懐かしい声が聞こえる。
 そう思いながら、キラはゆっくりと瞳を開いた。
「キラ!」
 次の瞬間飛び込んできたのは、優しい翡翠の瞳。
「……アスラン……?」
 どうして彼がここにいるのだろうか……とキラは思う。彼はプラントにいるはずだ。だから、ヘリオポリスに彼がいるわけがないのだ、と。
「記憶が混乱しているのか?」
 キラの表情から考えていることを読みとったのだろうか。アスランが難しい表情を作ってこう呟く。その彼の姿に違和感を感じながら、
「……記憶?」
 何を……とキラは小首をかしげた。そして、そのままアスランの姿を見つめていれば、キラは違和感の正体に気がつく。
「……アスラン、それ……」
 彼が身にまとっているのは、キラが記憶しているものとは色が違うが、間違いなくザフトの軍服だ。つまり、彼はザフトの一員だと言うことになる。そこまで思い出した瞬間、キラはさらに別のことまで思い出してしまった。
「あぁ……そうだ。俺は……ザフトに入隊したんだよ」
 本国を……同胞を守るために……とアスランは付け加える。だが、その声はキラを気遣ってか優しいものだ。
「……アスラン……」
 どうして、と言いかけてキラは言葉を飲み込む。その結果、自分が聞きたくない言葉を彼が口にしそうで怖かったのだ。いずれ知らなくてはいけないのだろうが、今は、まだそれを聞きたくない、と言うのがキラの本音である。
 その代わりというように、キラは彼に向かって手を差し出す。
「どうしたの? キラ」
 ふわりと優しい微笑みを浮かべながら、アスランはキラの手を取った。そして、そのまま自分の頬へと押し当てる。
「夢じゃないって、確かめたかっただけ」
 ふっと微笑むとキラはこう言った。
「そのくらいなら、いつでも言ってくれればいいのに」
 言葉と共にアスランの腕がキラを抱き起こす。そして、そのまま彼の胸の中に閉じこめられた。その瞬間、キラは彼との体格差がまた広がったのだと知らしめられる。
「ほら……ちゃんと心臓の音が聞こえているだろう?」
 キラの耳にアスランの声と共に彼の鼓動がしっかりと伝わってきた。そう言えば、これもあの日からよくアスランがしてくれるようになったことだ、と思いながらキラは頷いてみせる。
「うん……ちゃんと聞こえてる……」
 この音を聞けば不思議と安心できるのはどうしてなのだろうか、とキラは思いながら言葉を返した。
「もう大丈夫だよ。俺が、俺達がちゃんと守るから……」
 優しい言葉と共にアスランがキラの髪に指を絡めてくる。
「アスラン……別に僕は……」
 自分で自分のことを守れる、とキラは反論をしかけた。
「そう言う意味じゃないよ、キラ。ただ、今、この場ではキラは何もできない――いや、何もしない方がいいからね。でないと、ナチュラルに銃口を向けることになる。キラにはそれができないだろう?」
 ナチュラルにも大切な人達がまたできたはずだし……と言うアスランの言葉は正しい。自分を守ってくれた彼らも、そして、あの地でできた友人達も、アスラン達と同じくらい大切だと言い切れる。もちろん、その中でアスランが特別なのは言うまでもない事実だが。
「キラはそれでいいんだよ。でも……ここにはまだ地球軍がいる。だから、俺達に守らせてくれればいい」
 プラントを――同胞を守るために自分たちはザフトに入隊した。だが、実際に誰かを守っているという実感に乏しい。だから、今この場にキラがいてくれることが重要なのだ、とアスランは言葉を重ねてくる。
「……アスラン……」
 彼の言葉は正しいのだろう、とはキラも思う。だが、自分の幼なじみだった彼がどこか遠くに行ってしまったような気がしてならない。
「大好きだよ、キラ……だから、もう、どこにも行かないで……」
 少なくとも、自分が無事を確認できないところには……と呟きながら、アスランはキラの体を包み込む腕に力を込める。
「……どこにも行けないよ、僕は……」
 もし、自分の予想が当たっていれば、どこにも行かせてもらえないだろう。それを責めるつもりはないが……やはりもう一度彼らにだけは挨拶をしたいとも思うのだ。
「そんなことはないよ、キラ。この戦争が終わったら、どこへでも好きなところへ行かせてあげる。もちろん、オーブにも」
 キラの面倒を見てくれた人たちに一緒に会いに行こう……とアスランは囁いてくる。そして、友達にも会いに、と。
「アスラン?」
「……ナチュラルは嫌いだけど……キラにとって大切な人たちならね、妥協できるだろうし……それに、キラを守ってくれたお礼は言わなきゃないからね」
 彼らのおかげで、こうしてキラをまた抱きしめられる……とアスランが嬉しそうに言ってくる。
「……うん……」
 キラもようやくアスランの腕の中で力を抜いた。そしてそのまま甘えるように彼の胸に額を押し当てる。
「その時は、一緒に行ってね」
「だから、さっきからそう言っているだろう?」
 キラの髪をやさしく梳きながらアスランが言葉を返してきた。
「大好きだよ、キラ……」
 そのまま身をかがめると、アスランはキラの髪に唇を落とす。そんなアスランの言葉に答えるかのように、キラは自分を抱きしめている腕に自分のそれをからめた。
 そのまま、穏やかな時間が過ごせるか、と二人が思っていたときだ。不意に壁に取り付けられている端末からアラームが鳴り響く。
「……何……」
 その瞬間、キラがびくっと体を震わせる。
「ったく……」
 しかし、アスランは違った。忌々しいそうに小さく舌打ちをすると、渋々といった様子でキラの体を腕の中から解放をした。そして、そのまま手を伸ばして端末を操作する。
「何の用だ?」
 そして、その中に映し出された相手に向かって言葉を投げつけた。そんな彼の態度から、上官ではないのだろうとキラは判断をする。
『何のようだ、じゃないだろうが! キラの様子はどうなったのかさっさと教えろ!』
 聞き覚えがある声が端末から流れ出してきた。
「……そんな大声を出して……キラが驚くだろうが」
 第一、目覚めていなかったらどうする気なんだ、とアスランが呆れたように言い返している。
『まだ、気がついていないのか?』
 アスランの言葉に即座に声を潜めるあたり、キラのことを気遣っているのだろう。と言うことは、自分の聞き違いなどではないのか、とキラは思う。つまり、彼もまた戦争の中に身を置くことを選択したのか、と微かに眉を寄せる。
「……イザーク?」
 そして、その人物の名を口にした。
『キラ!』
 その声が聞こえたのだろうか。イザークがキラの名を呼んだ。
 いや、彼だけではない。
『目が覚めたのか?』
『キラさん?』
 残りのメンバーの声もまたキラの耳に届く。
「アスラン……」
 全員、ここにいるのか、とキラは視線で彼に問いかけた。
「……もう少し、二人だけでいたかったのに……」
 仕方がないな、とアスランはため息をつく。
「キラは目覚めたが、まだ本調子じゃない。来てもいいが、それを頭にたたき込んでおけ! あぁ、そうだ。ついでに誰か飲み物を持ってきてくれないか?」
 こう言いながらアスランがこれでいいんだろうというように視線を向けてくる。それにキラは頷き返した。



ラブラブ? と言いつつも、決して最後までは行き着けませんね、アスラン。そうは問屋が卸さない、と言うところでしょう。