入室の許可を誰かが求めている。それが誰なのかを確認しようと、アスランは端末に手を伸ばした。 「イザークか……今開ける。ただ、キラが眠っているから、静かにな」 用事を聞いてからでも起こすのは遅くないだろう……アスランは思う。そして、イザークの返答を耳にする前にドアのロックを解除した。 次の瞬間、イザークが室内に滑り込んでくる。 「……何かあったのか?」 彼の様子からして、まだ勤務中なのではないか。アスランはそう判断をする。 「本国から、キラ宛に通信があったそうだ。お前の判断で、都合のいいときに返信をさせるように……とのことだったが……」 どうする、と付け加えながらイザークはアスランの膝の上にあるキラの顔を見つめた。その薄いまぶたには疲労の色が濃く映し出されている。 「……家の父か? そう言うことを言ってきたのは」 でなければ、いくら評議会議員とはいえ前線で任務に就いている戦艦に個人的な通信を入れることは難しいだろう、とアスランは苦笑を浮かべた。 「家の母あたりからせっつかれているのだろうがな」 そんな彼にイザークも苦笑を返してくる。 「いや……たぶん俺からのメールを見たんだろう」 キラを無事に助け出したことと地球軍によって拉致されかけたことだけは取り急ぎパトリックにも伝えてあった。だから、状況と共にキラの様子を確認したい、と彼は思ったのだろう。 しかし、キラの前で迂闊な言動を取られても困る。 「……事前に打ち合わせをしたいところだが……」 今、キラから目を離すことはしたくない、とアスランは思う。 「イザーク……」 不本意だがキラのためなら仕方がない……とアスランは彼に声をかけた。 「何だ?」 「少し、時間があるか? 先に父上と話をしてくる。その間、キラの側にいて欲しい」 キラを一人にするよりもその方が安全だ、とアスランは付け加える。でなければ、ニコル達が来るまで待つしかないか、とも。 「理由を聞かせろ」 あくまでもキラを心配しているのだろう。抑えた口調でイザークがさらに問いかけてきた。 「キラの様子を知らせておかなければ、父上のことだ。迂闊なセリフを言いかねない……整備陣のようにな」 アスランの言葉に思い当たる物があったのだろう。イザークは忌々しげに舌打ちをする。 「……あれのOSの件か……」 キラが作ったMSのOS。それはザフトの開発局が作ったものよりも優れていることは、あれをテストした自分たちがわかっていた。そして、これを使えば間違いなく勝利は自分たちの物になるのではないか、そう思ってしまったことも事実だ。 しかし、キラはその事実を否定したがっている。 いや、心の底から嫌がっている、と言うべきか。 今のキラには、彼らの賞賛の言葉ですら心を崩壊させる引き金となりかねない。 「あぁ……今のキラにはいくら注意をしてもしすぎることはない……」 傷を必死に癒そうとしているからこそ、余計に……とアスランはイザークに告げる。 「お前がそう言うのであれば……そうなんだろうな。いいだろう。そのくらいは融通が利くはずだ」 ここに行け、と言ったのは隊長だし……とイザークは頷く。その彼に頷き返すとアスランはキラの肩にそうっと手を置いた。 「キラ……イザークが来たよ」 起きて……と優しくその体を揺する。 「……アスラン?」 アスラン達が思っていたよりも眠りが浅かったのだろうか。キラはすぐに目を覚ました。 「イザークがね、来てくれたから……彼と一緒にいてくれるかな? 俺は隊長に呼ばれているらしいんだ」 すぐに戻ってくるから……と言えばキラは小首をかしげてみせる。彼の瞳の奧に不安が揺れていた。だが、すぐに仕方がないと判断したのだろう。 「イザークは……いてくれるんだよね?」 それでも一人でいるのがいやなのか。不安が滲んだ声でキラはイザークへと問いかけた。 「あぁ。何なら、アスランのように膝枕をしてやるぞ」 イザークが柔らかな口調でこう言い返す。その瞬間、キラの顔が真っ赤に染まった。 「別に……膝枕をして欲しいわけじゃないんだけど……」 ぼそぼそとキラはいいわけをし始める。 「ただ……側にいてくれれば安心できるから……」 そして、今まで自分たちと離れていたから、とキラは付け加えた。だから……とさらに言葉を口にしようとするキラに、 「わかったわかった……代わりに抱っこしてやるよ」 イザークはからかうようにこういった。 「イザーク!」 ゆでだこのように顔を真っ赤に染めるとキラはこう叫ぶ。これならば大丈夫だろうか……とアスランは思う。だが、一抹の不安が残ることもまた事実だ。 「と言うわけで、イザークに遊んで貰っているんだよ、キラ。たぶん、ニコル達も来ると思うし……」 俺もすぐに戻るから……とアスランは口にしながら、キラの頬を手で包み込む。 「うん……お仕事の邪魔してごめんね……」 だから、どうしてここでそう言うセリフが出てくるのだろうか。 「あのね、キラ。キラの側にいることも今の俺には重要な仕事だってわかっている?」 キラは、みんなにとって大切な存在なのだから、と。だから、国防委員長であるパトリックもクルーゼを通じて《保護命令》を出したのだ。 「だからね。キラが俺の仕事を邪魔しているわけじゃない。もちろん、イザーク達のもだ」 そのことに関してキラが気に病むことはない……とアスランはキラに言い聞かせる。だから、そう言うことを言ってくれるな、とも。 「どうしても俺に申し訳ないって思ってくれるのなら……そうだな。ニコルあたりが持ってくる物を全部食べること。いいね」 それが一番心配だから……と冗談めかしてアスランが言えば、キラは微かに笑みを口元に浮かべて見せた。それは間違いなく自然に浮かんだものだろう。 「と言うわけだ。イザーク、頼むな」 これなら大丈夫だろう……と心の中で自分に言い聞かせながらアスランはイザークへと視線を向ける。 「もちろんだ」 ちゃんと食べさせて、ついでにちゃんと休ませるさ……とイザークは頷く。 「……そうだな……膝枕が嫌ならば、添い寝をしてやるぞ」 どうする? とイザークはキラに向かってさらにからかいの言葉を投げつけた。 「イザーク!」 そうすれば、キラが怒鳴り返す。それはオーブへ行く前の彼の様子と代わらない。 「……やめておいてくれ……それこそ、ニコルが何をするかわからないぞ。艦内で殺傷沙汰は避けたいだろう?」 それがなくても、ラクスの耳に入った時点で彼女が何をするかわからないぞ、とアスランは指摘してやる。 「お前はいいのに、か?」 憮然とした表情でイザークが言い返してきた。 「それこそ、昔からのことだろう? ニコルもラクスも諦めている」 キラが不安定な頃、自分の側でしか眠れなかった事実を見せつけてあるから……という事実をアスランは敢えて口にしない。 「あぁ、そうだ。父上となら連絡を取れるかもしれないよ、キラ。確認してこようか?」 不自然にならないようにアスランはこう問いかけた。 「おじさま?」 どうして、とキラが小首をかしげてみせる。 「そうしろ、キラ。でないと、家の母あたりが押しかけてくるぞ」 それこそ迷惑だ……とイザークもアスランの言葉をフォローするセリフを口にした。その瞬間、キラは複雑な表情を作る。そうなった場合、来るのがエザリアだけではすまないだろうと気がついたのだ、とアスランは推測をした。 「父上にだけでも連絡を入れておけば、後はあちらが何とかしてくれるよ」 くすくすと笑いを漏らすとアスランはキラに気づかないようにイザークに目配せを送る。それに彼も頷き返したのを確認してから、部屋を出た。 次の瞬間、彼の表情は豹変する。 「父上の真意を確認しないとな」 そして、この言葉と共に彼は移動を開始した。 さすがだ、アスラン……と言うところでしょうか。負けじとイザークもがんばっています。 |