オーブの学生達が避難を完了したのを確認したのだろう。ゆっくりとハッチが開いていく。 「キラ!」 真っ先にハッチから飛び出してきたのは緑色のマイクロユニット……それはアスランが彼に持たせたトリィだ。と言うことは、彼がキラを守るために何かをしたのだろう、とアスランはほっとする。 しかし、ハッチが完全に開いてもキラの姿はコクピットの中から出てこない。 「……キラ?」 一体何が……とアスランの中で不安が広がっていく。あるいは、先ほどの通信の前にコクピット内で何かあったのかと。 こうなればいても立ってもいられない。 アスランは自分が乗っている機体をすぐ側まで移動させる。そして、ぎりぎり接近させた位置でハッチを開く。 『アスラン!』 何をするんだ、とミゲルが通信機越しに怒鳴っている声が耳に届いた。だが、それすら気にすることなく、アスランはハッチまで進む。もっとも、その手にはしっかりと銃が握られていたが。 「キラ!」 その瞬間、コクピットの脇で何かを引き出そうとしている彼の姿がアスランの視界に飛び込んできた。 「……アスラン……」 アスランの呼びかけが聞こえたのだろう。キラが振り向く。彼の綺麗な菫色の瞳が潤んでいるような気がするのは、アスランの気のせいではないだろう。 「この人、どうしたらいいかな?」 いや、瞳だけではない。その声も微妙に震えている。 「そんな女……」 どうでもいいだろう、とアスランは言いかけてやめた。捕虜を虐待することは条約で禁じられている。それ以上に、キラがそれを望まないだろうと判断したのだ。 「とりあえず、拘束をして……機体から下ろそう。ちょっと待ってて。今、そっちに行くから」 二つの機体の間の距離程度であれば、アスランには何と言うことはない。 「アスラン!」 だが、キラにはそう思えなかったのだろう。驚きと困惑、それに非難を込めた声音がアスランの耳に届く。 「無事だね、キラ!」 だが、それを綺麗に無視して、アスランはこう問いかけた。 「……僕、は……無事だけど……」 この女性が……と付け加えながらキラは気を失っている地球軍の女性士官を見下ろす。おそらく、キラよりも彼女の方が体格がいいのではないだろうか。そんな彼女を連れ出そうとすれば、キラが苦労をするのは目に見えている。 「キラがやったの?」 その可能性は少ないだろう、と思いつつ、アスランは一応問いかけの言葉を口にした。 「……アスラン、トリィにどんな機能を組み込んだわけ?」 次の瞬間、キラがアスランを睨み付けつつこう言い返してくる。 「と言うことは、役に立ったんだな?」 電撃が……とアスランは納得したというように頷く。 「電気で人が死ぬことだって……」 「大丈夫だよ。せいぜい、あれはスタンガン程度だ。それに、地球軍にいるような相手がそんな肉体的な疾患を持っているわけはないからね」 だから、大丈夫だとトリィも判断したのだろう、とアスランは口にする。もちろん、そんな微妙な区別をつけられるようなシステムをトリィにつけていないのは内緒だ。 「……ならいいけど……」 それにしても、とキラは視線を落とす。 『お前ら……ともかく、その女は俺達に任せろ!』 どうやら自分たちの行動を確認していたのだろう。ミゲルがジンのコクピットからこう呼びかけてきた。 「ミゲル……」 一体どういう事か、と思っていれば、周囲に他のジンも集まってきているのが見える。と言うことは、自分たちに後の始末を任せろ……と言うことなのだろう。 『お前は、その子を連れて先に離脱しろ、アスラン』 さすがに、キラが自分たちとともにいるところをヘリオポリスの人間に見られるのはまずいだろう、と彼は付け加えてくる。 「そうだな……キラ?」 後を任せておいても大丈夫だから、と言いながら、アスランはキラに手を差し伸べた。 「僕は……」 だが、キラはすぐにアスランの手を取ろうとしない。 「大丈夫だよ、キラ。マルキオさまには本国から連絡を取ってもらえる。この状況だから、マルキオ様だって納得してくださるって」 と言いながら微笑めば、キラはそうなのか、と言うように小首をかしげて見せた。その仕草は、昔と全く変わっていない。その事実にアスランはほっとしたのは事実だ。だが、それを表情に出すことはない。 「それに、向こうまで行けないって言うなら、俺が抱えてあげるよ?」 その代わりというようにアスランはこう付け加えた。 「アスラン!」 「仕方がないだろう? 俺は訓練を受けているけど……キラはそうじゃないんだから……」 それに、プラントにいた頃より細くなった……とアスランはめを眇めつつ口にする。 「……身長が伸びたからかな?」 少しだけだけど……と言いながら、キラは視線を泳がせた。と言うことは自分でも自覚している、と言うことだろう……とアスランは納得をする。 「ともかく、キラ……今は時間が惜しい。後でいくらでも融通してやるから、今は妥協してくれ」 こういうと、アスランは再びキラに手を差し伸べた。そうすれば、今度は逆らうことなくキラが手を取ってくれる。 「そう言えば、真っ先に言わなきゃなかったんだよな……」 キラの体をそのまま自分の胸の中に引き寄せながら、アスランは笑みを深めた。 「お帰り。無事でいてくれて嬉しいよ、キラ……」 だから、もう離れないで欲しい……とアスランは付け加える。もちろん、それは無理かもしれないとわかっていた。キラが戦場での暮らしに耐えられるわけがないと知っている。それでも、キラがもう自分の手の届かないところにいるわけではない、と言う事実が、アスランにこう言わせてしまったこともまた事実だった。 「他のみんなも安心すると思うよ」 連絡が取れなくなってから心配していた、と言えば 「……ごめん、アスラン……」 とキラがアスランの肩に額を押し当ててくる。 「わかっているよ、キラ……仕方がなかったってことは……」 詳しいことは戻ってからにしようね……と言えばキラは小さく頷いた。それを確認してから、アスランは彼の体を肩に抱え上げる。 「アスラン?」 「こっちの方が安全だからね」 それよりも、本当に軽い……とアスランは眉をひそめた。そして、そのまま自分が奪取した機体のハッチへと身軽に飛び移る。 「……僕だってこのくらい……」 キラが完全にむくれてしまったというようにこう呟いている声がアスランの耳にも届く。 「わかっているよ。でも、時間がもったいないから」 ケンカも後にしようね……付け加えながらアスランはキラの体を肩から下ろした。 「と言うわけで、コクピットに入って。本当は膝の上に乗って貰うのがいいんだろうけど、それじゃキラがいやだろう?」 だから、シートの脇でしっかりと掴まっていてね、と付け加えれば、キラは渋々ながら頷いてみせる。そんな彼の肩に、トリィが舞い戻ってきた。 ようやく再会完了。と言うわけで、アスランの内心は…… |