「……キラが知ったら、悲しむだろうな……」
 自分やイザーク達だけではなく、ニコルまでザフトに入ったという事実に……とアスランは呟く。
「それでも、何もしないでいるわけにはいかなかったのですよ」
 アカデミー内で再会したときには、驚いた、と言うよりはあきれたが……とニコルは苦笑を浮かべてみせる。
「アスランだけならともかく、イザーク達まで同期でしたからね」
 何でこう集まるのか……とニコルはため息をついた。
「結局、あれが契機だった、と言うわけか」
 誰にとっても……とアスランは小さく呟く。あの事件さえなければ――そして、あれに彼女が巻き込まれなければ――自分は決して軍人になろうだなんて考えなかっただろう。キラがあれだけ戦争を嫌がっていたのだから、と。
 今だってキラに対する想いも、そして彼の両親に対する気持ちも変わっていない。しかし、それ以上に母を奪った地球軍――いや、ブルーコスモスへの怒りが抑えきれなかったのだ。
「……キラさんだって……きちんと説明をすれば理解して頂けると思うのですが……」
 キラが第一世代である以上、その点に関しては不透明だ……としか言いようがない。
「あいつは争うことが嫌いだから……」
 アスランはこう口にする。
 競い合うことに関しては拒まない。だが、誰かを傷つけるかもしれないという状況は本気で嫌がっていたのだ、と。
「キラさんらしいですね」
 自分たちを高めるためならばかまわないと思っているのが……とニコルも頷いてみせる。
「ともかく、あいつがいるのは幸か不幸かオーブだ……マルキオさまがつけてくださった護衛の方々も一緒にいるはずだから、あいつ自身に関しては心配いらないと思う」
 少なくとも、その身体に関わることは、とアスランは心の中で付け加えた。しかし、その心の方はどうだろうか。最悪の事態になっていなければいいのだが……と思う。
 キラの心の傷が、今回のことで広がってしまえば護衛の者たちではどうしようもできないはずなのだ。自分か、せめてパトリックが側にいれば何とかなるかもしれない。しかし、現状でそれは不可能だと言っていいだろう。
「そうなれば、後は早々にこの戦争を終わらせればいいのでしょうが……」
 それが一番難しいことだろう、とニコルはまたため息をつく。
「でなければ、何とかして迎えに行くか、だな」
 公私混同と言われるかもしれないが……とアスランはニコルに笑いかけた。
「何だ? 彼女の話か?」
 そこに、先輩として自分たちの面倒を見てくれているミゲルが口を挟んでくる。
「……残念ながら、彼女ではなく彼です、話題の主は」
 くすりと笑いながらニコルがこう言った。その瞬間、ミゲルが目を丸くしている。どうやら、彼はその表情が見たかったらしい、とアスランは判断をした。
「俺の幼なじみ……というか、兄弟みたいな奴の話です。今、訳ありでオーブのコロニーにいるので……」
 帰るに帰れない状況になっているのか、と言う話になっただけです、とアスランはそんなミゲルに説明をしてやる。
「ニコルやイザーク達とも知り合いなのですよ、あいつは」
 もっとも、連中はあいつの存在を忘れているかもしれないが……とアスランは付け加えた。ここに来てからほとんど会話を交わしていないので、確認はできないのだが。どうしたことか、彼らはアスランを目の敵にしているのだ。
「その可能性はありませんよ、アスラン。イザーク達もキラさんのことを心配していますって」
 素直じゃないから、口には出さないだけだ……とニコルはアスランに声をかける。だから、心配はいらない、と。
「……ってことはなんだ? そいつを引き込めば俺の苦労はなくなるってわけ?」
 ぼそっとミゲルが呟く。
「……言っておくがミゲル……キラにあっても『ザフトに入れ』何て言うなよ?」
 先に釘を刺しておくか……とアスランは彼に向かってこういった。
「そうですね。そう言うことをキラさんに言ったら、その時点で、僕も協力するのをやめますからね」
 ニコルもまたアスランに同調をするように言葉を口にする。
「……なんでだよ……」
 いいじゃないか、そのくらい……とミゲルは憮然とした表情を作った。
「有能な奴が多ければ、ナチュラルなんて簡単に蹴散らせるだろうが」
 コーディネイターの方が、絶対的に人数が少ないんだぞ、とミゲルは主張する。
「……それがまずいんだって」
 知らない以上仕方がないのか、と思いつつ、それでもアスランはため息をついてしまう。
「キラさんは第一世代なんですよ」
 ニコルはニコルで、珍しくも感情を素直に露わにしながらこういった。それははっきり言って怖い、とアスランですら思ってしまう。
「……第一世代? ってことは、俺と同じくらいの年齢なのか?」
 それぐらいなら、何も心配することはないだろう……とミゲルは言い返してきた。そんな彼の腰が引けているのはアスランの気のせいではないだろう。
「いや、俺よりも5ヶ月上なだけだ」
 成人しているとは言え、まだまだ両親の元で過ごしたい年齢だろう、とアスランは彼に告げる。
「……ずいぶんとまた珍しいな、それは……」
 コーディネイト自体、プラント以外では行われる事はほとんどないと言っていいだろう。そして、そのほとんどが第二世代――あるいは第三世代と言うこともある――だ。その中でアスランと同年で第一世代というのは、出生率の低下が懸念されている第三世代よりも珍しい存在だ、と言える。
「……だから、今、オーブのコロニーにいるんだよ」
 事情があってな……とアスランは付け加えた。
「……じゃぁ、仕方がないんだろうが……惜しいなぁ……」
 諦めきれないという態度を崩さないまま、ミゲルはこうぼやく。
「お前らがそれだけ気に入っている相手なら、マジで抑えになってくれるだろうに……」
 本当、惜しい……と言いながらもミゲルは自分を納得させようと努力しているようだ。
「ミゲル?」
 そんなミゲルの迷いを吹っ切らせようとするかのように、ニコルがさらに笑みを深める。
「わかっているって! 俺だって、ザフトの不文律ぐらいは」
 十代以下の第一世代を――本人の希望があれば別だが――無理矢理戦闘に巻き込んではいけない。
 これがザフトだけではなくプラント全体でいつしか共通認識として広まった不文律だった。ごく少数とはいえ、両親と共にこの地に逃げてきた十代以下の第一世代もいるのだ。そして、彼らの両親の肉親は地球にいる。そんな彼らに、肉親に手をかけろ、というのは酷なことだろう、と言うのがその理由である。
「ただ、お前らがなぁ……」
 それさえなければ、こんなに未練がましい態度を作らない、とミゲルはわざとらしいため息をついて見せた。
「……俺のせいじゃないからな」
 文句を言うなら、あちらに言え……とアスランは言外に告げる。向こうがあんな態度を取らなければ、自分は普通に接することができるのだから、と。
「……お前から妥協する気はないわけ?」
 頼むから……とミゲルはアスランに訴えてくる。
「俺は、十分、妥協しているぞ」
 こう言いながらも確かにミゲルの気持ちも理解できるな、とアスランは心の中で呟いた。
「……第一、キラをどうこうしたくても、今は手が届かないところにいる」
 早く手元に取り戻したい、とアスランは心の中で付け加える。願わくば、彼の両親と共に。だが、それを言葉に出すことはなかった。



と言うわけで、久々のアスランサイド……やっぱり出てきたミゲル(^_^; 好きキャラですからねぇ、彼も