キラと別れた瞬間、アスランの表情が憮然としたものになる。 「父上は、キラになれなれしすぎます!」 初対面なのに……というアスランの考えがレノアにはしっかりとわかっていた。この子は自分の父親でも、キラの歓心を買うのは気に入らないと思っているのだ。 アスランにとってキラが自分よりも優先しても仕方がない範疇にいるのは彼の両親だけなのだろう。 「そうだったかな?」 アスランの気持ちがわかっているだろうに、パトリックは白々しい口調で言い返している。 「そうです!」 きっぱりとアスランが言い切った。 「いつでも父上は、僕に、礼節を忘れるな、とおっしゃっていたじゃないですか」 キラに関してはそれが感じられなかった、とアスランは主張をする。そんな息子に、パトリックは苦笑を浮かべた。 「そうしていたら、キラ君が『いやだ』と言っていたのだがな」 それでも駄目なのか、とパトリックが告げる。この言葉にはさすがのアスランも返す言葉がなかったのだろうか。ぐっと言葉に詰まっている。 「キラ君ならそういうわよね。まして、あなたのお父様でしょう、この人は」 なら、親しくしたいと思うのがキラだろう、とレノアは息子に指摘をした。 「……ですが……」 それでも、アスランは何とか反論を試みようとする。その頑なさはある意味立派だといえるかもしれない。しかし、ここまで息子が《キラ》に執着をしているとは思っていなかったらしいパトリックが、少しだけ難しい表情を作っている。これは彼らの関係のためには後でフォローをしておかなければ行けないだろう、とレノアは思う。 「アスラン? キラ君の心遣いを無駄にしないの。それよりも、あなたはもう寝る時間よ」 明日は学校があるのでしょう、とレノアは笑う。キラを起こしに行く約束もしていたでしょうと付け加えれば、アスランは渋々と頷く。 「では、寝る準備をしていらっしゃいな」 ぽんとアスランの背中を叩くと、レノアは彼をますはシャワールームへと向かわせた。 「あなたはお茶にします? アルコールもありますけど?」 そして、その表情のままパトリックへと視線を向ける。 「いや、いい……十分いただいたからな」 穏やかな口調でパトリックが言葉を返してきた。 「……しかし……」 「どうしてあれほどまでに、アスランはキラ君に執着をするか、でしょう?」 ともかく、立ってする話ではないだろう、とレノアはパトリックをリビングへと促す。 「あぁ……」 確かにあの子はいい子だが……とパトリックは付け加える。彼にしては珍しいほどの好意的な評価だ。自分たちが戻ってくる前に、十分キラの性格に彼が触れたからだろうとレノアは夫の態度を判断する。 「簡単な事よ。あの子にとって大切なのは《アスラン》で《ザラ家》ではないと言うことだわ。アスランは初めて、自分自身として見てくれる相手に出逢ったと言うだけ」 あとは、子供の執着心よ……とレノアは笑い声を漏らした。そして、小さな子供がお気に入りのおもちゃを取られたくないのと同じ、と付け加える。 「アスランから見れば、あなたは大きな障壁になりそうなのよ。だから、一生懸命牽制をしている、と言うわけ。キラ君があなたよりもアスランを大切にするとわかれば落ち着くわ」 父親名利に尽きるでしょう? と付け加えれば、パトリックは納得したような表情を作った。 「……月でも、それほどまでにひどいのか?」 ザラ家に取り入ろうとする者たちの態度は、とパトリックは問いかける。 「えぇ。わざわざプラントからアスランと同じ学校に転校してきた子供もいる位よ」 本当、ご苦労様だわ……とレノアはため息をついた。 「そのせいで、キラ君にも迷惑をかけているし……アスランの態度の一因にはそれもあるのかもしれないわね」 オーブ籍の第一世代。そんな存在がアスランの一番側にいるという事が許せないと思う大人もいるらしい。そして、子供達はそんな大人の言動に左右される。と言うわけで、一時期キラはかなり大変な目にあっていたのだ。それでも、アスランから離れようとしなかったキラには感謝するしかないとレノアは夫に告げる。 「困ったものだな」 微妙に意味合いを変えた言葉がパトリックの口からこぼれ落ちた。 「それでも態度を変えないキラ君には、感謝をすべき、なのだろうな」 一番の原因である自分に対しても、とパトリックは呟く。 「だからよ。アスランにとっては、キラ君が支えなの。あなたにはシーゲルさまも私もいるけど、あの子にはまだ誰もいないから」 だが、同時に、アスランにとって、キラ以上の存在は現れないだろうとも思う。良きにつけ悪しきにつけ、彼には一生《ザラ》の名がついて回るのだから。 キラにしても、今後変わらない……という可能性はないと言い切れない。だが、普段の彼の様子を見ていれば――そして、その両親の教育方針を知っていれば――その可能性は限りなくゼロに近いと言えるだろう。 「……では、あの態度は妥協するしかないわけか」 パトリックの口元に苦笑が浮かぶ。 「あの態度、どこかで見たことがある、と思えば……お前を取り合ったときと同じかもしれないな」 思い出した、と言うように彼は口にする。 「息子にとって一番のライバルは父親、と言う話を聞いたことがあったが……なるほど、アスランの中ではそうなのかもしれないな」 レノアはどうあがいてもパトリックの妻であるという事実を変えようがない。そして、アスランが二人の子供であると言うことも。 しかし『キラの親友』という立場はこれからのアスラン次第では簡単に覆されるかもしれないのだ。パトリックが自分に取って代わらないように、アスランは必死に警戒している、と言うことなのだろう。そう考えれば、可愛らしいものだ、とパトリックは笑った。 そんな彼の態度に、レノアは内心安堵のため息を漏らす。 これで彼が二人を引き裂くようなことはないだろう、と思ったのだ。 「……そんな二人を、引き離すようなことにならなければいいのだが……」 しかし、パトリックがこんなセリフを口にする。その意味することは、レノアにも十分わかった。 「そんなに、情勢は悪いのですか?」 眉を寄せながら、問いかければ、 「あちら次第だ。オーブはできうる限りの助力をしてくれているのだが……」 相手が聞く耳を持たなければ意味がないだろう、とパトリックは答えを返してくる。 「……キラ君からアスランを引き離せば、あの子は自分を保っていられるかしら……」 その程度で《ザラ家の嫡男》である、と言う立場が揺らぐようなことはないだろう。。 だが《アスラン・ザラ》個人としてはどうなのだろうか、とレノアは不安なのだ。自分自身をさらけ出せる相手が側にいなければ、いずれは《ザラ家の嫡男》と言うだけの存在になってしまうだろうとレノアは思うのだ。 「少なくとも、オーブと事を構えることにはならないだろう。だから、大丈夫だとは思うのだが……」 あるいは時間の問題かもしれない……とパトリックはため息をつく。 「ただ、あの子達のためには、少しでもその時間が遅いことを祈るしかないな」 そして、そのための努力を惜しまぬようにしなければならないだろう、と彼は付け加えた。 「そうしてくださいな」 何よりも、自分が彼ら家族と離れたくないのだ、とレノアは思う。 「お前達の期待に添えるよう、がんばってみよう」 そんなレノアに、パトリックが微笑んで見せた。 父に宣戦布告する息子。しかし、この親子……お互いに成長していないのかもしれないですねぇ(苦笑) |