いつもより慎重にアスランは機体をガモフへと着艦させる。それは、キラが隣にいたから……と言うことは否定しない。彼の安全はもちろん、自分の技量を見せたかったのだ。 「……凄いね……」 キラがこう言いながら、アスランへと寄りかかってくる。 「キラ?」 だが、それは決して甘えているわけではないらしい。慌てたように視線を向ければ、彼の顔色が優れないことがアスランにもわかった。 「……ごめん……無理をさせたか?」 それとも、ようやく緊張がほぐれてきたのだろうか……と思いながら、アスランはキラの体を引き寄せる。そして、そのまま自分の膝の上へと座らせた。 「……大丈夫……」 そんなアスランに、キラは淡い笑みを返してくる。だが、どう見てもそれは無理をしているとわかるもので、アスランは眉を寄せてしまう。 「キラ……俺にそのセリフが通用すると思う?」 このセリフを口にするのも久しぶりだ、と思いながらアスランはキラの頭を自分の胸へともたれかけさせた。 「一年半……くらい離れていたからって、わかるものはわかるんだよ?」 伊達にずっと一緒にいたわけではない、とアスランに言われてキラは小さくため息をつく。そして、何かを言い返そうと口を開きかけたときだ。 『アスラン! 何をしている』 通信機からイザークの怒鳴り声が狭いコクピット内に響き渡る。 「……イザークの奴……」 それにアスランは憮然とした表情を作った。そして、キラの体に震動を与えないように手を伸ばす。 「何をしている、と言われてもエァがない以上、ハッチを開けられないだろうが。キラはパイロットスーツはもちろん、宇宙服も身につけていないんだぞ」 キラを殺したいのか、とアスランは冷静な口調で言い返す。 『キラ、だと?』 どうやら他のことで文句を言いたかったらしい。だが、彼にしてもキラが大切だ、と言うことは言うまでもない事実だ。即座に声のトーンを落とすと聞き返してくる。 「あぁ、キラだ。なんとか無事に保護してきた」 こう言いながら、アスランは胸の中にいるキラに視線を落とす。 「キラ、辛いだろうけど、あいつに声をかけてやってくれないか? そうすれば安心するはずだ」 そして、今までとは打ってかわって優しい声でこう告げる。本当は聞きたいことがたくさんあるのだろうが、それは後でもかまわないと判断したのだろう。キラは小さく頷いて見せた。 「イザーク?」 そして、どこかだるそうな声で彼に呼びかける。 『……キラ……』 『キラさん、どうしたんですか! 具合が悪いんですか?』 『ともかく、ドクターに連絡だな』 だが、その結果戻ってきたのはイザークの声だけではなかった。ディアッカはともかくニコルの声まで聞こえてきてキラは信じられないと言うようにアスランを見上げてくる。 「あいつらも少しは考えろって」 イザークだけであれば、あるいはせいぜいディアッカまでであればキラがここまで混乱をすることはなかっただろう。だが、ニコルの声まで聞こえてきては、キラが不安に思うのは当然のことかもしれない。 自分たちが離れていた間に、一体何があったのか、と。 「アスラン……みんな、いるの?」 明確な答えを返してくれないアスランに焦れたのだろうか。キラはこう問いかけてくる。 「……あぁ……詳しいことは、後で、だ」 こう言いながら、アスランはパイロットスーツの手袋を外す。そして、キラの額にそうっと触れた。 「熱が出ている、キラ……やっぱり、無理をさせすぎたかな」 いい子だから大人しくしていて……と言いながらアスランは優しくキラの髪をなで始める。 直接お互いのぬくもりが伝わっているせいだろうか。それとも、本当に辛いのか。キラはそれ以上何も言ってこようとはしない。それどころか、逆に眠りの中に落ちてしまったようだ。 「……キラ……」 やはり行かせるべきではなかったのか、とアスランは心の中で呟く。そうでなければ、彼をこんな危険な目に遭わせることはなかっただろう。 「無理だな……キラは頑固だから」 ともかく、なんとか無事に手元に取り返しただけ、良しにしよう……と言いながら小さく吐息を吐き出したときだ。ようやくMSデッキ内に空気が満ちたことを告げるシグナルがアスランの耳に届く。 すぐにでもキラを軍医に診せたい。 その思いのまま、アスランはハッチを開く。 「アスラン、キラさんは!」 次の瞬間、まだパイロットスーツのままのニコルが顔を覗かせてきた。 「……ニコル……ようやく寝たところだ」 だから、声を潜めろ……とアスランは言外に付け加える。そして、彼の目にもキラの姿が見えるように、彼を抱き上げたまま立ち上がる。重力がないこの場では、それはたやすいことだ。もっとも、それがなくても今のキラであれば簡単に抱き上げられるだろう、とアスランは思ってしまう。 「何が……」 「わからない……おそらく、地球軍の女性士官によって拉致された最後の機体の中で何かあったのだと思うんだが……」 それを問いかけるのははばかられたのだ、とアスランは告げる。キラの様子がおかしかったから、と。 「そうですか……」 ともかく、無事に自分たちの元に戻ってきてくれてよかった……とニコルは体をずらして場所を空ける。その隣に、アスランはキラを起こさないように慎重な仕草で滑り出た。 「……キラさん……やせましたね」 ようやくキラの姿を目の当たりにしたらしいニコルがこう呟く。 「おそらく……戦争が始まったせいだろうがな」 こいつは、優しいから……と言いながらアスランはハッチを蹴る。そして、そのまま控え室の方へと移動していく。その後をニコルとトリィが追いかけてきた。 「……そうですね……キラさんはナチュラルにも優しいから……」 キラが第一世代だ、と言うことを考えれば当然なのだろう。 いや、月時代に知り合った者たちのことを考えれば自分だって同じように思っていたのだ――あの日までは――いや、今でも一部のものを除けばそう思える自分がいることにアスランは気がつく。 昨日までは、そんなこと、考えたこともなかったのに…… それも、キラがこの手の中に戻ってきてくれたからだろうか……と思いながら、アスランはパイロット控え室へと滑り込んだ。 「とりあえず、ここに寝かせろ」 ソファーの上にはもう既に仮眠用の毛布が広げられている。それを指さしながらイザークがこう言ってきた。 「ディアッカが今ドクターを呼びに行っている」 だから安心しろ、と言うイザークの声は、他の誰かが聞けば驚くであろうほど穏やかなものだ。 「わかった」 促されるがままに彼の脇により、アスランは腕の中のキラを毛布の上に下ろそうとする。だが、アスランの気配が遠ざかることを嫌がったのか。キラが無意識に彼にすがりついてきた。 「……仕方がないな……」 苦笑と共にアスランはキラを抱きしめたままソファーに腰を下ろす。そして、少しでもキラの体が楽になるように寝かしつけた。 「お前の帰還が遅れたのは、キラのせいか?」 「あぁ……キラが偶然あの場に居合わせて……地球軍の士官に無理矢理最後の機体に拉致されたんだ……その後、何があったのかはわからないが――おそらく、トリィがキラを守るために相手を気絶させたんだろう――こいつが連絡を寄越して……ナチュラルの友人を逃がしてくれるなら投降する、と」 ミゲルを止めなければヤバイ状況だったのだ……と付け加えれば、他の二人の唇からため息が漏れる。 「まぁ……俺があいつの立場なら同じような行動を取るだろうな」 仕方がないだろう、とイザークが呟く。 「ですね」 ともかく、キラが無事に戻ってきてくれてよかった……と言う、この思いだけは彼らに共通した思いだった。 他のメンバーもキラに再会……できたのでしょうかねぇ、これは……ここまで来れば、後はキラを本国に連れ帰るだけなのですが……まだもう少し続きそうです(^_^; |