「……確かに、言われてみればそうかもしれないな……」
 奪取してきたMSのOSを確認していたアスランが、ため息と共に言葉を吐き出す。
「あいつら……」
 その言葉を耳にした瞬間、イザークが怒りを隠せないという口調で言葉を口にした。それだけでは我慢できなかったのだろう。拳をハッチへとたたきつけている。
「よりにもよって、キラを騙して戦争の道具を作らせるなんて!」
 その叫びはアスランの心の代弁でもあろう。
「……イザーク……そこまでにしておけ……」
 だが、それを自分たちは表に出すわけにはいかないのだ。少なくとも、キラの前では。でなければ、あの優しい魂はさらに自分を追いつめてしまうだろう。その結果、どうなるか……アスランには簡単に想像ができてしまった。
「アスラン、貴様!」
「……お前の言動は……キラを追いつめる……あいつがまた、全ての人間に怯えるような姿を、俺は見たくない……」
 自分はもう、あの頃のようにいつでもキラの側にいてやれるとは限らないのだから……とアスランは付け加える。
「……そんなにひどかったのか?」
 一番ひどい頃のキラを知っているのはアスランだけだ。だからだろう。イザークがまじめな口調で問いかけてくる。
「俺と母上、それに父上以外の人間が側に寄れば、泣いていやがったし、ストレスで熱も出したな。夜は……俺が側にいないと眠れなかった……」
 今も本当は側についていてやりたい、と言うのがアスランの本音だ。誰よりも、自分と一緒にいるときがキラは安心できるだろうから、と。だが、クルーゼ隊の中でキラのプログラムの癖をしているのもまたアスランだけ、というのもまた事実。そして、早急にキラの言葉の裏付けを取らなければならないと言うのも彼らにとっては事実だったのだ。
「……今は大丈夫なのか?」
 アスランが何を心配しているのか、イザークも気がついたのだろう。さらに問いかけの言葉を投げつけてくる。
「ニコルと……ラスティが側に着いている。キラが気がついたら呼びに来るはずだ」
 自分の次にキラが信用している、といえるのは彼だろう。比較的、キラの精神状態が悪かった頃もニコルは知っているし……とアスランは心の中で付け加えた。もっとも、それは自分に言い聞かせる意味もあったのだが。
「……ニコルはともかく、何でラスティが……」
 気に入らない、とイザークは言外に呟く。そのくらいであれば、自分が側にいたかった、と彼は思っているのだろう。
「怪我が治りきっていないあいつがうろちょろすると邪魔だから……というのが表の向きの理由だ」
「……裏の理由は?」
「……キラが俺達以外にも心を開けるように、と言うことだろう。あいつなら妥協範囲だ、と俺も思うからな」
 実際、アカデミー時代の自分たちが何とかコミュニケーションらしきものを取っていられたのは、ニコルと彼の働きが大きかった。だから、キラにとってもいい《友人》になってくれるだろう。何よりも、自分たちとは違って、彼も今では珍しい《第一世代》だ。キラにとってはいい影響を与えてくれるのではないか、とも思う。
 もちろん、手放しで喜べるわけではない。
 いつでもキラにとって《一番》でありたい、というのはアスランにとっての本音であり願いだから。
「……そうだな……あいつならまだ安全パイだろう」
 第一、今は怪我をしている上にニコルが側にいれば何もできない……とイザークも自分に言い聞かせるように呟いている。
「……それにしても……相変わらず恐ろしいくらいだな、キラのプログラムは……」
 そして、少しでも気持ちを切り替えようとするかのようにこう口にした。
「あぁ……ヘリオポリスでは多少なりとも実力を抑えていたはずなんだが……それでもナチュラルに目を付けられるには十分だった……と言うことか……」
 キラの身の安全に関しては、マルキオによって付けられたナチュラルの夫婦が確実に守ってくれていたことは十分にわかっている。しかし、こちらの方まではチェックできなかった、とアスランはため息をつく。
「おそらく、あちらとカレッジが繋がっていたんだろうな」
 だからこそ、キラも何の疑いもなく作業を行ったのだろう。でなければ、誰が何と言おうとも彼は拒んだはずだ。
「……根が深い、と言うわけか……」
 あるいはナチュラル同士のつながりは予想以上に強い、と言うことか……とイザークもため息をつく。
「オーブであいつらに協力している連中が多いことを考えれば、そうとしか言えないが……」
 付け加えられた言葉は当然なのかもしれない。
「だが……コーディネイターに好意を示してくれているものもいる……それを考えれば、一概に『オーブは敵だ』とも言い切れないしな」
 だからこそ厄介なのだ、とも言える。自分たちに好意的な相手とそうでない者をどうやって区別していくか。その見極めもこれから必要になっていくだろう。
「ともかく、今、キラは俺達の側にいる。そして……キラが作らされたOSを搭載したMSもな。これを、戦争を終わらせるために使う。そうすれば、少しだけでもキラの気持ちが軽くなるはずだ」
 そして、未だ行方がわからないらしいキラの両親を見つけてやれれば……
「そうだな……それしかできないか……ザフトの一員としては」
 せめて、自分たちの親のように《最高評議会議員》であれば、もっと違った手段を使えるのだろう。だが、今の自分たちは――エリートと呼ばれてはいても――ザフトの一兵卒でしかないのだ。
「それにしても……このOS、俺達でどこまで改良できるか……」
 キラが作ったプログラムは、ある意味完璧に近い。だが、それでも戦場で使うにはまだまだ不安が残るのだ。
「一番いいのは、キラが手伝ってくれることだろうが……それだけはさせたくないしな」
 これ以上、キラを追いつめるようなマネだけはできない。例え誰が望もうとも……というのがアスラン達の共通認識だ。
「大丈夫だ。父上には既にメールを送ってある。時機にキラを本国へと連れ戻すように連絡があるだろう」
 そして、パトリックであれば、どれだけ必要とされているとわかっていても、キラを戦争に関わらせるわけがない。いや、関わらせることができないとわかっているはずだ。そして、彼は国防委員長でもある。その命令に逆らえる者はザフト内にはいない。
「……ザラ国防委員長か……なら、大丈夫だな……家の母も動くに決まっているしな」
 それだけではない。少なくとも最高評議会議員の半分はキラを守るために動くはずだ。だから、これ以上、キラが戦争に関わるよう強要されることはない。
「……問題は、キラの心の傷だけだな……」
 ストライクのコクピットで、地球軍の女士官に知らされたのがOSのことだけならいい。それ以上にショックを受けるようなことをキラが耳にしていたとしたら……
「そう言えば、あの女はどうしているんだ? 尋問を受けているんだろう?」
 ふっと思い出した、と言うようにアスランは疑問を口にした。
「……隊長とミゲルがしているはずだが……まぁ、ディアッカも側にいるはずだから、何かわかれば教えて寄越すだろう」
 それこそ、キラに関わることであれば……とイザークが言い返してくる。
「そうだな」
 キラを大切に思う気持ちには間違いはないのだ。そして、それがあるからこそ自分たちは団結できるのだろう。
「……キラのためならなんでもできる……というのは昔から変わらないが……過保護という言葉も当たっているのかもしれないな」
 結局、キラが――彼の心がこれ以上傷つかないですむよう、先回りをして全てを終わらせてしまうのだから……とアスランは苦笑を浮かべる。
「ふん……心配するな。どうせ、あいつらもすぐに同じ穴の狢だ。もっとも、必要以上にはあいつの側には近寄らせないがな」
 その特権は自分たちだけが持っていればいい、とイザークは付け加えた。
「もちろんだ。本当なら、お前らも近づけたくはなかったんだがな。それではキラのためにならないし……」
 それこそ妥協するしかないだろう、とアスランはわざとらしいため息をついてみせる。
「……アスラン……貴様……」
 そこまでキラを独占する気か、とイザークが言い返す。
「昔は……それこそ俺だけのキラだったんだがな。まぁ、今更言っても仕方がないか」
 後はどうやって、キラの一番をキープし続けるかの方が重要だ、とアスランは口にした。
「それこそ、俺達だって負けるつもりはないからな……あるいは、オーブでもそう思っている奴らがいるかもしれないな」
 と言うことはなおさら努力をしなければならないだろう、とイザークは苦虫をかみつぶしたような表情を作る。
「否定できないところが悲しいな」
 それにはアスランも素直に頷く。
「ともかく、キラを安心させることを優先しよう」
 それが一番だ、と言うアスランの言葉に、イザークもまた無言の同意を示した。
 その時だ。
「二人とも!」
 ラスティの陽気とも言える声が周囲に響き渡る。
「あいつ、目を覚ましたぞ」
 ただ、様子がおかしい。だから、アスランは早く来てくれ、と言うことだ。そう付け加えられた言葉に、アスランは即座に腰を上げる。
「先に行っていろ! ここの後始末はしておいてやる」
 イザークのこの言葉を耳にしながら、アスランは行動を開始していた。



この二人が穏やかに会話を交わしているからこそ怖い、と思うのはわたしだけでしょうか(^_^;