「……イザーク……」
 アスランの姿が見えなくなった瞬間、キラはいきなり肌寒さを感じてしまう。それを何とかして欲しくて、彼は友人の名を口にした。
「どうした?」
 心配そうにイザークが視線を向けてくる。
「ごめん……ちょっとくっついていい?」
 そんな彼に向かってキラはこう問いかけた。イザークがあまり他人に触れられることを好まない、と知っているからだ。それでも、誰かのぬくもりを感じたいと思ってしまうのもまた事実だったが。
「アスラン達なら願い下げだが、お前ならかまわないぞ」
 イザークは微笑むとキラに向かって腕を差し出してくる。それにキラは自分の腕を絡めた。そのまま彼の腕を引っ張るようにしてキラは自分の隣へと座らせる。イザークもまたそれに逆らうことはない。
「珍しく甘えてくるな」
 まんざらでもなさそうな表情でイザークは言葉を口にした。
「ごめん……」
 この言葉に、キラは慌てて彼から離れようとする。だが、そんなキラの腕を今度はイザークの方が握りしめてきた。
「俺としては嬉しいから、かまわん」
 だからもっとくっついていろ、とイザークは笑みを細める。そして、キラがすがりついているのとは反対側の手で、彼の頭を自分の肩へと引き寄せた。
「それよりも、辛いなら寝ていろ」
 どうやらイザークはキラの言葉を『眠気が取れないから』と判断したらしい。優しい口調でこう囁いてくる。
「……そう言うわけじゃないんだけど……」
 ちょっと寒気が……とキラは素直に口にした。その瞬間、イザークの掌がキラの額に押し当てられる。
「イザーク?」
 どうしたのか、とキラは彼のそんな行動に驚きの表情を浮かべた。
「熱はないようだな? ドクターに診て貰うか?」
「……いい……ただ、アスランがいなくなったから……」
 寂しくなっただけかもしれない、とキラは微笑む。
「でも、代わりにイザークがいてくれるし……」
 だから、すぐに治ると思う、とキラは告げた。
 その瞬間だった。
 いきなりキラは目の前の光景が変化する。一体何が、と思えばキラは自分がイザークの膝の上へと抱き上げられていることに気がついた。
「イザーク?」
 一体何、とキラは彼の瞳を覗き込む。
「お前が可愛いことを言うからだろうが!」
 にやっと笑うと共に、イザークはキラを抱きしめる。その力はキラに痛みを与える。だが、それも彼から伝わってくるぬくもりのおかげできにならない、と言うべきなのだろうか。キラは小さくため息をつく。
「俺達はこうしてお前の側にいる。本国へ戻ればラクス嬢もいることだしな。だから、何も心配することはないだろう?」
 お前はこうして甘えていればいい、とイザークはキラの背を優しく撫でた。それはアスランの物とは違う。だが、同じくらい心地よいと思う。
「でも……僕は……」
「お前は戦わなくていい。その代わり、俺達が戦うための《理由》になってくれれば十分だ」
 憎しみだけではなく守るための戦いをするために……とイザークは口にした。
「……守るため?」
 そんな彼の瞳をさらに覗き込みながら、キラは聞き返す。
「そうだ。誰かを守るための戦いなら、必要以上相手を傷つけずにすむ。そうだろう?」
 ナチュラルへの憎しみも募らせないですむ……と言う言葉に、
「……みんな、そう思ってくれればいいな……」
 とキラは呟いた。
「なら、お前がそうなるように努力すればいい。ラクス嬢がその手助けをしてくれるはずだ」
 考えてみればいい、とイザークはキラにこれからの行く手を教えてくれる。
「そうだね」
 そうできればいい……とキラは微笑む。そんなキラに、イザークもまた微笑みを返してきた。
「そのためにも体調を整えなければいけないぞ」
 アスランにも散々言われているだろうが、と言うセリフには苦笑しか返せない。実際その通りだからだ。
「……アスランもイザークも、僕なんかどこがいいんだろうね……」
 アスランはまだ理解できるけど……とキラは思わず口にしてしまう。
「お前は……」
 どこか呆れたようにイザークは呟く。
「どこがいいかは俺達の自由だろう? 大切なのは、俺達がお前のことを《好きだ》と言うことだ」
 違うのか? と言う言葉にキラは困ったように小首をかしげてみせる。そう言われても、と思う。
「と言っても納得できないという表情だな……そうだな。俺がお前を好きなのは、お前が俺を一人の人間としてみてくれるからだよ。他の連中のように、ジュール家の跡取りだから、と言うことではなく」
 それが自分にとっては重要なことなのだ、とイザークは微笑みを深める。
「お前が納得できないとしてもな」
 こう言いながら、イザークはキラの体を抱きしめてきた。
「……本当、趣味が悪いよね、みんな……」
 諦めたかのようにキラは彼の肩に額を押しつける。そして、そうっと瞳を閉じた。口ではこう言いながらも、嬉しいと思うのは間違いのない事実だったからだ。
「そう思っているのはお前だけだぞ」
 自分の魅力は自分ではわからないのかもしれないが……と言いながら、さらにキラの背を撫でてくれる。その指の優しさと全身を包み込んでくれるぬくもりに、キラがうとうととし始めた。
 そのまま、アスランが戻ってくるまで彼の膝の上で眠らせて貰おうか……とキラが思った、まさにその瞬間だった。
「何をしているんですか、イザーク!」
 ニコルの悲鳴が室内に響く。
「何と言われても、キラが不安だというのでな。あぁ、アスランは本国から呼び出しが出て席を外している」
 文句は受け付けないぞ、といいながら、イザークはわざとらしくキラの体を自分の方に引き寄せた。
「ちなみに、抱きついてきたのはキラの方だからな」
 文句は言うなよ、とイザークはさらに彼らを煽るようなセリフを口にする。
「……キラさんの意思なら、妥協しますよ、今は……」
 どこか苛立たしげに口にされたこのセリフの裏に『後で覚えていてくださいね』と言う声が聞こえてきたのはキラの気のせいだろうか。
「あのね、イザークにニコル……」
 ともかく、自分のせいでケンカだけはして欲しくない、と思いながらキラは顔を上げる。
「キラさんが気になさらないでくださいって。それよりも、ゼリーとムースを作って貰ってきましたが……食べられますか?」
 ご相伴させて頂きますから……と言いながら、ニコルはテーブルの上に持ってきた物を置く。
「全部でなくてもいいから、食べろ。何なら、ドリンクぐらい確保してきてやるが?」
「ディアッカが持ってきてくれるはずですよ」
 だから、キラは好きなのを選んでいてください、とニコルは口にする。
「残ったのは、ディアッカが処分するだろう。だから、まずは好きなのを選べ」
 二人にこう言われて、キラはイザークの膝の上から降りた。その瞬間、残念そうな表情をイザークは作る。それがアスランと同じもので、キラはまた小首をかしげたくなった。



イザークの幸せは一瞬だけ……と言うことなのか、それともニコルの一年の方が強かったと言うべきか……でも、おいしいポジションだけは死守していますね、イザーク(^_^;