事態が動き始めたのは、キラに続いてアスランも《成人》とみなされる年齢になってからのことだった。
「アイリーン様?」
 モニター越しに微笑んでいる彼女に、キラは小首をかしげてみせる。
『キラ君に紹介したい方がいるの。シーゲル様ともお知り合いの方でね……キラ君の都合さえよければ、アプリリウスのクライン邸で顔を合わせて貰おうかと』
 そこであれば安心だろう……と言う言葉の裏に隠されているものをしっかりと感じ取ってキラは頬を赤らめた。
「僕はかまわないのですが……一応許可を貰わないと……」
 シャトルを使わないとそちらに行けないから……とキラは口にする。そして、助けを求めるかのようにアスランへと視線を向けた。
「……大丈夫じゃないかな? キラだけに……というのであれば、俺はアプリリウスで買い物をしているから」
 だから、行っておいで……とアスランは微笑んでみせる。
『別に、君付きでもかまわないのだけれどね、アスラン・ザラ』
 危ない方ではない、とアイリーンが笑う。
『それに、その方がパトリック達にも喜ばれるしな』
 この言葉の裏に隠れている意味がわからずに、キラは小首をかしげた。だが、アスランにはわかっているらしい。どこかむっとしたような表情を作っている。それを見て、アイリーンがますます笑みを深めた。それがアスランの渋面をさらに強めていく。
「アスラン? アイリーン様?」
 目の前で繰り広げられている連鎖に、キラがますますわからないと言うように困惑の度合いを深めていく。
「どうかしたの?」
 そして、こう問いかければ、
「何でもないよ、キラ」
 アスランがふわりと優しげな笑みを浮かべて言葉を返してきた。しかし、それをキラが素直に信じられるかというとまた別問題だ。アスランと同じようにキラも相手の表情の裏に隠されているものに気づくことができる。
「……アスラン?」
 キラがアスランをにらみつつ彼の名を口にした。
「何でもないよ、キラ……単なる自己嫌悪だから」
 だから気にしないでくれると嬉しい……とアスランが言えば、キラは渋々と言った様子で頷いてみせる。
『本当に仲がいいわね、君たちは。ちょっとうらやましいかもしれないわ』
 くすくすとモニターの向こうでアイリーンが笑う。
『日程のことだけれども、明日でもいいかしら?』
 シャトルなら、こちらで手配をするわ……と彼女は付け加える。
「わかりました。午後のお茶の時間でよろしければ、家のシャトルが使えるはずですので」
 手配は自分たちでします……と言えばアイリーンは頷き返して見せた。
『では、空港で待ち合わせをしましょう』
 キラの目の前で二人がてきぱきと明日の日程について決めていく。その様子を見て、キラはやはりアスランは凄い、とキラは思ってしまう。
「では明日」
 にこやかにこう言うと同時にアスランは通信を終わらせた。同時に盛大にため息をつく。
「アスラン?」
「ごめん、キラ……勝手に決めちゃって」
 キラの呼びかけに、アスランは苦笑と共にこう告げた。
「別にいいけど……っていうか、僕がやったらいつまでも終わらないと思うからありがたかったって思うよ」
 本当は自分でしなきゃないんだろうけど……とキラは小さくため息をつく。
「キラはその分、プログラムの方でがんばっているんだから……ザフトのデーターベースのシステム、頼まれたんだって?」
 そっちの方が凄いだろう、とアスランが言い返してくる。
「……おじさまが手を回してくれたからだと思うんだけど……」
 自分の実力だけではない、とキラは言外に言い返す。もっとも、だからといってそれに甘えるつもりはないし、今の自分にできる最高のものを作ろうとキラは考えていた。
 しかし、それとこれとは全く違う、とキラは思う。
「それに……そういうことは生活能力に関係してくるんじゃないの?」
 それが苦手だ、と言うことは生活能力がないと言うことではないかと自己嫌悪の対象になってしまった。
「いいじゃないか。その分、俺がすればいいんだし……キラが全部一人でできるようになってしまっては俺が寂しい」
 くすくすと笑いながらアスランがこんなセリフを返してくる。
「それじゃ、僕はずっとアスランと一緒にいなきゃないじゃない」
 それ自体は別段かまわないのだが、とキラは心の中で付け加えた。
「いやなのか?」
 キラの内心を読みとったかのようにアスランが聞き返してくる。
「……そう言うわけじゃないけど……」
 でも……とキラは付け加えようとした。
「いやじゃないならいいだろう? 俺がキラとずっと一緒にいたいんだし」
 それよりも明日の準備をしないと……とアスランは話題を変えるように言ってくる。
「……明日……普通の格好じゃ駄目なんだよね?」
「あぁ。だからといって、格式張った服装でも顰蹙だろうし……」
 適度にきちんとした服装でそれでいて格式張らないもの……と言いながらアスランは考え込む。キラも自分に与えられた服からどれがいいか、と悩む。
「キラは、この前作ったジャケットとパンツのセットでいいね……俺も同じ時に作ったのを着ていくから」
 あれなら適度にカジュアルだし、キラに似合っていたから……とアスランが微笑んだ。そのセリフにキラはあれっと思う。
「ひょっとして、アスラン、それで悩んでいたの?」
 自分の服じゃなくて……とキラは彼に問いかけた。
「そう。でないと、キラのことだから、朝大慌てをするだろう?」
 決めておけば確実じゃないか……と言われて、キラは返す言葉がない。実際、そうやって大騒ぎをしたことが何度もあるのだ。そして、そのたびにアスランに迷惑をかけていたことも事実。
「……僕ってやっぱり、アスランがいないとなんにもできないのかなぁ……」
 思わずキラはこう呟いてしまう。
「違うよ。俺がキラがいないと何もしたくなくなるだけだって」
 キラのためでなければ他人のためになんて何もしない、とアスランは笑う。
「まさか」
「本当だよ」
 嘘じゃない、と言うアスランの言葉に、キラはますます信じられないと目を丸くする。自分が知っているアスランは、誰にでも優しいのに、と。
「信じられない……」
 キラが呟けば、
「キラがそう思ってくれているからね。だから、期待を裏切らないようにしようとがんばっているだけだよ。キラが信じてくれればなんでもできるけど、そうでなければ、何もできないんだろうな、俺は」
 ますます信じられないような言葉をアスランは口にする。
「アスラン……」
 そんな彼に、何をどう言えばいいのだろうか、とキラは思う。だが、アスランの方は平然としていた。むしろ、かくしていたことを口にできてすっきりとしている、と言っていいかもしれない。
「だからね。ずっと側にいてね、キラ」
 あるいは、これから起こることに予感めいたものを抱いていたのだろうか。アスランはこうささやいてくる。
「そう言いたいのは僕の方だって」
 お願いだから、見捨てないでね……とキラは言い返す。それに対する答え、と言うようにアスランはキラの体を抱きしめた。



この二人、これが無意識だというのが一番怖いかも……