「下ろしてください!」 コクピットの中で、キラはこう叫ぶ。 「そんなこと、できるわけないでしょう! ここは戦場なのよ!」 そんなキラを彼女は怒鳴りつける。だが、その言葉はとうてい納得できるものではない。 「ここを戦場にしたのは、誰ですか! あなた方地球軍が勝手に来て、僕たちを巻き込んだんじゃないですか!」 でなければ、ここがザフトに急襲を受けるようなことはなかったはずだ。 いや、少なくともパトリックがそんな命令を出すわけはない、とキラは心の中で付け加える。 彼が、自分が親しい人を失うような状況を作り出すような真似をするわけがないと、キラは信じていたのだ。例え、彼が自分にとって大切な《誰か》を失ったとしても、だ。その復讐のために、自分やアスランを傷つけるようなことはしないだろうと。 「何を……」 そんなたわごと、と彼女は柳眉を逆立てる。 「私達は戦争をしているの! コーディネイターが攻撃をしてきたのは事実でしょう!」 と言うことは、彼女はキラが《コーディネイター》だと気づいていなかったのだろう。それ以前に、ここがオーブの所属だと言うことを忘れている彼女にキラは腹が立ってしまった。 「あなた方にとって《コーディネイター》は敵かもしれない。でも、この地では違います!」 オーブにはその双方が暮らしているのだから、とキラは叫ぶ。 「でもね」 「それに、コーディネイターが《敵》だ、とおっしゃるのでしたら、それこそ今すぐ僕を下ろしてください! 僕も、第一世代とは言えコーディネイターです!」 貴方にとっては敵なのだろう、とキラは悲しげに付け加える。 「コーディネイター? あなたが……」 信じられない、と言うように彼女は呟く。 「オーブは中立です。ナチュラルの方が人口が多いのは事実ですが、僕のようなコーディネイターも差別されることなく暮らしています。それでも、あなた方地球軍は『コーディネイターは敵だ』とおっしゃるのでしょう? だから、下ろしてください、と言っているんです」 それに、彼女は忘れているのかそれとも既に記憶の中に残っていないのか…… 「第一、先に戦争をしかけたのはあなた方でしょう! ユニウスセブンに核を使って……ここを戦場にしたのもあなた方! そんなあなた方がザフトをどうこう言えるのですか!」 この事実をどう説明するのか、とキラはさらに付け加える。 「……駄目よ……貴方がコーディネイターだろうとなんだろうと……いえ、コーディネイターである以上、余計に下ろすわけにはいかないわ……貴方はこれを見てしまったのだもの」 キラの言葉に、彼女は一瞬言葉に詰まったようだ。だが、すぐにこう言い返してくる。その自分勝手な言い分に、キラはますます怒りを募らせた。 「それこそ、勝手な言い分ですね。わかりました。僕は自分で下ろさせて頂きます!」 彼女がハッチを閉める手順は見ていて覚えている。だから、なんとか開くことはできるだろう。もちろん、この高さから飛び降りればコーディネイターだとしても無事だとは思えない。だが、これ以上ここで彼女と同じ空気を吸っているよりマシだ、とキラは思う。そして、その思いのまま、彼はコンソールへと手を伸ばす。 「やめなさい!」 キラの耳に、彼女の制止の声が届いた。 「いくら民間人でも、それ以上の行為はザフトに対する協力と見なしますよ」 「好きにすればいいでしょう! どうせ、あなた方にとってはナチュラルだってただの道具だ! 僕の両親を僕から奪ったように!」 完全に沸点を超えた怒りのせいだろうか。キラの唇からは告げる予定のなかった言葉が飛び出す。 「なっ!」 その瞬間、彼女の瞳が見開かれる。 「僕の名前は、キラ……キラ・ヤマト、です。父はハルマ、母はカリダ……5年前起きたセイルシーン号事件の当事者の一人です」 勢いのまま、キラは怒鳴りつけるようにこういった。しかし、彼女の反応はキラが予測していたものと全く違う。 「……貴方がヤマトご夫妻の……」 この言葉と共に彼女は凍り付いたように動きを止めた…… 「何かトラブルでもあったのか?」 全く動かない相手の機体を見つめながら、アスランは呟く。だが、同時にありがたいと思うこともまた事実だ。相手ので方がわからないせいでミゲルもまた動きを止めているのだ。 『まだいたのか、アスラン!』 アスランの機体に気がついたのだろう。ミゲルが呼びかけてくる。 『で、あれに乗っているのはラスティなのか?』 それにしては動きがおかしいが……とミゲルは問いかけてきた。 「……ラスティは失敗した……」 その時の光景を思い出すと、アスランは怒りを感じてしまう。キラほどではないとは言え、彼も大切な友人だったのだ。だが、今はそれを一端棚に上げることにする。 「向こうの機体には、地球軍の士官が乗っている……」 そして、とアスランが言葉を続けようとしたときだ。 不意にあの機体が動き出す。それに反射的に反応してしまったのだろう。ミゲルがジンのライフルで相手を威嚇する。 『なら、あの機体は俺が捕獲する!』 お前はそいつを持って、先に離脱しろと付け加えながら、ミゲルはジンの腰に装備してあるソードを抜いた。 「あの中に、キラが拉致されているんだ! そんなことできるか!」 そんな彼の行動に、アスランは大声で怒鳴る。そのせいで彼の鼓膜がどうなろうか、とかまわないとすら思ってしまう。 『キラ……というと、保護命令が出ているって言う?』 「他のキラなんか知るか!」 自分にとって重要なのは彼だけだ、と言うアスランの言葉にミゲルは絶句しているらしい。だが次の瞬間、彼が低い笑い声を漏らした。 『らしいよな、全く……わかった! お前はそこにいろ!』 できるだけ搭乗者を傷つけないようにして、捕獲する……とミゲルが告げる。 自分が今乗っている機体よりもミゲルのジン――と言っても、正確に言えばあれは彼本来の機体ではないが――の方がそのような細やかな動きができるだろう。そう判断をして、アスランは彼に任せることにする。 そのまま、ジンがキラが乗っている機体に襲いかかろうとしたときだ。 『ジンのパイロット! 聞こえていますか、ジンのパイロット』 通信機からキラの声が流れてくる。 「キラ!」 その声に真っ先に反応を返したのはアスランだ。 『……アスランなの? ジンに乗っているのは……』 返された声の中に安堵の色が感じられるのは、アスランの気のせいだろうか。同時に、何かに耐えているような感じも受け取れる。 「いや……俺が乗っているのは、地球軍が作った機体の方だ……ジンに乗っているのは俺の知人だから、安心していい」 何があったのか、とアスランはキラに問いかけの言葉を投げかけた。 本当であれば、少しでも早く彼を保護したい。そして、何があったのか問いかけたいと言う気持ちを、アスランは必死に押し殺した。そして、キラの言葉を待つ。 『この機体、ザフトに渡します。だから、僕の友達をこれ以上、危険な目に遭わせないで!』 そうすれば、キラがこう訴えてくる。 『友達?』 アスランだけではなくミゲルも意味がわからなかっただろう。キラに向かって聞き返した。 『ジンの足下にいます。オーブの民間人の学生です。お願いですから、彼らが避難を完了するまで、動かないでください』 この言葉に視線を向ければ、確かにジンから離れようと懸命にかけている少年達の姿が見える。 『了解した。だから、そちらも動かないでくれ』 キラの目の前で、彼がこちらで作った友人達を傷つけるわけにはいかない。そう判断したらしいミゲルのこの言葉に、アスランもほっとする。 『わかりました……』 だが、キラの口調がどうしても引っかかってならない。 第一、あの女性士官が何も言ってこないのは何故なのか。 これほど時間の進みがのろく感じられたことはない、とアスランは唇をかみしめていた。 男の子らしいキラを書きたかったんだけど……成功しているでしょうか……その代わりにアスランがちょっとへたれてきているようです(苦笑) |