ザフトのシステムの最終調整を行っていたときだ。キラの耳にその話題が飛び込んできたのは……
「……あの……」
 キラは思わず声をかけてしまう。
「何かな?」
 顔見知りになった兵士の一人が、キラの態度に不審そうな表情を向けてきた。だが、それを気にする余裕は今のキラにはない。
「今の話……本当なのですか?」
 それよりも、話の内容を確認しなければならない……という思いの方が強かった。
「……君は……」
「本当に、あの事件で行方不明になった人間が、オーブのコロニーで見かけられたのですか?」
 どうやら、別の人はキラについて何かを聞かされていたのだろう。しまったというような表情を作っている。あるいは、それは極秘事項だったのかもしれない、とキラは思う。それとも、パトリックあたりから自分に知られないようにしろ、と言う命令が下りていたのか。
 彼らが自分のことを心配してくれていることはわかっている。そして、そんな不確かな情報を自分に与えて、後で違っていたから……とがっかりさせないように、と思っていることも知っていた。
 でも、耳にした以上は聞かないわけにはいかない。
「教えてください!」
 お願いだから、とキラは彼らに言葉を投げかけた。
「……だが、これはザフトの……」
 極秘事項だから、勘弁してくれ……と言う言葉も、ある意味キラが予測していたものだ。
「でも、その中に僕の両親がいるかもしれないんです!」
 教えてください! とキラはなおも食い下がる。
 オーブであれば、自分で確認しに行くことも可能だろう。いざとなれば、マルキオを頼って……と言うことすらキラは考えていた。そのためには、不確かでもいいから情報が欲しい。
「……個人的に教えてあげたいのは山々だが……勘弁してくれ、な?」
 こちらとしてもあれこれ問題があるのだ……と彼らは頭を下げてくる。
「……僕は……」
「何。直ぐに詳しい情報が入ってくる。そうすれば、間違いなく君にも連絡が行くはずだ」
 だから、今は……と言う言葉に、キラは頷くしかできない。
「……わかりました……」
 それでも、間違いなく《ザフト》のデーターベースの中にはその情報があるのだろう。それがわかっただけでもいいことにしよう……とキラは心の中で自分に言い聞かせる。
「すまんな……」
 代わりに、許可が出たら直ぐにでも教えてやるから……と彼は口にした。
「いえ……ご無理を言って申し訳ありませんでした……」
 口では愁傷な事を言いながら、キラは頭を下げる。しかし、後でこっそりザフトのマザーにハッキングをしかけようと心の中では呟いていた。今回の仕事の関係でしっかりとセキュリティ・ホールを見つけていたのだ。本当はこの仕事の途中ででも教えるつもりだったが、その前にデーターを見るくらいかまわないだろう……とキラは心の中で呟く。
「その代わり……本当にご両親が見つかったら、直ぐにでも保護しに行ってやるよ」
 ぽんっとキラの頭に手を置くと、彼はこう言った。そしてそのまま離れていく。
「……父さん……母さん……」
 その後ろ姿を見つめながら、キラは小さな声で呟いた。
「ようやく、ようやく、手がかりを掴めたよ……」
 だから……と付け加えながら、キラは自分の胸へとそうっと手を当てる。
「……早く、会えるといいな……」
 そうしたら……その後の言葉を飲み込むと、キラは瞳を閉じた。

「……キラ!」
 一体いつの間に部屋に戻ってきたのだろう。そんなことを思いながらキラは慌ててアスランを振り向いた。
「……アスラン……」
 そう言いながらも、キラはとっさにパソコンをシャットダウンする。もちろん、この程度で彼をごまかせないとはわかっていた。だが、全てを悟られるわけにはいかないのだ。
「キラ? ごまかすのはやめようね……」
 苦笑混じりにアスランは言葉を口にする。
「今度はどこにハッキングしていたの?」
 怒らないから、白状しなよ……といいながらアスランはキラの顔を覗き込んできた。
「内緒」
 そんな彼へ向けて笑顔を作りながら、キラはこう言い返す。
「キラ!」
 とたんに、アスランは怒りを露わにした表情になる。
「俺にまで、その作り笑いが通用するとは思っていないよな?」
 父上達はよく騙されているようだけど……と付け加えながら、アスランはキラを逃さないとするかのように彼の両脇へと手をつく。
「もちろんだよ、アスラン」
 だが、本当のことはまだ知られたくない、とキラは心の中で呟いた。彼もまた、自分と同じように両親のことを慕ってくれていた、とわかっているから。だから、こんな未確認情報で動いて欲しくないと思う。
 もし、少しでも確証がもてるようであれば、自分はその場に行くだろう。例え、どのような手段を使っても、だ。そして、どんな危険が待っていてもかまわないと。
 しかし、アスランをそれに巻き込むわけにはいかない。
 彼は、プラントになくてはならない存在なのだ。
 ただの《第一世代》である自分とは違う。
「じゃ、教えてくれるよね?」
 さらに顔を寄せてきながら、アスランはこう言ってきた。
「……本当に怒らない?」
 キラは小首をかしげながらこう聞き返す。同時に、心の中ではあのデーターをこっそりと入手しておいてよかったと呟いていた。あれならば、アスランに知られたくないと言う口実になってくれるだろうと。
「約束をすれば教えてくれるんだな?」
 この言葉に、キラはしっかりと頷いてみせる。
「わかった……じゃ、約束する。だから教えて?」
 即答してくるアスランに、キラはこれは怒るな、と思う。それでも、一応、了承したふりをして口を開いた。
「……おじさまのパソコン……」
「へっ?」
 予想もしていなかったセリフなのだろうか。アスランは思わず妙な声を漏らした。
「だから、おじさまのパソコン。この前聞いたデーターがあるかどうか、確認したくて……」
 悪いと思ったんだけど、ハッキングしたの……とキラは口にする。その瞬間、アスランの頬が赤く染まっていく。
「……それって……」
 まさか……とアスランは口をぱくぱくさせている。だが、出てくると思った言葉は全く出てこない。
「アスランって、やっぱり美人だったんだね」
 にっこりと笑ってキラはこう言い切った。
「キラ!」
 アスランの怒鳴り声が室内響き渡る。
「……怒らないって言ったのに……」
 耳を指で塞ぎながらキラは口をとがらせた。
「そうだけど……」
 それとこれとは別問題だ! とアスランはさらに言葉を重ねてくる。その声を聞きながら、キラは何とかごまかせたかと内心、胸をなで下ろしていた……



と言うわけで、キラが動き出しました。