胃が苦しいと思いながら、キラは何とか自分の分の皿を空にすることができた。もっとも、それよりも先に他の二人は空にしていたのは言うまでもないことだろう。
「ちょっと、待っててね? 今、コーヒーでも持ってくるわ」
 その間、少しでもいいからおなかを休めておいてね……と彼女はキラに苦笑を向ける。
「……努力します……」
 無理だろうけど……とキラは心の中で付け加えた。
「では……ソファーの方へ移動しよう。そちらの方が楽だろう?」
 君の胃袋のためにも……と笑う彼に、キラは頬を紅く染める。
「すみません……」
 余計な手間をかけてしまって……とキラは彼に告げた。
「何、気にすることはない。コーディネイトされているからと言って、神経までナイロンザイル並みに強くなっているわけではない。むしろ、そう言う人間はナチュラルの方に多いしね」
 だから、気にしなくていい……と言われても、キラは素直に頷くことはできない。彼に手間をかけさせているのは事実なのだ。
「それに……ナチュラルだろうとコーディネーターだろうと、君たちの年代の子供が精神的に不安定になりやすいのは事実だ。それをフォローしてあげるのは大人の役目だからね」
 保護者代わりとは言え、そのくらいの心配はさせて欲しい……と彼は笑う。
「ですが……」
「いいんだよ。私達にしても、いずれ自分たちの子供を持つだろう。その子をコーディネイトするか、それともナチュラルとして産むか、どちらかはわからないが……君という存在がいてくれた……と教えることができるのは嬉しいことだと思うよ」
 願わくば、その時までニコのくだらない対立がなくなっていてくれればいい、と彼はさらに笑みを深める。
「そうですね……そう思ってくれている方がいるとわかれば……プラントでも全ての人が絶望せずにすみますしね」
 ナチュラルに……と言う言葉をキラは飲み込む。それを言って、優しい彼らが悲しむのはいやだ、と思ってしまったのだ。彼らと一緒に過ごした時間が、キラにとっても心地よかった証拠だろう。
「お待たせ。キラ君はコーヒーよりもココアの方がいいわね」
 おなかに少しでも優しい方が……といいながら、彼女がキッチンから姿を現した。その手にはカップが三つ乗せられているお盆があった。
「どうせなら、私は……」
「駄目よ。まじめな話をするのでしょう?」
 アルコールはそれが終わってから……と言われて、彼はしゅんとしてしまう。そう言うところが親しみやすさを感じさせるのかもしれない。
「……仕方がないな……」
 言葉と共に彼はコーヒーが入ったカップに手を伸ばした。そして、そのまま口を付ける。
「マルキオ様から連絡が入った、とお聞きしましたが?」
 何か緊急事態でもあったのか……とキラは口火を切る。
「緊急事態……というか、一度、オーブ本国へ戻ってきて欲しいそうだ。今まで君が集めた資料を持って」
 それで公的に対処をされるおつもりらしい……と彼は付け加えた。戦況が硬直している現在ならば、あるいは可能かもしれないと。
「オーブはもちろん、地球連合にしてもそれを公にされたくないだろう。そして、プラント側にしてもそれなりの賠償さえすれば和平の可能性があるのではないか……というのがマルキオさまのお考えだ」
 そして、そのためにマルキオさまは労を惜しまないだろう……と彼は付け加える。
「……ですが……」
 しかしそれでは、両親を始めとした人たちの命が……とキラは思う。自分たちの犯罪を誤魔化すためなら手を汚すことぐらい何とも思わないのではないか……と。
「大丈夫だよ、キラ君。先日、オーブ軍の者たちが数人、ここにやってきている。彼らが後を引き継いでくれる。もちろん、強制捜査権を持っているからね。キラ君が目星をつけた場所を一気に捜索すれば、必ず大丈夫だよ」
 だから、任せておけばいい、と言う言葉の裏に、その場に自分を置きたくないと彼らが思っているのが見え隠れしているのは、キラの気のせいだろうか。それとも、そうさせたいと彼らが思うほど、自分の状況は傍目から見れば悪いのか、とキラは悩む。
「……明日直ぐに……でしょうか」
 だが、マルキオの言葉に逆らうことはできない……と言うことだけはキラにもわかっている。
 それでも、できればあれこれ後始末をする時間が欲しい、と思ってしまうのだ。特に、カレッジ関係を、と。
「いや。あちらの予定もあるからな……今月中には、と思っているが……」
 正確な日時は、マルキオと連絡を取ってからだ……と彼は告げる。
「大丈夫よ。正確な日時が決まったら、ちゃんと教えてあげるから」
 それまで、今まで通りに作業してくれてかまわないのだ……と彼女は教えてくれた。もちろん、帰還する前にキラの両親達が見つかれば、その時は何の遠慮もなくこの地に駐留しているオーブ軍を動かすとも。
「できるだけ、その日が来るまで誰にも気づかれないようにして欲しい」
 彼の言葉に、キラは小さく頷いて見せた。

 アカデミーを卒業したアスラン達はそろってクルーゼの元へと配属されていた。しかも、そこにはしっかりとミゲルの存在もあったのだから、アスランが誰かの思惟を感じたとしてもおかしくはないだろう。
 イザーク達との関係は相変わらずだった。
 だからといって、任務に支障を来すようなことをする者は誰もいない。
 そのせいだろうか。
 彼らはザフトでもトップと言われる部隊になっていた。
 そんなある日のことだ。
「……ヘリオポリス、ですか」
 地球軍がMSを開発しているらしい。それに関しては誰も驚くことではない。ただ、無駄なことを……と思うだけだ。ジンにしても、自分たちコーディネーターだからこそ何とか扱えるOSを開発するのが精一杯だった、と言うのが実情だ。
 もっとも《キラ》であれば話は違うかもしれないが……とアスランでも思ってしまう。
 そんなことを考えていたからだろうか。この言葉に大きな反応を示してしまったのは。
「どうかしたのですか、アスラン?」
 彼の呟きをしっかりと聞きつけたらしい。ニコルがこう問いかけてきた。いや、彼だけではない。珍しくもイザークとディアッカも興味を示している。
 だが、上官達の前でそれを告げてもいいものだろうか、とアスランは悩む。
「気になることがあるなら、言ってみるがいい」
 それで作戦に失敗されては困る……と言外に含ませながらクルーゼが言葉をかけてきた。こうまで言われては黙っているわけにはいかないだろう。渋々ながらアスランは口を開く。
「……キラが……」
 それでも、まだためらいの方が強い。思わず言葉を飲み込んでしまう。
「キラがどうした!」
「あいつ、今どこにいるんだ?」
「アスラン!」
 しかし、それをニコル達が許してくれるはずがない。こう言いながら、彼らはアスランに詰め寄ってくる。その様子に、クルーゼだけではなくアデスまで目を丸くしていた。
「そこにキラが、いるはずなんだ……というか、少なくともあの時まではいたはずだ……」
 あそこに地球軍の秘密基地があるらしい……と口にしながら、アスランはまさか、と思ってしまう。ひょっとして、今回のこととキラの両親のことが繋がっているのではないか、と言う可能性に気づいてしまったのだ。
「……キラが、そこにいる、だと……」
 イザークが一言一言を絞り出すように言葉を口にする。
「あぁ。あそこにキラの行方不明になったご両親が拉致されている可能性があると。だから、キラは自分で確認をしに行った、と言うことは知っているはずだが?」
 散々大騒ぎをしただろう、とアスランはイザークに聞き返した。
「その件は覚えているが、あいつがどこにいるかは聞いたことがなかったぞ」
「そりゃ、誰かさんが話しかける隙を見せなかったからだろうが」
 聞く耳を持たなかった、とも言うがな……とアスランはしっかりと言い返す。その件に関してはイザークにしても自覚があるのだろう。憮然とした表情でアスランから視線をそらす。
「と言うことは……そこにキラさんのお知り合いの方々がいる、と言うことですね……被害を最小限にしないと、本気で恨まれそうです」
 ニコルが微妙な表情で考え込む。
「まぁ、オーブに対するあれこれを考えると、民間人への被害は出さない方がいいんだろうがな。それが例えナチュラルであろうとも」
 キラに嫌われたくなければ、気をつけろよ……とディアッカがイザークに向かって声をかけた。
「わかっている!」
 即座にイザークが怒鳴り返す。
「キラ、というのは国防委員長の養い子、だったな?」
 彼らの話を聞いていたクルーゼが不意に口を開く。
「そうですが……何か?」
 不審そうにアスランが聞き返す。
「見つけた場合、保護するように……という命令が出ている。おのおの、そのつもりで」
 この言葉に、アスランはパトリックが何か手を回しているのだろう、と判断をする。しかし、一体何故なのか。そこまではわからない。
「了解しました」
 だが、渡りに船……というのもまた事実だ。これで、堂々とキラを連れて帰れる、と誰もが考えていた。



事態はそろそろ厄介な状況へと……後一息です、ここまで来れば(^_^;