明日にはヘリオポリスを離れる……というのに、キラの前にはカトーから押しつけられたデーターが山になっている。
「本当に……」
 最後まで自分をこき使うつもりだな……と呟きながら、キラはサンドイッチに手を伸ばそうとする。その指に、いつも側にいてくれるトリィが舞い降りてきた。
「……トリィ……」
 邪魔しないの……と口にしながらもキラの口元には微笑みが浮かんでいる。
「トリィ」
 そんなキラに答えを返すかのようにトリィは小首をかしげた。そして、再び舞い上がっていく。
「何をしたかったんだろうね」
 まぁ、アスランから貰った時からああだったし……といいながら、キラは改めてサンドイッチに手を伸ばした。そのまま口にくわえると、教授に押しつけられたデーターへと意識を戻す。
 いくつかの作業を終え、何気なくフォルダを確認したときだ。
「……隠しファイル?」
 無意識のうちにハッキング用のツールを使ってしまったせいだろう。今までは見られなかったそれにキラは気がついた。
「容量がおかしいとは思っていたんだけど……何でこんなものが……」
 そう言えば、いつも解析を頼まれるデーターの中に、自分たちが関わっている研究で得られたデーターではないものが混じっている。ひょっとして、それと関係があるのだろうか、とキラは考え込む。
「……中、確認しないと……」
 虫の知らせ……と言うものだろうか。キラは何故かそう思ってしまった。
 かなりのプロテクトがかけられてはいたものの、キラにかかれば何と言うことはない。
 しかし、そのプロテクトのプログラムが、キラには気に入らない、としか言いようがないものだ。
「地球軍のフォーマットがなんで……」
 散々プロテクトを解除した地球軍のそれ。それと同じ形式で作られたプロテクトが、何故自分が解析を頼まれたデーターカードに入っているのか。
「……まさか……」
 だとすれば、これは地球軍が開発を進めている《何か》にカトーが関わっていると言うことだろうか。だとすれば、彼のラボからはあちらに接触できるかもしれない……と思いながら、キラはそのファイルを開く。
 次の瞬間、何かのデーターベースらしきものがモニターに表示された。
「……嘘……」
 それを見た瞬間、キラは思わず息を飲んでしまう。
「地球軍がMSを……いや、これはモルゲンレーテ製になるのかな……」
 どちらにしても、オーブが地球軍に協力をしていたという明白な証拠になる。同時に、下手をしたらオーブまで戦争に巻き込まれる、とキラは心配になった。
「プラントと地球だけでも大変なのに……オーブまで巻き込まれたら、逃げ込める場所がなくなるじゃないか」
 自分のような存在は……とキラは呟く。そして、完全に二つの種族が隔てられてしまえば、どうしたってその関係を修復することは難しいだろう。お互いが――生まれる前に遺伝子を調整されているかどうかは別として――同じ人間である、と言う認識が必要なのだから、と。
 側にいて、お互いをよく知ればそれを理解することは簡単だろう。
 だが、触れあうことができなければ不可能だと言っていいのだ。
「……どんなことをしても、オーブだけは戦渦に巻き込んじゃ駄目なんだ……」
 戦争に関わりたくない人間が逃げ込める場所を奪ってはいけない……と呟きながら、キラはそのファイルをこっそりとコピーする。そして、そのままマルキオ達に向けて送信をした。これで、もし自分に何かあってもこのデーターだけは無事に彼らの手元に届くだろう。
「後は……こっちの痕跡も消して……」
 自分が見たと悟られないようにしておこう……とキラは呟きながら作業を行う。これもまた、キラにとっては手慣れた作業だ。
 全ての作業を終え、キラはモニターをニュースへと切り替える。
 そこに、何かを見つけたらしいトリィが戻ってきた。
「どうしたの、トリィ?」
 モニターの上から自分を見上げてくるトリィにキラは問いかける。もちろん、返事が戻ってくるわけではないが、それでもトリィが何かを示すかのように顔の向きを変える。それにつられるようにキラが視線を移そうとしたときだ。
「キラ!」
 聞き慣れた声が耳に届く。どうやら、トリィは彼らのことを知らせようとしていたらしい。
「トール、ミリィ」
 軽く手を挙げると、キラは彼らを手招く。
「こんな所にいたのかよ〜! カトー教授がお前のことを捜してたぜ?」
 ご苦労さん、といいながら、二人が歩み寄ってきた。この言葉にキラは小首をかしげる。一体何のようなのだろうか、と思ったのだ。
「見かけたら、すぐ引っ張ってこいって」
 この言葉に、キラは嫌な予感を感じてしまう。
「また〜〜?」
 もうじき引っ越すと告げた瞬間、彼の人使いが荒くなったような気がするのは、キラの錯覚ではないだろう。
「なぁに? また何か手伝わされているの?」
 苦笑と共にミリアリアが問いかけてきた。
「ったく……昨日渡されたのだって、まだ終わってないのに……僕が引っ越したらどうするんだろう……」
「だからじゃないのか? キラがいなくなったら、はっきり言って時間が倍以上かかるに決まっているんだから」
 俺達はそこまでできないし……といいながら、トールが諦めろと言うようにキラの肩に手を置く。
「わかっているんだけどね……これのおかげで、引っ越しの準備が進まないんだよね。母さんに怒られる……」
 全部置いていけ、って言われそうだよ、この調子じゃ……とキラはぼやいてみせる。
「だよなぁ……でも、手伝ってやれないし……」
 もう、俺じゃ何がなんだか理解できないんだ……とトールが口にした瞬間だ。いきなりニュースが速報を流し始める。
「……何か、新しいニュースか?」
 この言葉に、キラもまた視線を向けた。そうすれば、ザフトのジンに攻撃を受けている街の光景が確認できた。
「華南だって……さっき、落ちたらしいよ……」
 プラントの人口は少ない。そして、その多くがある程度親交があると言っていい。直接顔見知りではなくても、友人の知り合いがあそこにいた可能性だってあるのだ。だから、こうやって彼らが執拗な攻撃をする気持ちがわからないわけではない。
 しかし、とキラは思う。
 たまたまその国で、ナチュラルとして生まれ……そして、地球連合でコーディネイターを排斥すべし、と言う教育を受けそれ以外知らない民間人にまで執拗な攻撃を加える必要があるのか、とキラは思う。
 これでは、また新たな憎しみを生むだけではないのか、と。
「華南なんて、結構近いんじゃない? 大丈夫かなぁ、本土……」
 ミリアリアの両親はオーブ本土にいるのだ、と聞いた。だから、彼女が心配する気持ちは理解できる。
「それは心配ないでしょ。近いったって、うちは中立だぜ。オーブが戦場になることはまずないって」
 そうさせないために、懸命に動いている人たちだっているんだから……とトールがミリアリアを安心させるように口にした。
「……なら、いいけど……」
 ミリアリアが、それでも不安を隠せないという口調で告げる。
「……そうならいいよね……」
 キラもまた、同じように呟いていた。



ようやく第一話の冒頭シーンまで辿り着きました。ここから本編と絡む予定……ですけど(^_^;