「そうか……キラ君を無事に保護できたか……」 報告を聞いたパトリックは、ほっとしたように呟く。 「……これで、レノアとの約束は果たせそうだな」 彼女は最後までキラが戦争に関わることを嫌がっていた。だが、あのままでは間違いなくキラも戦渦に巻き込まれることになっていたはずだ。報告書を読めば、かなり際どいところまで言っていたように思える。 だが、今キラの身柄は自分の息子達の手の中だ。プラントにいたときの彼らの様子から考えれば、一番安全だろう。 「私も……もう、大切な存在を失わずにすむ」 レノアも、キラの両親も、コーディネーターだとかナチュラルだとかと言った種族に関係なく自分にとっては大切な存在だったのだ。しかし、今彼らは自分の手の届かないところにいる。ならば、今、自分の手の中にいる者だけでも守ってやりたい。パトリックはそう思ったのだ。 そんな彼の耳に、入室を求める者がいる、と伝える声が届いた。誰かと問いかければ、シーゲル達だという答えが返ってくる。 「そうか……彼らの耳にも届いた、と言うことか」 パトリックとは意味合いが違う、とは言え、彼らにしても《キラ》が大切だと言うことは間違いのない事実なのだ。そう思いながら、パトリックは入室の許可を出す。次の瞬間、待ちかねたというように数名の人影が彼の執務室の中にまさしくなだれ込んできた。 「強硬派、穏健派、関わらずに議場以外でこのメンバーがそろうのはいつ以来だろうな」 思わずパトリックはこう言ってしまう。 「……皮肉かな、それは」 ナチュラルに対する考え方の違いから対立をすることが多くなったせいだろう。シーゲルが苦笑と共にこう言い返してくる。 「いや……単にそう思っただけだ。他に他意はない」 アスランとキラのように親友といえるべき存在だった相手に自分の言葉の裏を探られてしまうのは、間違いなくこの戦争が原因だろう。だから、ナチュラルは……と思いかけて今はやめる。 「……まぁまぁ、二人とも。そこまでにしておいて。確かに、このメンバーが仕事でもないのに集まるのは久しぶりだわ」 そんな彼らの間に割って入ってきたのは、女性陣の中でも年長のルイーズだった。 「でも、ケンカをする為でもないでしょう? 第一、そんなことをしていると聞けば、キラ君が悲しむわよ」 でしょう、と付け加えられて、パトリックとシーゲルは思わずお互いの顔を見つめ合ってしまう。 「そうだな。今は、キラ君のことをお前に教えて貰おうと思ってきたのだった」 そして、シーゲルがさらに苦笑を深めると言葉を口にする。 「先ほどまでラクスが一緒にいたのだが……ずるいと言われてしまったよ、アスラン君達が」 この言葉に、パトリックも笑みから苦いものを消した。 「ラクス嬢も相変わらずか……キラ君は本当に彼女にも負けないアイドルだな」 そして、それ以上の秘密が彼にはあった。だからこそ堂々と彼の《保護》を命じられたのだ。 「と言っても、私の所にも詳しい情報が届いているわけではない。地球軍の士官によって拉致されたのを、無事に助け出せた……と言うことぐらいだ。後は……そのうちクルーゼからでも連絡が入るだろう」 アスラン達はともかく、彼にだけはキラの特異性を伝えてある。そのせいだろう。緊急回線を使い、キラの無事だけは即座に伝えてきたのだ。 「……あちらもあれこれ混乱しているようだからな。それ以上の報告は落ち着いてから……と言うことになるだろう」 地球軍が開発したというMS。そのデーターの解析が彼らにとっては急務だろうし……と付け加えれば、その場にいた者たちの表情が厳しいものになった。 「……オーブからもそれに関しての連絡は来ている……信じたくないが、地球軍と結託していたのは我々と同じ《コーディネーター》が当主を務める一族だそうだ……」 それに関しては、あちらで処分をすると言っていたが……とオーブとのパイプが太いシーゲルが口にする。 「キラ君を今まで守ってくれたのはナチュラルだというのにね……一体どちらを信じればいいのかしら」 吐息のようにエザリアが呟く。 「所詮、人は人……と言うことでしょう。種族なんて関係はない。だから、キラ君は誰からも好かれるのかもしれないわよ」 キラは、相手を《一人の人間》として見るから……とアイリーンが彼女に声をかけている。 「……ともかく、我々にできるのは、無事に戻って来るであろう彼を温かく迎えることだけでしょうな」 ユーリの言葉が、確かに今自分たちがすべきことだろう、と誰もが思う。 「……レノアのことだけね……本国でキラ君にとっての不安要素は……」 彼の精神がどうなるか……とあの頃のあの頃のキラをパトリック以外で唯一知っているルイーズが呟いた。 「アスランが……何とかするだろう。しばらくは地球軍のMSの解析でクルーゼ隊は本国での任務になるのだろうしな」 違うか、とパトリックはユーリへと視線を向ける。 「そうだな……その方がよかろう」 本来であれば、私情とも言える判断を下すべきではない、と言うことはこの場にいる誰もがわかっていた。だが、それ以上にキラの存在が重要なのだ。だから……と。 「では、お互い自分の管轄でできることをして頂ければありがたい。キラ君に関してはこちらに届き次第、皆にも情報を回す」 それで今は妥協してくれ……とパトリックが口にすれば、 「わかった」 とシーゲルも頷いてみせる。 「キラ君の特異性がなくても、あの子は大切な存在だからね」 娘の婿に迎えたいくらいに……とシーゲルが何気なく付け加えたときだ。 「あら! 私だってまだキラ君をお婿に迎えるのは諦めていませんのよ?」 即座にアイリーンが口を開く。 「あのことが本当なら、私だってキラ君をイザークと結婚させたいわよ」 くすくすと笑いながらエザリアまで参戦をする。 「……アスラン君、と言う選択肢をどうして誰も考えないのかしら」 さらにルイーズまで笑いながら口を開く。 「そもそも、キラ君の意思次第だろう」 さらに激しくなっていく彼女たちの会話を聞きながら、パトリックは思わずこう呟いてしまった。 「諦めるんだな……彼女たちには我々の声など届いてはいない」 あそこまで興奮していれば……とシーゲルがため息と共に口にする。最高評議会議員でもそうなのだから、一般の女性はなおさらだろう、とも。 「だが、あれがキラ君を追いつめる結果になるかもしれないぞ」 あの日からキラの精神状態がどうなっているかわからないのに……とパトリックが言い返す。 「では、止められるか?」 即座に返された言葉に、パトリックは苦虫を噛み潰したような表情を作ってしまう。確かに、今の彼女たちの中に割ってはいるのは無謀だろうと思えるのだ。 「止めなければならないだろう。キラ君のためだ」 こうは思うが、ひょっとしたら地球連合の馬鹿共と会話を交わすよりも難しいかもしれないとも思ってしまう。それだけ『誰がキラをお嫁にするか』で盛り上がっている彼女たちは凄いとも言える。 「しかし……」 ふっと何かに気がついた、と言うようにユーリが口を開く。 「どうした?」 だが、すぐに口をつぐんでしまった彼に、シーゲルが声をかけた。 「いや……何というか……先ほどまでは『婿に貰う』と言っていたはずのアイリーンまで、今は『キラ君を嫁に貰う』と言っているのはどうしてだろうな、と……」 ひょっとして、キラが『男だ』と言う事実を忘れているのではないか、とユーリが苦笑と共に付け加える。 「確かに……」 「……間違いなく、キラ君は男の子なのだが……」 だが、それも彼女たちの脳裏から完全に消えているらしい。 先ほどまでのあの重苦しい空気すら、今は完全に消え去っている。同時に、自分の心の中にわだかまっていたあれこれも今は消えていることにパトリックは気づいた。 それは、全て《キラの存在》があるからなのだ。 アスランだけではなく、自分にとってもやはりキラの存在は必要なのだ、とパトリックは改めて認識をする。それはキラの特異性がなかったとしても、だ。 「……ともかく、我々が守ってやらねばなるまい」 こう呟くパトリックに、シーゲル達も苦笑と共に頷いて見せた。 パパ達よりも女性陣が暴走しています……まぁ、このことに関しては皆さんの予想通りです、はい(^_^; |