キラがそのデーターを入手できたのは、本当に偶然だったと言っていい。
「……嘘……」
 実際、それを目にしても信じられない、と言う思いの方が強かった。だが、これならばある意味全ての説明がつくとも……
 プラントやオーブ――と言っても、民間の機関だったが――が探しても見つからないわけだ、とキラは顔をしかめる。
「……オーブの上層部と、地球軍が繋がっていたって事?」
 それが一部のものだとしても、信じられない……とキラは思う。それとも、そうしなければならないような事柄があったのだろうか。
「どちらにしても、僕だけじゃ判断できないよね」
 はっきり言って、これ以上は自分の手に余る、とキラは唇を咬む。これは一般企業相手ではいくらでも対処のしようがあるのだが、と。
 では、誰に相談をするべきなのか……と考えれば悩むしかない。
 一番いいのはパトリックなのだろう。彼ならば、公的に動いてくれるかもしれない。しかし、それではことが大きくなってしまう。最悪の場合、プラントと他国の戦争という形にすらなるのではないだろうか、とすら思えるのだ。
「どうしよう……」
 キラが小さくため息をつく。その時だった。
『トリィ』
 電子の鳴き声と共に小さな重みがキラの肩に乗ってくる。
「……トリィ……」
 視線を向ければ、それは可愛らしく首をかしげていた。その様子に、キラの口元に思わず笑みが浮かぶ。
「お前のその仕草、僕の真似だってアスランは言ってたけど、とてもそうは思えないよね」
 お前の方が可愛いと思うんだけどな……とキラは口にする。
「もっとも、中身はどうかわからないけどね」
 アスランのことだから、きっと見かけ通りのペットロボットではない、とキラは信じていた。同時期にラクスのために作ったハロが、見かけの可愛らしさとは裏腹にとんでもない機能が満載だったりする。ひょっとしたら、地球軍のMAにもひけは取らないのでは、とすら思うほどの装備なのだ。それと同じように作られているならば、絶対見かけ通りのわけがない、と言うのがその理由だ。
「でも、アスランがくれたんだから、大切だって思うのは事実かな」
 成人してお互いに用事ができれば、離れている時間が増えるのは当然だから……でも、それを心配した彼が自分の代わりに、と言って手渡してくれたのだから、と。中身がとんでもないものでも、そう言う理由で彼がくれたものだからかまわないか……とすら思ってしまうのだ。
『トリィ?』
 そんなキラの言葉の意味がわかっているわけではないだろう。それでも答えを返してくれる存在に、キラは微笑む。
「お前が、アスランの代わりに側にいてくれるんだもんね」
 だから大丈夫だよ、とキラは付け加えた。それに満足したのだろうか。トリィはキラの肩から飛び立っていく。
 それを見送ってから、キラは再び視線をモニターへと落とす。
「……ともかく、バックアップを取っておいて……」
 それから考えよう、とキラは呟く。できれば、相手の方のデーターも残しておきたいのだが、さすがにそこまでしてしまえばハッキングしていたことがばれてしまうだろう。しかし、これと、そしてそれに対するオーブの反応ぐらいは……とキラはキーボードを叩き始めた。
 今まで集めたデーターを分類し、それぞれバックアップを取っていく。同時に、ハードディスク内に残しておく分に関しては厳重にロックしておく。もし、パスワードなしで開こうとした場合、データーその物が破壊されるようにした。
「……こっちは……おじさまの金庫にでも入れておいてもらえればいいんだけど……」
 中身について確認されるかな……とキラは呟く。
「その時はその時……でいいか」
 誤魔化しきれるとは思ってはいない。だが、あるいはアスランよりも自分に甘いパトリックであれば押し切れるのではないか、とキラは思う。それが彼に対する甘えであることも十分自覚していた。
「……ともかく、今まで以上に慎重に行動しないといけないことだけは事実だよね」
 誰にも迷惑をかけないように……そして、自分の目的を果たすためにも……
 キラは自分に言い聞かせるように呟くと表情を引き締める。そして、作業を続けた。

「父上、今、よろしいですか?」
 シャトルから降りた瞬間、パトリックはこう声をかけられる。その相手が誰か、などとは確認しなくてもわかっていた。
「……ここから、ザフト本部に行くまでの間であればかまわないが……緊急を要することなのか?」
 自分の息子がこんな風に自分を出迎えることなどあるとは思わなかった……と言うのがパトリックの本音だ。だが、アスランの表情を見れば、むげに突き放してはいけないと思う。
「……キラのことです」
 さらにこう付け加えられれば駄目だと言えるわけがない。
「最重要事項だな」
 着いてくるように、とアスランに視線で告げながら、パトリックは歩き出す。その隣をアスランが当然のように着いてくる。
「で?」
 何があったのか、とパトリックは問いかけた。
「キラが……おじさま達に関わるデーターを見つけたようなんです」
 一瞬のためらいの後、アスランはきっぱりと言い切る。
「それは……」
 本当なのか、とパトリックは目を丸くした。他のどのような報告よりも、彼には信じられない、としか言いようがない言葉だったのだ。
「ここしばらく、キラがあちらこちらにハッキングしていたことはわかっていましたので……悪いとは思ったのですが、この前キラに渡したトリィに盗聴装置を仕込んでおいたのです。その中に、それらしきセリフがありました」
 アスランにしてもキラにしても、正攻法とは言えない方法だ。だから、自分に告げることをためらったのか、とパトリックは判断をする。同時に、自分の息子達が秘めている才能の大きさに改めて感嘆をさせられた。ザフトの情報部はまだ、先日入手した情報の裏すら取ることができていないのだ。
「……それで、お前はどうして欲しい、と言いたいのだ?」
 キラの行動を制限して欲しいのか。それとも応援して欲しいのか……とパトリックは息子に問いかける。
 もっとも、心の中でパトリックは、アスランが自分にキラを諫めて欲しいのだろうと思っていた。そんな危険なことはザフトに任せておけばいいのだから、と告げさせたたいのだと。
「どちらが、キラのためにはいいのでしょうね……」
 しかし、彼の言葉はパトリックが予想していたものと微妙に異なっている。
「最初は、父上にキラのことを止めていただこう……と思っていました。でも、それではキラが自分でおじさま達を探すことを邪魔してしまいますし……キラの実力から言えば、ザフトだろうと地球軍だろうと侵入しても痕跡を残すことはないはずですから、ばれる心配はないと思うんです」
 言外に、キラが既にザフトのマザーに侵入しているのだ、とアスランは告げてきた。
 だが、それに関する報告はパトリックの耳には届いていない。と言うことは、アスランの言うとおり、誰もキラの行動に気づいていない、と言うことだ。
 ザフトが気づいていないものを地球軍が気づいているとは思えない。自分たちは彼らに勝っているとは思っていても、劣っているとは思えないのだ。
「でも……待っている結果次第では、キラは……」
 どうなるかわからない……と呟くようにアスランは口にする。
「……そうだな……」
 アスランが気にしているのはキラの心の傷だろう。
 あの日から今日までの時間で、表面はふさがったように見える。だが、その奧ではまだ大きく口を開いているはずなのだ。
 もし、彼が手にした真実が、彼にとって認めたくないものであれば、その時、彼は耐えられるだろうか。
「だが、キラ君の性格であれば、自分で最後まで突き詰めたい、とも思うだろうな」
 本来であれば、自分たちがそれよりも先に進んでいなければならないのに……とパトリックはため息をつく。
「ともかく……できるだけキラ君の様子には注意を払うようにしよう……と言っても、私達よりもお前の方が適任だろうが」
「わかっています」
 パトリックの言葉にアスランは即座に言い返してくる。
「家のものには、お前に最大限の便宜を払うよう命じておこう」
 だから、自分の判断で動くがいい、とパトリックは告げた。その言葉の裏に、彼に対する期待が込められていることは否定できない。同時に、キラの存在を守れなければ、それなりの対処をするとも含ませた。
「わかりました。もう少し、キラの好きにさせます……できれば、早い時期に俺か父上に相談してくれればいいのですが……」
 キラが自分だけの判断で、無謀な行動を起こす前に……とアスランはため息をつく。
「私達がどれだけキラ君に信頼されているのか、試されているのかもしれんな」
 キラが相談してくれないと言うことは、自分たちの存在は彼にとってその程度のものでしかないのだろう。ある意味、自分たちこそが試されているのかもしれない、とパトリックは心の中で呟いていた。



と言うわけで、お約束の機能付きのトリィがキラの手に……