少女を安全なところに避難させ、キラは先ほどの工場へと戻ってきた。 反対側にあるシェルターに向かおうと思ったことは事実。だが、同時にこのどさくさであればどこからかここのシステムにハッキングができるのではないか、と思ったのだ。そうすれば、目的のデーターに辿り着くことができるのではないか、と。 もっとも、そんな余裕があれば……の話だ、というのはキラもわかっている。 実際、ハッキングをするための端末を捜すことすら不可能だった。 「……確か、反対側にシェルターがあるって……」 言っていたよな……と言う言葉をキラは飲み込む。すぐ側で爆発があり、粉塵に体が包まれてしまったのだ。 こうなれば、ハッキングを諦めて早々にシェルターの中に逃げ込むしかない。キラはそう判断をすると、先ほどの工場まで一気に駆け抜けた。 その時だ。 キラの瞳に、指示を出す女性に銃口を向けているザフトの兵士の姿が映し出される。 「危ない! 後ろ!」 反射的に、キラはこう叫んでしまう。自分でも、どうしてそう声をかけてしまったのかわからなかった。それでも、一度出てしまった言葉を取り戻すことは不可能だ。彼女の視線がキラへと向けられる。 「来い!」 そして、こう叫ばれる。 「左ブロックのシェルターに行きます! お構いなく!」 だからといって、彼女の側に行くことが安全だとは思えない。むしろ、この場から離れた方がいいのではないか、とキラは思う。まさかとは思うが、ザフトの中に知人がいるという可能性を今思い当たったのだ。 「あそこにはもう、ドアしかない!」 だが、彼女のこの言葉までは予想していなかった。 本当にシェルターが失われている……というのであれば、そこに逃げ込んでいた人々はどうなったのだろうか。それとも、誰かが逃げ込む前に破壊されたのかもしれない。あるいは、危険度が上がったために射出された、と言う可能性すらあるだろう。 しかし、自分はどうすればいいのか、とキラは思う。 今、来た道を戻るか……それとも、彼女の側へ行くか。 その判断にキラが悩んでいたときだ。 「うぉぉぉぉぉっ〜〜!」 どこか聞き覚えがある雄叫びを響かせて、深紅のパイロットスーツを身にまとったザフトの兵士が突進してくる。その間にも、彼は手にしているハンドガンを連射していた。 そのうちの数発が、彼女を守ろうとしていた男性と、そして彼女自身に命中する。 女性がうずくまれば、その瞬間を待っていた……というように、先ほどのザフト兵がナイフを振りかぶった。 例えどんな相手でも、自分の目の前で死なれるのはいやだ。まして、それが自分に声をかけたせいだとするなら余計にそう思ってしまう。 とっさにキラは手すりを乗り越える。 そして、地球軍の新型機動兵器の上を駆け抜けると、彼女の側へと走り寄った。 彼女の体を支えながら、キラは駆け寄ってきた兵士の顔を見つめる。 次の瞬間、キラの菫色の瞳が大きく見開かれた。 「……アスラン……?」 信じられない、と言うように、キラの唇が言葉をつづる。 それは相手も同じだったらしい。 彼の動きが止まった。 「キ……ラ……」 そして、彼がキラの名を口にする。 と言うことは、間違いなく目の前にいるのはアスランなのだ。 あれほど『戦争にはならないから……』とキラに言い聞かせてくれた彼が、どうしてここにいるのだろうか。 やはり、あそこに――ユニウスセブンに彼女が、レノアがいたのだろうか、とキラは不安を覚えてしまう。 今すぐにでも、アスランに確かめなければ…… そう思って、キラが腰を浮かしかけた。 だが、アスラン相手は、即座にキラ達から離れていく。 どうして……と思ってキラは周囲を見回した。彼が、自分から逃げ出すような事があるはずがないのに、と。そうすれば、あの女性が痛みを堪えてアスランへと銃を向けている姿が視界に飛び込んでくる。 余計なことを……とキラはとっさに思ってしまう。 だが、彼女が地球軍の士官であれば無理もないことだ、と言うこともわかっていた。そして、自分と彼の関係を推測できるはずがないであろう事も。 「……アスラン……」 彼を追いかけるべきなのだろうか。 それとも、マルキオの元へと行くために、この場は避難をするべきなのか。 キラはアスランが消えた方向を見つめたまま考えていた。 そんな彼の腕を彼女が掴む。そして、キラに逆らう間を与えることなく、機体の中へと引きずり込んだ。 「……あの女……」 その様子をアスランはしっかりと確認していた。 せめて、後数分あそこにいてくれれば、キラを保護しに戻ることもできただろう。あるいは、キラが自分から追いかけてきてくれたかもしれない。 だが、あれに連れ込まれてしまっては不可能だ。 「なら、なんとしてもあの機体ごとキラを……」 確保しなければ……とアスランは呟く。そのためなら、多少の命令違反は厭わない、とすら思ってしまう。 「……外にはミゲル達がいたな……」 彼も《キラ保護》に関しての命令が本国から来たことは知っている。だから、協力をしてくれるはずだ。 「なら、あいつらがあの機体を攻撃する前に合流して……」 そして、キラをあの女から救い出さなければいけない……とアスランは心の中で呟く。そのためには奪取した機体を動かせるようにしなければならないだろう。シートの下からアスランはキーボードを引き出す。そして、OSを起動した。 「キラなら……この程度は苦もなくできるんだろうが……」 あまりにお粗末だとしか言いようがないそれに、アスランは呆れを通り越して怒りすら感じてしまう。これがもっとましであれば、今すぐにでも追いかけられるのに……と。 そして、急ごうとすればするほど、ミスを繰り返してしまう。 「ちっ!」 そんな自分にすら、アスランは怒りを覚える。 「……焦ってはいけない……ここで焦れば、キラが……」 キラを守るためには冷静さを取り戻さなければならない。アスランは自分に言い聞かせるように心の中で繰り返す。 「キラまで、失うわけにはいかないんだ」 自分も父も、と。 キラまで失えば、間違いなく自分たちはナチュラルを全て滅ぼすまで矛先を納めることができなくなるだろう。その中には、キラの両親がいるかもしれないというのにだ。 「……だから、落ち着け、アスラン・ザラ……」 自分がミスをスレな、永遠に《キラ》を失うはめになってしまうだろう……とアスランは自分に言い聞かせた。 その時だ。 ようやく、全ての作業が終了を告げるアラームが鳴った。 「これで、少なくともあいつらの邪魔にはならないはずだ……」 早くあいつらを追いかけないと……といいながら、アスランはOSを起動する。そして、ゆっくりと機体を起きあがらせた。 「キラ……今、行くから……だから、待っていてくれ……」 そのまま、アスランはキラが拉致された機体の後を追いかけさせるように、工場の外へと移動させていく。 そこでは、ミゲルのジンとあの機体が、今にも戦闘を繰り広げそうな形でにらみ合っていた。 と言うわけで、一番印象深いあのシーンなのですが……いいのか、これで(^_^; |