キラの父であるハルマも、ナチュラルだとかコーディネイターだからという観点で他人を区別しない人物だった。 確かにコーディネイターはナチュラルに比べて知力、体力共に優れるように生まれつく。だが、知識という面に関しては、二つの種族とも、個人個人の努力で身につけていくしかないのだ。そして、パトリックから見ても、ハルマの知識は舌を巻くほど豊富だと言っていい。そんな人物が自分の息子の側にいる、と言う事実を感謝したくなるほどだ。 そして、彼らもパトリックを友人として迎え入れてくれた。 だから、と言うわけではないだろう。だが、彼は月を訪れるたびに多少の不便には目をつぶってレノア達と過ごすようになった理由にヤマト家の存在があったことを否定できない。 「一体どうしてキラを《コーディネイト》したか、ですか?」 何かの拍子に出てしまった疑問に、ハルマは微笑みと共に聞き返してくる。 「失礼だ、と思うのであれば無視してくださってかまわない。ただ、疑問に思っただけなのでね。ここ近年、第一世代の子供が生まれるのは珍しい」 プラント以外でコーディネイトされることも、とパトリックは付け加えた。 「……キラが、コーディネイターとして生まれてこなければ、我々はあの子の親になることができなかった……と言うことですよ」 一瞬ためらった後に、ハルマは苦笑と共にこう言葉を返して来る。 「我々のような人間にとって見れば、コーディネイトのための技術は福音だ、と言うことです。親ならば、生まれてくる我が子が、健康に育って欲しいと思うものでしょうし。そのような一面から敢えて視線をそらしているものが多いこともまた事実ですが」 さらに付け加えられた言葉から、パトリックはこの夫婦のどちらかに遺伝的な欠陥があるのでは、と推測をした。だが、それを指摘するようなことはしない。 「どちらにしろ、そのように愛しんでおられるから、キラ君はあれほどまでに素直に育っている、と言うことですね」 だから、二つの種族を区別しないのか、とパトリックは感心したように口にした。 「どちらの種族も同じ《人間》だとあの子には言い聞かせてきましたからね。でなければ、家のような家族では不都合が出ますし、それ以上に、あの子のためにならない、と考えたのですよ」 オーブだからこそ、可能なのかもしれないが……とハルマはどこか寂しげな口調で告げる。 「いえ……プラントにもそう思っている者たちはいますよ。ただ、あちらが耳を貸してくれない以上、我々としても手の撃ちようがない、と言うことです」 誰も好き好んで戦争をしたい、とは思っていないのだ……とパトリックは言外に口にした。 「彼らは……子供達の様子を目の当たりにしていないからでしょう……あるいは、嫉妬のために目がくらんでいるのか。どちらにしても、不幸なことですよ」 それをなくせば、自分たちの前にはどれだけ広い世界が広がっていることか。ハルマが吐息と共に吐き出した言葉に、パトリックは大きく頷いてみせる。 「同感です。だから、子供達のためにも、我々が努力を続けないといけないわけですが……」 一度に全てを終わらせるのは無理だろう、とパトリックは続けた。それでも、こうして話が出来る相手が少しずつ増えていけば、あるいは何かが変わっていくかもしれない、と言う希望もあると。 「そうですね。子供達には、くだらない偏見のない世界を与えてやりたいですから」 言葉と共に、ハルマが窓の外へと視線を向けた。その先には彼の息子とパトリックの息子が、楽しそうに転げ回っている。 その視線に気がついたのだろう。キラが手を振ってくる。 そうすれば、アスランもまた視線を向けてきた。どうやら、彼もハルマには憧憬の念を抱いているらしい。小さく頭を下げてみせる。 「しかし、貴方の前ではあの子も素直なのですね。私は、どうやらアスランとのつき合い方を考えなければならないようだ」 どうも嫌われているらしい、とパトリックは苦笑混じりに口にした。 「そうは思えませんでしたがね。私にはあなたのために会議場の監視システムをよりよいものにして欲しいと言ってきましたよ、アスラン君は」 ハルマが微笑みと共に言葉を返してくる。この家族ほど微笑みが似合う者たちはいないのではないだろうか。そう思わせる彼の表情に、パトリックもまた表情を和らげた。 「それが本当であれば嬉しいですね。昔、レノアのことで大げんかをしたまま、あの子は月に来てしまいましたから……どうも、上手く話せないのですよ」 「丁度そういう時期なのでしょう。大人になれば変わってきますよ」 家の息子も、そうなってくれればいいのだが……とハルマはため息につく。 「どうにも甘ったれで……」 甘やかしすぎたかもしれない、と彼は口にする。この会話は本当にただの父親のものだ。政治的なものも何もないそれに、パトリックはほっとできる自分を感じていた。 「それこそ、大人になれば変わりますよ」 今はあれでいいでしょう、とパトリックが言えば、ハルマはそうだといいのだが……と微笑み返してくる。 ある意味、穏やかな時間が彼らの上に流れていた。 だが、それも長くは続かない。 「本当に、あのばかどもは……」 プラントへと戻る宇宙船の中で、パトリックは思わずこう口にした。 今回の会議で、地球連合の強硬派は信じられない行動に出たのだ。 プラントとの戦争を避けようとする穏健派、そして、二つの国家を仲介しているオーブからの参加者と巻き込んで自分たちを亡き者にしようとする行動を起こした。それを事前に監視システムが察知してくれなければ、その企ては成功していたのではないだろうか。 そして、そのシステムを作ったのはハルマ・ヤマトだった、と言うことをパトリックは関係者から聞かされた。 その礼と、そして彼らにプラントに移らないか、と提案しようと思ってパトリックは彼らの家へと向かった。例えナチュラルであろうと、自分の知り合いであり、コーディネイターに対する偏見を持たない相手の存在を排斥するほど同胞は心が狭くないと。 だが、パトリックがそこについたとき、建物の中には誰もいなかった。 「……レノアとアスランがショックを受けるだろうな……」 一時的に本国に戻っている彼らには二重の衝撃だろう、とパトリックは呟く。 最悪の場合、二度と彼らには会えないかもしれないのだ。 それでも、パトリックには二人の命を守る義務と責任がある。危険が及ぶかもしれないとわかっている場所に二人を戻すことは決して認められることではない。 「オーブを通じて、彼らの居場所を探すことは可能だろうか」 オーブ籍の人間であれば、あるいは……と思う。それだけがわずかに残された希望だと言うことは否定できない。 「ともかく、これでまた緊張が高まることは否定できないな」 小さなため息と共にパトリックはシートに背中を預けた、まさにその時だった。 「ザラ閣下」 船長が彼に声をかけてきた。 「何か?」 どうやら、難しい問題が持ち上がっているらしい……と彼の表情からパトリックは判断をする。 「一度、航路を外れますので……それに伴い、本国への到着が遅れる可能性があると言うご報告を」 少なくとも、この船に関して言えば航路の優先使用権を持っているはず。それなのに、航路を外れ、なおかつ、本国への到着が遅れるという。それは非常事態が起きた、と言うことと同意語だろう。 「何があったのかな?」 厳しい口調で、彼はこう、船長に問いかける。 「……救難信号をキャッチしました。近くを航行している船が他におりませんので、本船が救助を行いたいと思います」 きっぱりと言い切った彼を、パトリックは責めるつもりはない。宇宙であろうとどこであろうと、遭難者を救助するのは当然の義務なのだ。 「わかった。救助が成功したら連絡をしてくれ。私もその場に立ち会おう」 相手がナチュラルであろうとも助けるのだ、と言う事を全ての者たちに見つけたい、と言う思いがあったことはパトリックにしても否定できない。だが、同時に『虫の知らせ』とも言うべき何かが彼の心をよぎったのだ。 そして、その予感は当たっていた。 救助ポットから出てきたのは、みな幼年学校以下の子供達だった。その数は両手の指の数に満たない、と言うことは家族で旅行をしていた子供達だけなのかもしれない。そんなことを思いながら、パトリックはこれから行わなければならないことを脳裏で考える。 その時だった。 「……キラ君?」 見慣れた色彩を身にまとった子供の姿を見つけたような気がして、パトリックは言葉を口にする。そうすれば、子供達の中の一人が自分の方へ視線を向けてくる。 「パトリック、おじさま?」 言葉と共に、キラが自分へと駆け寄ろうという仕草を見せた。それを止めようとする船員を視線で征すると、パトリックは両手を広げる。そうすれば、その腕の中に小さな体がまっすぐに飛び込んできた。 「おじさま! パパとママが……」 そして彼の首にかじりつくようにすると、キラはこう訴え始める。その大きな瞳から涙が次々とあふれ出していた。 波乱の第一歩……最近、キラいじめが過ぎるような気が自分でもしていますが……まぁ、話の必要上、と言うことで(^_^; |