「……そうか……では、彼らは無事なのですな?」 パトリックはシーゲル経由で回されてきた通信の相手にこう聞き返す。 『えぇ……ウズミさまの方で保護できた、と。ですから、キラ君には安心して欲しいとお伝え頂けますか?』 そう言いながらモニターの中で微笑んだのはマルキオだった。 「もちろんです。私も……友人が生きていてくれて嬉しいと思いますしね」 パトリックもその表情に本音を口にする。 「ナチュラルであろうと、人間としてすばらしければ友情を抱くことができる。彼らの無事を私も祈っておりましたからね」 そして、これ以上大切だと思う相手を失わずにすんだことに感謝しようとパトリックは心の中で付け加えた。 『それは……何よりです。貴方にとっても我々にとっても』 少なくとも、和平への道が残されているのだから……とマルキオは口にする。 『ただ……問題なのはキラ君の方ですね……あそこから保護された、と言うことはもちろん、あちらの方も彼には衝撃が多すぎるでしょう』 その言葉の裏に隠されているものに、パトリックとしても気がついていた。 「わかっています。それに関しては決して本人には告げぬよう、皆に口止めしてあります。もしばれたとしても、母君の体の問題が……と誤魔化そうと思っておりますので」 二人にも口裏を合わせて欲しい、とパトリックは言外に告げる。 『それがよろしいでしょうね。こちらでも、そのようにしましょう』 彼にとっては衝撃的な事実でも、両親が望んで行ったことであれば多少は救いになるだろう……とマルキオも頷く。 『あの子は……コーディネイターだけではなく、ナチュラルにとっても救いとなる可能性を秘めた子供です。ただ、それを認めたくない者もいる』 悲しいことだが、と言うマルキオの言葉にも嘘はないであろう。パトリックはそう感じた。同時に、キラの周りにいるナチュラル達は皆、どうしてこう好ましい人柄を備えているのだろうか、とも思う。 「ナチュラルにも子供をもてぬ夫婦はおりますか……将来を託す子供を望む気持ちは、どちらの種族も同じだ、と言うことですな」 だからこそ、このようなくだらない争いは終わらせなければならないのだ。例え、どれだけ自分の手を汚そうとも……とパトリックは心の中だけで付け加える。同時に、息子まで戦いの中に巻き込んでしまった事実を忌々しいとも。だからこそ、キラだけは戦いのない場所においておきたいのかもしれない。 『いずれ……全てのデーターをお渡しする日も来るでしょう……もっとも、それがなくとも、いずれ、あの子は思い出すはずですが……』 だが、それは今ではない。もし、今すぐにそのような事態になるとすれば、最悪のシナリオと紙一重だと言うことと同意語なのだ。だから、できることなら避けなければならない事態でもある。その先にあるのが、コーディネイター全体の未来に関わることだとしても、キラを失っては意味がないだろう。 「そうなった場合、我々だけでどのくらいキラ君を支えてやれるか……妻が生きていれば、状況は変わっていたでしょうが」 失われてしまった命は、コーディネイターの科学力をもってしても取り戻すことはできない。 その事実故に、自分はナチュラルを憎んだ。 だが…… 「それでも、切り捨てられなかった思いもあるのだな……」 それは、自分の中でも彼らと過ごした時間が大切だったから、といえるだろう。そして、キラの心を癒すために、その時のことを何度も思い出していたから……だろうか。 『ザラ様?』 パトリックの呟きを聞き取れなかったのだろうか。マルキオが問いかけるように彼の名を呼んだ。 「……彼らと直接会話を交わせるようになるまで、どれだけ時間がかかるか、と思っただけだ。モニター越しとはいえ、ご両親の顔を見ればキラ君も安心するだろう」 自分の気持ちを相手に悟られないように、パトリックは言葉をつづる。 今は、自分がそのような思いを抱いているとは知られない方がいい。万が一、地球軍――ブルーコスモスに知られた場合、ようやく自由を取り戻した彼らが、再び危険にさらされる可能性すらあるのだ。 今しばらくは、ナチュラルを憎む強硬派の《パトリック・ザラ》を演じていよう、と心の中で付け加える。戦争が終われば、オーブのナチュラルとは妥協をしたとして、また友好を結ぶこともできるだろうから、と。 「それと……《エンデュミオンの鷹》が何故、彼らを連れて地球軍を脱走したのか、も聞きたいものですしな」 内容次第では、プラントに有利に働くのではないか。いや、それ以上に地球連合に対しての牽制となるかもしれない。こう考えてしまう自分に、パトリックは思わず自嘲の笑みを浮かべてしまった。 『後者はともかく、前者に関しては少しでも早く実現するよう、ウズミさまと話させて頂きましょう』 盲目のマルキオはパトリックの表情に気がついていないのか、穏やかな口調で言葉を返してくる。 「期待しておこう」 言葉と共に、パトリックは通信を終わらせた。そのまま、いすへと身を沈める。そして、何かを思いついた、と言うように手を伸ばすと、ディスクの上に置かれた写真立てを引き寄せた。 「……お前が生きていてくれれば、これ以上の喜びはなかっただろうにな……」 その中には、アスランとキラを抱いて微笑んでいるレノアの姿がある。 「そうすれば、もっと違う手段も執れたかもしれないが……」 今更言っても仕方がないことだな……とパトリックは苦笑を深めた。 同じ頃、ハルマとカリダはオーブの病院にいた。 「……すみません、ウズミ様……ご迷惑をおかけして……」 ベッドに横たわったままの夫の脇に腰を下ろしたカリダが初老の男性に向けて頭を下げる。 「いえ。むしろ謝るのは我々の方でしょう。あなた方をあのような目に遭わせたのは……我々首長達の一人だ」 そして、その事実に自分は気がつかなかったのだから……とウズミは告げた。 「……ですが、こうしてご迷惑をおかけしているのは事実ですわ……二度とお目にかからないお約束でしたのに……」 こうして、自分たちは再びウズミの前に顔を出してしまった……とカリダは視線を伏せる。 「私達は、あの子のためにも生き延びねばならなかった……それは間違いのない事実です。ですが……」 だからと言って、この状況を望んではいなかったのだ……とハルマも告げる。 「それは、今考えるべきことではない。今あなた方が考えるべきことは、少しでも早く体を治すこと……そして、あなた方の大切な息子を安心させてあげることではないかな?」 この言葉には、二人とも頷かずにはいられないようだった。 「……ただ、今あの子がどうしているかと……」 少し前までは、オーブ所属のヘリオポリスにいて自分たちを捜していたのだという。そして、その身柄はマルキオ――ウズミが差し向けた者たちが最善の注意を払って守ってくれていた。 そして、何事もなければ、そのまま無事にプラントへと戻ることができたはずだったのに…… 戦いに巻き込まれることもなく、パトリックの庇護の元、平和に暮らしてたはずだ。 キラがそうしていられるのであれば、多少再会が遅れてもかまわない。 生きていれば取り上げられた時間を埋めることは可能だろう。そして、あそこにはアスランもいてくれるのだから。 「……まさか、あの子が戦争に関わらせられていたなんて……」 それも、本人の意思を無視した形で…… その事実を知れば、キラはどれだけ衝撃を受けてしまうだろう。そして、そのことをキラは『自分の責任だ』と思うはずなのだ。 それが、キラの心の奥に隠されている扉をこじ開けることになるのではないか。 完全にそれが開いてしまえば、キラは思い出さなくていいことを思いだしてしまうだろう。 「アスラン君がいる……彼を信じるしかないだろう……」 「そして、少しでも早くあなた方が彼の側に行けるよう、努力をしなければならない……あの子供は、プラントだけではなくオーブにとっても大切な存在なのだから……」 そして、自分にとっても……とウズミは告げる。 「そのためにはこの戦争を終わらせなければならないでしょう。もっとも……それは我々の仕事だ。今回の一件を引き起こしたのも我々の中の愚か者なら、その幕引きをになうのも我々でなければなるまい」 この言葉の後、ウズミは微かに表情を和らげた。 「キラ君だけではなく、あなた方の存在も、その一翼を担ってくれる。パトリック・ザラにはあなた方の存在が大きいようだ」 強硬派のトップであるパトリックがそのつもりであるのであれば、プラントに関しては問題はない。 「問題は地球軍だが……」 それに関しても何とかなるだろう……とウズミは呟く。 「そう言えば……あの方はどうしていらっしゃいますか?」 ふっと思い出した、と言うようにカリダが問いかける。 「フラガ氏のことかね? それこそ心配はいらない。彼は元々こちら側の人間だ。予定よりも早いが、戻ってきて貰っただけだよ」 キラの情報があったからこそ可能だったことだが……とウズミは微笑む。 「だから、何も心配しなくていい。わかったね?」 「……おじさま……」 この言葉に、カリダはようやく頷いてみせる。その表情はキラによく似ていた…… と言うわけで、今回は大人達の事情です。なんか、他の話と設定が混ざってしまったような(^_^; まぁ、いいことにしておいてください(^_^; |