プラントからオーブ本国へ……そして、そこから目的の施設があると思われるヘリオポリスまでの移動は問題なく行うことができた。
 そんなキラと行動を共にしたのは、マルキオとパトリック達の知り合いだという夫婦である。しかし、その言動から判断をすれば、軍に関わっていたのではないか。つまり、彼らは自分を護衛するために一緒に来てくれたのかもしれないとキラは思う。
「本当に過保護なんだなら、みんな……」
 自分だって、自分のみを守ることぐらいはできるのに……と。
「それだけあなたが大切なのよ、皆さん」
 そんなキラの呟きが耳に入ったのだろう。《母親役》をしてくれている女性が笑いながら声をかけてきた。
「もっとも、その気持ちはよくわかるわ。出逢ってからの時間は短いけれど、私もあの人もあなたが本当の息子だったらよかったのにって思うもの」
 だから、あまり無理はしないでね……と言いながら、キラの前にコーヒーが入ったカップを差し出してくれる。
「ありがとうございます」
 礼を言うと、キラはそれを受け取った。
「そうそう……カレッジへの転入手続きが終わったわ。来週から通うことになっているの。かまわないわよね?」
 表向きとは言え、時間はかなり制限されることになるが、と彼女は小首をかしげた。
「仕方がありません。でないと、目立ってしまいますでしょう?」
 プラントであればともかく、オーブでは自分たちの年齢ではカレッジに通うものだろうと。でなければ、不信の目を向けられてしまうかもしれない。それが連中にキラの存在を教えてしまうことになるのではないだろうか、とも思うのだ。
「……カレッジに行けば、逆の意味で目立ってしまうかもしれないけどね、貴方の場合」
 容姿はもちろん、その才能で……と彼女は笑う。
「……そうでしょうか? 見た目は我慢しますけど……できるだけセーブするつもりですし……」
 それでも目立つだろうか……とキラは小首をかしげて見せた。
「目立つわね、間違いなく。オーブのトップクラスでもキラ君に負けるかもしれないもの」
 いくらキラが実力をセーブしようとしても隠し通せるものではないだろう、と彼女は告げてくる。むしろ、そのせいで……と言われて、キラはそうなのだろうかと悩んでしまった。
「まぁ、確かにセーブした方がいいというのは間違いなく事実なんだけどね」
 でなければ、余計なところから目をつけられてしまうかもしれない、と言いながら、彼女はキラの肩に手を置く。
「ともかく、無理だけはしないでね? 貴方の日常生活についてできるだけフォローしてあげるつもりだけど……貴方の無理まではフォローできないわ」
 コーディネイターがどこまで無理をできるものなのか、ナチュラルである自分たちにはわからないから、と言われてキラは頷き返した。その言葉は、両親にも何度か言われたことがある。その時にはレノアやアスランが直ぐにフォローを入れてくれたから何とも中かった。だが、今はそれを望むわけにはいかないだろう。
「わかっています」
 自分が倒れるようなことになれば、信頼して送り出してくれた人たちの気持ちを裏切ることになってしまうから、とキラは心の中で自分に言い聞かせる。だが、それと両親を直ぐにでも助け出したい気持ちとの折り合いが上手くつけられるか……というとかなり不安だ、と言うのも事実だったが。
「無理をして倒れては、それだけ時間がかかってしまいますし……」
 その間に万が一のことがあればその方が問題だ、とキラは口にした。
「そうね。ご両親のことだけではなく、地球軍の不穏な動き、と言うことも問題だわ」
 正確に言えば、その裏にいるブルーコスモスの動き、と言えるだろう。
 最近は地球だけではなくオーブ所属のコロニーでも彼らが関わっているデモが増えているのだ。
 それだけではない。
 彼らのものと思えるテロまでが、オーブ国内で多々見られるようになってきていた。
 その多くが、優秀なコーディネイターを対象にしたものだ。当然、キラの実力であればその対象になり得るだろう。
「手抜き、とばれないようにするのは難しいと思うけど、がんばってね」
 がんばって、というのはおかしいかもしれないけど……と彼女は笑った。
「手抜きをがんばれ……と言うことですからね……普通の親なら言いませんよ」
 もっとも、この場合はそれで当然なのだが……とキラは心の中で呟く。
 でなければ、厄介事が降りかかってくるかもしれないとなればなおさらだ。それが自分だけならまだしも、周囲の人々にまで被害が及ぶとなれば余計に……とキラは気持ちを引き締める。
「あぁ、あまり難しく考えないでね。そちらに関しては、私達は専門だもの」
 昔、マルキオさまのSPをしていたの、私は……と初めて彼女は教えてくれた。そして、旦那さんの方はオーブの首長のSPだったと。視力に問題が出てきたので退職したのだが、そうでなければまだまだ続けていたかもしれない、と言う言葉に、キラはまた『過保護』と心の中で呟く。
 そう言う人間をわざわざ捜し出してきたのだろうか、と。
「こらこら……折角の可愛い顔に変なしわなんかつけないの」
 見ていて悲しくなるから……と言う言葉に、キラはどう反応をすればいいのかわからない。
「僕、男なんですけど?」
「男の子でも、可愛いものは可愛いのよ」
 女性というものはそう言う感性を持っているの……と笑う彼女に、キラはますます憮然とした表情を作った。
「これ以上、余計なことを言うと怒られちゃうわね。早々に退散するわ」
 そんなキラの表情に、彼女はころころと笑いを漏らす。そしてそのまま部屋を後にしようとした。だが、何かを思い出したのか入口のところで立ち止まる。
「あぁ、晩ご飯のリクエストはあるかしら?」
 そこで視線だけをキラに向けながらこう問いかけてきた。
「晩ご飯ですか? そうですね……ロールキャベツ、ってできます?」
 カリダが作ってくれたものとは味が違うだろう。それでも、問いかけられて真っ先に思い浮かんだメニューはこれだった。
「ロールキャベツね。わかったわ。任せておいて」
 そんなキラの気持ちを彼女は知らないだろう。しかし、記憶の中のカリダと同じ微笑みを彼女は浮かべると頷き返してくれる。
「お願いします」
 キラもまた微笑みを口元に笑みを浮かべるとこう言い返した。
 そのまま出て行く彼女を見送ってから、キラは視線をモニターへと移す。そして、スクリーンセーバーを解除した。
「……まずは……ルート探しだよね」
 意識を切り替えると、キラはこう呟く。
 ここのシステムを管理しているマザーへのハッキングは比較的簡単に行うことができた。しかし、そこから先がまだなのだ。
 いくつか目星はつけることができたが、その絞り込みが終わっていない。
 あるいは、完全に別のシステムを構築しているという可能性すらあるのだ。
「……ともかく、一つ一つ、つぶしていかないと……」
 それは今までもしてきた作業だ。そして、今までとは違って、範囲は格段に絞られている。だから、そんなに時間はかからないはず……とキラは自分に言い聞かせるように心の中で何度も繰り返す。
 そして、その先にいるのは、自分の両親だけではない。あの日、いきなり引き離されてしまった全ての者たちが待ち望んでいる人たちも一緒にいるはずなのだ。
 彼らにも両親を返してやりたい。
 そして、少しでもナチュラルとコーディネイターの間にある溝を埋めていきたい。
 アスラン達のようにプラントの中枢に関わることができない自分にできることは、そんな小さな事だけだろう。だが、それでも全く無駄にならないはずだ。
「……パパ、ママ……」
 思わず口からこぼれ落ちた呼びかけは、あの頃と同じもの。しかし、その事実にキラは気づいていない。いや、それでもかまわないと言えるのではないだろうか。
「迎えに行くから……だから、待っていて……」
 こう言いながら、キラはキーボードを叩き始めた。



と言うことで、キラはヘリオポリスへ……オリキャラを出してしまいました、申し訳ないです(^_^;