キラ達の話から、彼らが乗った船を《海賊》と思われる者たちが襲ったのだろ言う。 連中にも一片の良心が残っていたのか。その中の子供達だけは命を取られることはなく救命ポットで宇宙に放り出したのだという。しかも、一般の船も使用する航路へ向けて、だ。 「……そのおかげで、私が無事にキラ君を保護できたわけ、か」 船長達が今、子供達が覚えていた船名を手がかりに、乗員名簿をチェックしている。そうして、身内が見つかった時点で保護していた子供達は彼らの手へ渡されることになるだろう。 だが、とパトリックは心の中で呟く。 キラの両親は『身内は誰もいないのだ』と告げていた。そして、それは書類上は間違いのない事実であることをパトリックも知っている。つまり、キラを引き取りに来る者は誰もいないと言うことだ。 泣きつかれてしまったのだろう。腕の中でおとなしくしている子供の髪を壊れものを扱うような手つきでなでてやりながらも心の中は怒りに満ち溢れていた。 「不可解なことが多すぎる」 キラ達の話を総合すれば、彼らの家族はいきなりの呼び出しの後、船に乗せられたのだという。そして、そのままどこに行くとは聞かされないまま発進したのだ、と言う。もっとも、それはキラ達子供に対してだけで、大人達は行く先を知っていた可能性は否定できない。 そうなのだとしても、異常な事態であったことには間違いないだろう。ヤマト家の近所に住んでいた者たちはみな、彼らが出かけたことすら知らなかったのだ。 つまり、誰にも知られることなく彼らは月を後にした――させられた、と言うことになるだろう。そこに何者かの思惟を感じるのはパトリックだけではあるまい。 「そして、まるで狙いすましたかのように海賊に襲われた、か」 その海賊は子供達だけを放り出す。 はっきり言って、今までになかったパターンだとしか言いようがない。あるいは、それも何者かのねらいなのだろうか、とすら思う。 一体、どの様な者たちが、そんな愚考に走ったのか。 しかも、嘆かわしいことに、キラ達の話からすると、その中にコーディネイターらしき者がその中にいたらしいのだ。 少なくとも、プラントに住む者はそのようなことをするわけがない。だが、それ以外の場所で暮らしている者たちの中には、決して容認できないような事をしている者がいる、と言うこともまた事実。 「すぐに対策を練らねばな」 これ以上、地球連合のナチュラル共につけいらせる口実を与えるわけにはいかない。 その前に腕の中の子供を安心できる場所へ連れていってやらなければならないだろう。そして、連れ去られたハルマとカリダ夫妻を始めとする者たちの捜索も行わなければなるまい、とパトリックは心の中で付け加える。でなければ、キラが可哀相だ、と。 「……彼の心に傷が残らなければいいのだが……」 自分の希望だとはわかっていても、こう言わずにはいられない。 初めて出逢ったときから変わらない、キラの無邪気な笑顔が自分たちにとって宝石よりも大切なものだったのだ。それを壊そうとする者は誰であろうと許せない、とパトリックは思う。 キラの心の傷に関しては、レノアもアスランもいるのだから大丈夫だとは思う。だが、こればかりはどうなるかわからないのだ。一見大丈夫そうに見えても、実は、と言う可能性すら否定できない。 ここで自分と出逢えただけよかったのだろうと。 何も知らない者であれば、キラの存在を自分に知らせることなくどこかの施設へと預けてしまっただろう。それに関しては、当然の判断に決まっている。だが、そのような場所で、キラが無事に過ごせるか、と言うと危ないものだ。まして、ナチュラルが主体の場所であれば、コーディネイターは排斥されるに決まっている。 それよりは、気心が知れた自分たちがキラを引き取るべきだろう。その方が、彼のためになる。 今、レノアに連絡を取ることはできない。そんなことをすれば、ようやく眠りに落ちたキラを起こしてしまうことになるだろう。だが、勝手に進めたとしても、彼女が怒ることはない、と言う予感があった。 彼女もまた、キラをアスラン同様に思っているはずなのだ。 冗談で、キラが女の子であればアスランの嫁にして、自分の娘にできたのに、と彼女はよく言っていたし……と思いながら、パトリックはキラの髪をそうっと撫でてやる。 「おじさまがちゃんと守ってあげるから」 だから、早くまた笑顔を見せて欲しい。それが自分勝手な願いだと思っても、パトリックはこう呟かずにいられなかった…… 評議会差し回しの車から、パトリックは降り立つ。 そして身をかがめると、座席でぐっすりと眠っているキラの体をそうっと抱きかかえた。 「お帰りなさい」 珍しく今日は家にいたらしいレノアがそう声をかけてくる。だが、その声に不審そうな響きが含まれていたのは、パトリックの行動を見てのことだろうか。 「キラ君?」 パトリックの腕の中の存在に気づいた瞬間、レノアが驚いたように叫ぶ。そんな彼女にパトリックは視線だけで静かにするように告げた。キラが目を覚ますからと。 「救命ポットで漂っているところを保護したのだよ。ご両親の行方はまだわからない。我が家で引き取るのが一番いいと判断したのだが」 いけなかったか、と言いながらも、パトリックは彼女の口から否定の言葉が出るとは微塵も思っていない。 「あなたにしては懸命な判断だわ」 レノアがからかうようなにこう言い返す。だが、その口調はいたってまじめなものだ。 「ともかく、アスランのベッドに入れてあげましょう。そうすれば目が覚めたとき、安心すると思うわ」 このままでは風邪を引いてしまうだろうし……それ以前に、キラが落ち着けないだろうから、と。 アスランにはその時説明すればいいだろう、と彼女は付け加える。どうせ、キラを彼のベッドに入れるときに目を覚ますに決まっているのだから、と。 キラにしても、何もわからないままアスランが隣に寝ていれば、パニックを起こすのではないか、とレノアは付け加える。 「それは大丈夫なのではないか? 月ではよくあることだったのだろう?」 自分が子供達が寝てから辿り着いたようなときには、よく、朝、キラがザラ家のリビングにいたりして驚いたことがあったのだ。もちろん、その逆のパターンも多々あった。だから、その一環だと思うだろうとも。 「そうね。でも、一応起こしてあげましょう」 声をかけて上げれば、安心するだろう、ともレノアは告げる。 子供に関しては自分よりも彼女の方がよくわかっているのだろう。だから。パトリックは彼女の言葉に反論をする素振りすら見せない。キラを抱えたまま、家の中へと足を進めていく。 「しかし、辛いでしょうね、キラ君……」 その腕の中で、安心したような、それでいて辛そうな表情で眠りについているキラを見つめながらレノアが呟いた。 「カリダも、心配しているわね、きっと」 あれだけ大切にしていたキラ君と引き離されて……と付け加える言葉に、妻は彼女たちの生存を信じているのだ、とパトリックは推測をする。どのような否定的な条件がそろっていても、彼女は実際に彼らの遺体を目にしなければそう信じ続けるのだろう。キラのためにもそれが一番だとパトリックは考えた。自分はきっとできないだろうから、とも。 キラ以外の荷物は使用人に任せ、二人は二階へと上がっていく。そして、アスランの部屋のドアをそうっと開けた。 「……母上?」 それだけでアスランは目を覚ましたのだろう。寝ぼけた口調ながらアスランは問いかけてきた。 「アスラン。いい子だから大人しくしていてね」 レノアに続いてパトリックもまたアスランの部屋へと足を踏み入れる。最初は不審そうな表情を作っていたアスランも、彼の腕の中にいるキラの姿を見た瞬間、信じられないと言うように目を丸くした。 「……キラ?」 どうして、と叫ばなかった息子を、珍しくもパトリックはほめてやりたいような気持ちになる。 「ご両親が船の事故で行方不明なのだよ。たまたま、私が乗った船でキラ君を救助した。ご両親にご親族がいない、と言う話なのでね。家で引き取ることにしただけだ」 だから、今まで以上に気をつけて側にいるように、と言う父に、アスランは辛そうに眉を寄せる。それでも、しっかりと頷いて見せた。 「あなたと一緒の方がキラ君にはいいかと思うの。だから、ベッドを半分貸して上げてね。それと、パジャマも」 今、キラ君を起こすから……とレノアは微笑む。 「……わかっています……キラは、僕にとって大切な奴だから……」 きっぱりと言い切るその瞬間が、アスランの大人への第一歩だったのかもしれない。 「キラ君、起きて?」 そんなことを考えているパトリックの前で、レノアがキラを優しく揺り起こす。 「……んっ……」 小さく身じろぎをして、キラはうっすらと目を開いた。 「おばさま……」 レノアの姿を認めた瞬間、その口元に柔らかな笑みが浮かぶ。 「いい子だから、パジャマに着替えてね。アスランのじゃ大きいかもしれないけど」 そのまま寝るよりマシでしょう? と言えば、まだ寝ぼけているらしいキラは小さく頷いて見せた。その時にはもう、アスランがクローゼットからパジャマを引っ張り出している。 「ほら、キラ……手伝って上げるから、父上の腕から降りて」 そういえば、キラは素直にアスランの方へと行こうとした。そんな彼の様子に、パトリックは苦笑と共にキラの体を腕の中から解放してやる。 「後は任せても大丈夫ね?」 レノアの言葉に、アスランがきっぱりと頷く。それを確認してから、二人はキラとアスランを残して部屋の外へと出て行った。 「……書類上の手続きは終わらせてある……後は、月の家だが……もう、戻れないだろう」 「わかっています。明日、キラ君の様子を見てから、必要な物を買いそろえて上げましょうね」 忙しくしていれば、少しは……とレノアが口にする。 「それに関しては任せてかまわないな? 私は……少しでもヤマト夫妻の行方の手がかりを掴めないか、動いてみよう」 お互いに、キラのためにできることをしなければ……と、告げる夫に、レノアがきっぱりと頷いて見せた。 と言う事で、キラがザラ家に……親子がどこまでヒートアップしてくか……まぁ、これからですね(^_^; |