すぐにディアッカがドクターを連れてやってきた。
「……やせたか?」
 そんな彼も、キラを見た瞬間、こう口にする。
「間違いなくね」
 アスランはそんな彼に頷いて見せた。
「ニコルよりも軽いと思うぞ。抱えて飛べる程度には」
 本人が起きていれば否定するだろうが……とアスランはため息をつく。だが、実際似そうなのだから仕方がないだろうと心の中で付け加えた。
「間違いなく、戦争が始まったせいだろうな」
 その事実がキラにストレスを感じさせたのだろう。その結果、キラは食欲を感じなくなってしまったのではないだろうか。彼の面倒を見てきた者たちが注意をしてくれたからこそ、辛うじてキラは寝込まなかったのではないだろうか。そう考えれば、ナチュラルであろうと彼らには感謝をするしかない、とも思う。
「……だからナチュラルは……というセリフは、キラの前では言えないしな」
 今は意識を失っているからこそ言えるのだが、とイザークがため息をつく。
「そうですね。少なくともアスランに会えるまでキラさんが無事でいらしたのは、あそこでキラさんの面倒を見ていてくださった方々がしっかりとお世話をしてくださったからでしょうし……その方々はナチュラルだったはずですしね」
 そして、キラが守りたいと言っていた友人達もまた、ナチュラルのはずだ、とニコルは付け加える。
「キラさんがナチュラルに絶望していらっしゃるならともかく、守ろうとなさっていたのなら……僕たちもまた信じてもいいのではありませんか? 少なくともオーブの方々だけは」
 キラのためにも……と言うニコルの言葉に、ナチュラル嫌いの二人も何も言うことができない。彼らにしても『キラのため』なら、多少のことは我慢できる……という性格は変わっていないのだろう、とアスランは判断をした。
「で? そいつの容態はどうなんですか?」
 ディアッカが雰囲気を変えるようにドクターに問いかける。
「心配いらないよ。たぶん、緊張がゆるんだせいだろう。ただ、君たちの言うとおりあまり栄養状態が良くなさそうだからね。点滴だけでもしたいのだが……」
 自分が運んでもかまわないのか、と彼は言外に聞き返してきた。どうやらこのメンバーにとって《キラ》がどのような存在か理解したらしい。その察しの良さはさすがだ、とアスランは彼に対する評価を引き上げる。
「私が連れて行きます」
 どうやら、それが一番良さそうだ、とアスランは口にした。
「……仕方がないだろうな、今回は……」
 キラ自身がアスランにしがみついているのだから……とイザークがアスランを睨み付けながら言う。でなければ、誰が易々と認めるか、とそのアイスブルーの瞳が告げている。
「ここで言い争って、キラを起こすわけにはいかないもんな」
 そんなイザークの肩に手を置きながらディアッカがこういった。そのセリフは一番説得力があるのではないだろうか。何かを言おうとしていたらしいニコルも、即座に口をつぐんでしまう。
「と言うわけで、彼を医務室へ……君たちも着いてくるのはかまわないが、あくまでも静かにしていてくれ」
 それでも、しっかり特技を指すことを彼は忘れない。
「わかっています」
 アスラン以外の三人を代表するようにニコルが微笑みながら頷いた。

 キラを連れてアスラン達が医務室へ辿り着けば、そこは騒然としている。
「……誰か怪我をしたのか?」
 イザークがその光景に眉をひそめながら呟く。
「さぁ……さっきは静かだったからな」
 だとしてもその後だろう……とディアッカが答えを返してくる。
「……ミゲル達に何かあったか?」
 キラを抱きかかえたまま、アスランが呟いた。その瞬間、他の者たちの視線がアスランへと向けられる。
「キラが拉致されていた機体に関してはあいつに任せてきたんだよ。さっき、帰ってきたらしい気配もあったからな」
 あるいはと思っただけだ、とアスランは口にした。
「ミゲルのことだから、可能性は低いが……あるいは、ついでに負傷者を拾ってきたのかもしれないな」」
 かなり厄介な状況だったのだろう、とディアッカに言われた瞬間、その時のことを思い出してアスランは眉を寄せる。
「……ラスティもやられたからな……」
 そして、吐き出すように言葉を口にした。
「そ、うですか……」
 アスランと同じくらいラスティと仲が良かったニコルがふっと視線を伏せる。
「点滴を打つぐらいなら俺達でもできるな……もっとも、使う薬品だけは用意して頂かなければならないが……」
 冷静な口調でイザークが言葉を口にすると同時に、どうするかというようにドクターへと視線を向けた。
「では、頼もう。彼はそちらへ。誰か、点滴セットを受け取りに来てくれないかな?」
「僕が……」
 ニコルが素早くドクターの側に寄っていく。それを確認して、アスラン達は指示をされた部屋へとキラを連れていった。そして、作りつけのベッドへと彼をそうっと下ろす。
 それでもまだ、キラは目を覚ます気配を見せない。
「……キラ……」
 よほど体力が失われているのか、それとも、目醒めたくないのか。アスランは不安になる。
「早く目を覚ませ」
 同じ思いをイザーク達も抱いているのだろう。そうっとキラの頬へ触れながら、異口同音にこう言っている。もちろん、それはこの場にいないニコルも同じだろう。
「俺達には、やっぱりお前が必要なんだ、キラ……だから……」
 早く目覚めてくれ……と思いながらも、アスランはこのまま彼に眠っていて欲しいとも思ってしまう。
「……でも、俺はお前に母上のことを話せるだろうか……」
 今のキラに、とアスランは心の中で付け加えた。
「せめて……こいつが落ち着くまでは知らせないで欲しいものだな……ショックが大きすぎるだろう、レノア様の話は……」
 ディアッカがアスランの背中を押し戻すに言葉をかけてくる。
「そうした方がいいだろうな、やはり……それで体調を崩すだけならまだしも、キラの場合、爆弾があるからな」
 プラントへ連れてこられたばかりの時の様子を思い出せば、とアスランは呟く。
「そんなにひどかったのか?」
 イザークが眉を寄せながら問いかけてくる。
「……一人で眠らせられない程度にな」
 アスランのぬくもりがなければ眠ることができなかったのだ、キラは。だが、ここではそれも難しいかもしれない、とも思う。
「あるいは、それに関してお前らにも協力を頼まなければならないかもしれないな」
 ここは、間違いなく戦場だから、とアスランは視線をイザーク達に向けながらこういった。
「お前に協力をする……というのはちょっと引っかかるが、キラのためなら、できる限りのことはするさ」
 自分たちもキラを失うことができないのだから……とイザークが言い返してくる。
「そうだな。まぁ、父上達はあの機体を確認したいようだし……そうそうに本国へ戻ることになるだろうが」
 それまで、なんとしてもキラを守らなければならない、とディアッカも頷いた。
「アスラン」
 そこに、ニコルがどこか興奮した――だが、キラのことを考えて、声を潜めながら――口調でアスランの名を呼びながら飛び込んでくる。
「運び込まれてきていたのはラスティです。どうやら、生きているようですよ、彼」
 早口でこう言いながら、ニコルは手にしていた点滴セットを手早く設置していく。
「……と言うことは……これで全て良し、と言うことか」
 誰も死なずに、そして、キラも無事に保護できたのだから……とアスランは呟いた。
「後は、キラさんが目覚めてくださるだけです」
 ニコルがそれにこう言い返してくる。
 それにアスラン達は複雑な笑みを作るだけだった。



怪我人が誰か、と言うとまた問題が……と言いつつ、次回はパパたちのはなしになる予定です(^_^;