アイリーンがキラに紹介したいと言っていたのは、オーブに住むマルキオという名の人物だった。 「……そうですか……君がヤマト夫妻のご子息ですか」 目が見えないからだろう。彼はこういうと同時に、そうっとキラの頬に手を触れてくる。その手つきが優しいせいだろうか。キラはあまり嫌悪感を感じなかった。 「両親を、知っていらっしゃるのですか?」 キラは彼に向かってこう問いかけた。 「何度もお会いしたことがありますよ。我が家のシステムは、お父様に作っていただきましたしね」 月に行かれてからはなかなか……と彼は微笑む。 「生まれて直ぐの君のお世話をさせれていただいたこともありますよ」 さらにこう付け加えられて、キラは思わず顔を真っ赤にしてしまった。 「……す、みません……」 自分が悪いわけではないのに、思わずこう口走ってしまう。 「謝らなくてもかまいませんよ。それに、君は手がかからないいい子でした」 だから、ここで再会できて嬉しい……とマルキオはさらに笑みを深めた。 「そう言う話をお聞きしたのでね。確認の意味を込めて紹介したい、と言ったのだよ」 キラ達の耳にシーゲルの言葉が届く。それはキラだけではなくアスランにも向けられたものだろう。 「そうでしたか」 アスランがどこかほっとしたように口にしたように感じられたのは、キラの気のせいだったろうか。 「このことを父は知っているのでしょうか」 ふっと不安になった……というように彼は付け加える。 「パトリックに一応声はかけておいたよ。キラ君のご両親の知り合いかもしれない人物がいらっしゃるから会わせてもかまわないか、とはね」 何も反応が返ってこなかったから、かまわないと判断したのだ……と言うシーゲルの判断は間違っていないだろうと思う。キラもアスランも、パトリックがそのような態度を見せたのであれば同じように判断しただろうから、と。 「……マルキオさまは……ナチュラルなのですか?」 ともかく、彼のことは後で考えよう、とキラは思う。それよりも、目の前の人物についてもっと知りたい、と思っていた。 「そうですよ。ナチュラルの中にもコーディネイターを差別する者がおりますが、逆に仲良くしたいと思っておるものもいます。君のご両親のようにね」 そう言う人たちは、子供をコーディネイトするかあるいはコーディネイターの友人を持つ者が多いのだ……とマルキオは教えてくれる。そして、オーブの中枢に近いものにはそう言う人物が多いのだとも。 「だから、こうして私はまだプラントに足を運ぶことができる、と言うわけです」 彼らが便宜を図ってくれますから、と言う言葉にキラだけではなくアスランも微かに眉を寄せた。 「あぁ、すみません。不安を感じさせてしまいましたね」 見えていないはずなのに、マルキオはそんなキラ達の様子を的確に察したらしい。こう声をかけてきた。 「別に今すぐ戦争が起きる……というわけではないのですよ。ただ、定期便が次第に減ってきている……と言うだけです」 そんなことをすれば、お互いの溝が深まるだけなのに……とマルキオはため息をつく。 「……コーディネイターとナチュラルの間の溝は、広がるだけなのでしょうか」 キラが吐息と共に問いかけの言葉を口にする。 アスランのように第二世代であればその事実は気にならないかもしれない。しかし、キラにはどうしても《ナチュラル》に対する親愛の気持ちを打ち消すことができないのだ。それは、自分の両親が《ナチュラル》だからだろうか、と。 「かもしれませんが……でも、そうならないように努力している者たちもいます。だから、安心してください」 何も心配しなくていいのだ、と彼はキラに微笑みかけている。 「それに……君のご両親のことですが、オーブでも捜索を始めていますから」 プラントでは捜索が難しいような場所――ようするに、地球連合の支配地域、と言うことだ――でも、オーブからであれば捜索を行うことは可能だろう。 「どうして……そこまでしてくださるのですか?」 自分の父はただの技術者だ。 パトリック達が捜してくれているのはパトリックと親しい友人だったからだろう。しかし、オーブでは……と思うのだ。 「君のお父さんは、私の知人です。そして、オーブでも優秀な技術者でした。そのような方を失うのは、技術立国であるオーブにとって大きな損害です。それに……他の方々もまだ見つかっていないのですよ」 オーブとしても本腰を入れないわけにはいかないのだ、とマルキオは口にした。 「……そう、なのですか……」 その話題に関しては、キラの耳に全くと言っていいほど入っていない。だから、自分の両親以外の者たちまでまだ手がかりすら掴めていないとは思っていなかったのだ。 「キラ……」 「キラ君」 すっとキラは背筋が冷えるのを感じた。それを察したのだろう、アスランとシーゲルが慌てたように声をかけてくる。 「……僕……自分のことしか考えていなかった……」 他にもたくさん、同じような目にあった人たちがいたのに……とキラは呟く。自分はそれでも、ザラ家に、アスラン達と暮らすことができて幸せだった。だが、彼らが皆そうだとは 限らないのだ。その事実に、今初めて気がついた……とキラは愕然とする。 「いいんだよ、キラ……それが当然なんだから……」 自分だって、そのことを思い浮かばなかったのだ、とアスランはキラの体を抱きしめながら囁く。だから、キラだけが悪いんじゃない、と。 しかし、キラはそんなアスランの言葉に頷き返すこともできない。 「キラ君……君がご両親のことだけを考えていた、というのは子供として当然のことですよ。だから、誰にも責めることはできません。もし、どうしても気になる……というのであれば、これからの行動でそれを少しでも解決していけばいいのです」 いつまでも子供のままではいられないのだから……とマルキオがキラに囁いてきた。 「……はい……」 不思議なことに、彼の言葉にはすんなりと頷くことができる。 「と言っても、あなたの場合、オーブからすれば十分子供なのですけどね。ですから、大人である私達に任せてください。あなたのご両親を心配しているのは、コーディネイターだけではないのですから」 それだけは忘れないでください……とマルキオは付け加えた。 「そのお言葉は、嬉しいです」 まだナチュラルに絶望しなくてすむ、と口にしたのはアスランだった。その口調から、彼はパトリックから何かを聞かされていたのではないか、とキラは思う。自分に告げなかったのは、彼らの気遣いからだろうか、とも。 「直接顔を合わせれば、いくらでも分かり合えます。しかし、それすら拒否しようとしているものが多いこともまた事実です。悲しいことですが……」 だからこそ、こうして人の輪を少しずつでも広げていかなければならないのだ、ともマルキオは口にする。 「我々も、そのための努力を続けている。もちろん、だからといってパトリックのように自分たちを守るための力を欲することを否定するわけではないが……」 バランスさえ保たれていればいいのだ、とシーゲルは口にした。 「結局、我々は優れた肉体を与えられているとは言え、思考という面からすれば、ナチュラルと変わらない、と言うことだわ」 それさえわかれば、戦争が虚しいことだとわかるのだけれども……とアイリーンが口を挟んでくる。 「どちらにしても、君たちが本当の意味で成人を迎えるまでには終わらせてしまいたいものだ」 このようなくだらないことは……と口にするシーゲルに、誰もが頷いて見せた。 「まずは小さなことから始めましょうね」 そう言えば、友人がナチュラルと結婚をすると決めたのだ、とアイリーンは笑う。この時代に、それをいいことだと言ってやりたいとも。 そんな彼らの言葉を聞きながら、キラは自分がしなければならないことは何なのだろうか、と考え始めた。 マルキオさんをついつい出してしまいました(^_^; しかも、今後もそれなりに活躍してくれる予定…… |