もちろん、一番厄介な問題がキラの前には残っていた。
「……キラ……話がある……」
 翡翠の瞳を怒りで輝かせながらアスランがこう言ってくる。
「今?」
 ちょっと手を放せないんだけど……とキラは微笑んで見せた。ラクスから頼まれたプログラムがあるから、と。
 もちろん、それでごまかせる相手ではない、と言うことをキラはよく知っていた。むしろ、逆に彼の怒りに火を注ぐ結果になるかもしれないとは思う。
「キラ!」
 案の定、と言うべきだろうか。アスランはこの言葉と共にキラの体を強引に自分の方へと向けさせた。
「だから、忙しいんだけど……」
 そんな彼に向けて、キラはわざとらしくため息をついて見せる。
「俺の話の方が重要だ!」
 言葉と共に、アスランの顔がキラの側まで寄ってきた。
「……何?」
 仕方がないなぁ、といいながら、キラはアスランに次の言葉を促す。もちろん、それがどのような内容なのかは見当がついていた。
「……オーブに行く、というのは本当なのか」
 予想通りのセリフを彼は口にする。
「嘘だ、と言うなら、あれだけ手間をかけて準備をしないよ。たくさんの人も巻き込んじゃっているし……」
 それがどうかした、とキラはできるだけ冷静な口調で言い返した。
「……お前は……」
 キラの態度が予想外だったのだろうか。アスランが絶句している。
「それがどうしたの? アスランに相談しなかったから怒っているわけ?」
 さらに彼を追いつめるかのように、キラはこう口にした。それで嫌われるなら仕方がない、と心の中で呟く。しかし、できればそれだけは避けたいと思っている自分がいることももちろんキラは自覚していた。
 彼が側にいてくれることが呼吸をするよりも当然のこと。
 その存在を失うことになれば自分は精神のバランスを保っていられるかわからないのだ。
 わかっていても、両親を取り戻したいと思う気持ちには逆らえない事もまた事実。
 そして、それに彼を巻き込むことができないことも。
「キラ」
 だが、アスランはキラの言葉は信じられなかったらしい。目を大きく見開いたまま固まっている。
「それに……アスランに相談したら、絶対反対するじゃないか……」
 ぼそっとキラが付け加えるように呟く。
「僕は、自分の手で父さんと母さんを助け出したいんだ。だから、アスランでも邪魔して欲しくなかった……」
 もう一度抱きしめて貰うために……とキラは言葉を重ねた。
「……なら、俺と離れてもいいと言うのか、キラは……」
 ようやくと言った様子で、アスランが言葉を絞り出す。
「そう思いたいなら……そう思えばいいじゃないか」
 どんないいわけを口にしても、キラがアスランをおいていくことは代わらない。だから、アスランがそう思うことで少しでも気が楽になる……というのであればそれでかまわないとキラは心の中で付け加えた。
「思えないから言っているんだろう?」
 不意にアスランが表情を和らげるとこう言ってくる。
「アスラン?」
 こう言われるとは全く予想していなかった。だから、今度は逆にキラが驚いてしまう。
「キラが強情なのも、何でも自分で抱え込もうとする性格だって言うことも、俺が一番よく知っている。そして……どうして俺を巻き込みたがらなかったのかも……」
 ただ、黙っていられたのだけは悲しい……とアスランは付け加えた。
「ラクスの方が俺よりも信頼できた?」
 そう思われているのが一番悔しい、とアスランはさらにキラが予想もしないセリフを口にする。
「違うよ」
 そんなわけない、とキラは即答をした。
「僕にとって一番はアスランに決まっているじゃないか。だから、言えなかったんだって」
 それに、ラクスはマルキオと独自の回線を持っているから……とキラは付け加える。今回のことには彼の協力が不可欠なのだから……と。そして、パトリックに文句を言わせないだけの後ろ盾が欲しかったのだ、とキラは白状をする。
「……つまり、俺が父上に相談するかもしれない、って思ったんだな、お前は」
 アスランは小さくため息をつく。
「しなかったって……言い切れる?」
 そんな彼にキラはこう聞き返した。
「……わからない、としか言いようがないな。お前がどこまで本気だったのか、その時にはわからなかったんだし」
 本気じゃないと思えば、どんな手段をしても邪魔をした、とアスランは白状をする。
「本気だったら?」
 どうしていたのか、とキラは口にする。
「もちろん、俺も一緒に行けるよう画策したさ。俺だって、おじさまやおばさまを助けたいんだし」
 決まっているだろうという彼に、キラはため息をついて見せた。
「そうさせるわけにいかないから、こうして内緒にしていたんだろう……ラクスやシーゲル様達にも口止めをして……本当なら、黙っていくつもりだったのに」
 でなければ、あるいは……と言う言葉をキラは飲み込む。そんな弱音を吐いたら、今からでもアスランは邪魔をするに決まっているのだ。
「……本当にキラは……」
 強情なんだから……とアスランはため息をつく。
「ともかく、俺が妥協するんだ……キラにも妥協して貰うからね」
 今から覚悟しておけよ……とアスランがほくそ笑む。
「……何をする気なの……」
 そんなアスランに、キラはほんの少しだけ引きつった微笑みを向ける。逆にアスランは満面の笑みを浮かべた。
「決まっているだろう? ラクスに渡したハロよりも強力な奴を作って持たせてやるから」
 あぁ、トリィをバージョンアップするのでもいいな……とアスランは口にする。
「……それはやめて……怖いことになりそうだから……」
 トリィが完全武装したら可愛くなくなる……とキラは思わず言い返した。
「そこまではしないって……せいぜい、音で相手を威嚇するとか……その程度かな? トリィのサイズだと」
 それはそれで問題なのではないか……とキラは思う。だが、これを認めないうちはアスランも引き下がらないだろう、と言うこともわかっていた。
「ともかく、人が死ぬようなものだけはつけないでね」
「わかっているって」
 だから、おじさま達と一緒に無事で戻ってこい……アスランはこう言いながらキラを抱きしめてくる。それに、キラもしっかりと頷き返した。
 何よりもアスランが自分の行動を認めてくれた、と言う事実が嬉しい……とキラは思う。
 だから、絶対にここに――アスランの側に戻ってこよう、と心の中で呟いた。



アスランのこの物わかりの良さが怖いような……