてあげよう」 一息にパトリックが言葉を口にする。口調が早口になってしまったのは、少しでも早くキラを喜ばせようと思ってしまったからだろうか。 『キラ!』 だが、それはある意味逆効果だったらしい。 それとも、あまりに衝撃が強すぎたのだろうか。 『キラ!』 モニターの中でキラがゆっくりと崩れ落ちていくのが見える。その細い体をアスランが慌てて支えている光景もその後に続いた。 「キラ君?」 大丈夫なのか、とパトリックは不安になる。あるいは、知らせない方がよかったのか、とまで思ってしまう。自分の判断にこれほど迷ったのはパトリックにとって初めてかもしれない。 『……ごめんなさい……』 蚊の鳴くようなキラの声がパトリックの耳に届く。それは彼が予想していたように喜びに満ちたものではなかった。 『何を謝っているの、キラ。凄く嬉しいことだろう?』 そんなキラの様子を不審に思ったのだろう。アスランもまたこう問いかけている。 『だって……』 泣きそうな声でキラが言葉を返した。 『アスランもおじさまも……おばさまのこと、一言も言わなかったじゃないか……それに……』 その後の言葉は声にならない。だが、聞いている者たちには皆キラが何を言いたいのかわかってしまう。 『馬鹿だな、キラ……それとこれとは違うじゃないか』 そんなキラをアスランが必死になだめようとしている。 「そうだぞ、キラ君。レノアのことと君のご両親のことは全く別問題だ。それに、私に友人の無事を喜ばせてくれないつもりなのかな?」 パトリックもまた、キラに向けてこう言葉をかけた。 「君のお父さんは、私にとっても大切な友人だ、と思っているのだよ」 だから、無事だったことを嬉しいと思えばいい、と。 『……おじさま……』 キラが顔を上げた。その瞳が、本当にそれでいいのか……と問いかけてきている。 「だから、お父さん達がキラ君の顔を見て驚かないように、少しでも体調を整えてきなさい。実際に顔を合わせられるのは……戦争が終わってからでないと無理だろうからね」 それに関してだけは許して欲しい……と付け加えれば、キラは首を横に振って見せた。 『でも……』 キラにはまだなにかわだかまるものがあるのだろう。それとも、自分だけが……と思っているのだろうか。 『……俺達は確かに母上を失ったけど……でも、おばさま達まで失わずにすんだんだよ? だから、そんなに気にすることはないって。それに、戦争がいつまでも続くわけはない』 そうだろう、とアスランは腕の中のキラに優しい微笑みかけてやっている。 『戦争なんて、俺達がすぐに終わらせてやるって』 『そうですよ、キラさん。そうしたら、ご両親を紹介してくださいね』 ディアッカとニコルも、キラに向かって必死に安心させるような言葉をかけていた。それがまた、彼らの戦う理由になるだろう、とパトリックは頭の片隅で考える。彼らが本気を出せば、間違いなくこの戦争はザフトの勝利で終わるだろう。そして、そのために奪取してきたMSは重要な役目を果たしてくれるはずだ……そう判断したのは、間違いなく《国防委員長》としての意識だ。 それが一瞬、疎ましく思えてしまう。 「キラ君……どうしても気になる、というのであれば、こちらについてから一緒にレノアの所へ行ってくれるかな? そして、ご両親のことを報告してくれればいい」 そうすれば、レノアも安心してくれるだろう……とパトリックはキラに告げた。 『……それで、いいのでしょうか……』 キラがおずおずと言葉を返してくる。その口調にはほんの少しだが自分に対する甘えが含まれているような気がするのはパトリックの気のせいであろうか。 「もちろんだよ。レノアの性格は、キラ君だって覚えているだろう?」 そうレアればいいのだが、と思いながら、パトリックはキラにこう聞き返す。 『……はい……』 キラは小さく頷いてみせる。それは納得したのではないだろうが、少なくとも『自分だけが悪い』と思わなくなってきているのではないか。そう思う。 「では、待っているからね。あぁ、体調を整えておかないもう一つの理由があったな」 さらにキラの意識を自虐的なものからそらそうとパトリックは頷きながら言った。 『何でしょうか』 また不安が湧き上がってきたのだろう。キラが瞳を揺らしている。それに気づいたアスランはアスランで、パトリックを非難するように睨み付けてきていた。 「キラ君が戻ってくると知って、アイリーン達が大騒ぎをしているだけだ。あれに立ち向かうには相当体力を使うだろうと思っただけだよ」 これは予想をしていなかったらしい。次の瞬間、キラが目を丸くする。 『それは……確かに怖いな……』 ぼそっとディアッカが口にした。過去のあれこれを思い出したのだろう。ニコルも大きく頷いている。 『休暇中はフォローしてやれるが、キラに自分で対処して貰わないといけないな……これに関してはラクスも参戦するだろうし』 そして、最後のとどめをアスランが刺してしまう。 『……アスラン……僕、帰るのやめていい?』 先ほどまでとは違った意味でキラが涙目になってしまった。 「それはやめておきなさい。でないと、艦内で騒動が繰り広げられることになるよ?」 笑いを堪えながらパトリックが言葉をかければ、キラは本気で泣き出しそうになってしまう。 『父上!』 アスランの非難の声をパトリックは笑いで受け流した。 と言うわけで、あと一息なのですが……まだまだ続きそうなんですねぇ……うん(^_^; |