世の中にはどうしても馬が合わない相手がいる。アスランにとってエザリア・ジュールの息子、イザークがまさにそれだった。
 家柄も実力も、自分と同等。
 しかも、相手も気に入った存在にはとことん優しくできるらしい。
「……同族嫌悪、と言う奴なのか?」
 それとも嫉妬なのだろうか……とアスランは呟く。
 同じような立場、というのであればニコルやラクスも同じだ。しかし、彼らに関しては妥協することができる。なのに、どうしたことか彼ら――と言いつつ、ディアッカに関してはまだまだ妥協範囲だったりするところが問題でもある――ではそれができない。
 それは、あるいは彼らは成人と認められ自由に行動をする――と言っても、やはり制約はある――ことが許されているが、自分はまだまだだから、と言うこともあるのだろうか。
「ともかく、気に入らないと言うのは事実だよな」
 それよりも何よりも一番厄介はのは、キラが彼らを信頼しているという事実だ。自分の方がまだ彼らより信頼されているらしいことがわかっていても、やはり気に入らない。
 同時に、それをキラに悟られるのはもっと気に入らない、とアスランは思っていた。
「アスラン!」
 彼らと話をしていたキラが、不意に呼びかけてくる。
「どうかしたのか? キラ」
 視線を向ければ、彼が困ったような表情をしているのがわかった。それを見た瞬間、アスランは条件反射のように駆け寄ってしまう。
「……僕、本当はプラントにいちゃいけなかったの?」
 そうすれば、すがるように両手を差し出しながらキラがこう問いかけてくる。
「何を……」
 そんなことはない、とキラの体を抱きしめ返しながらイザーク達を睨み付ければ、気まずそうに彼らは視線を背けた。と言うことは、間違いなく彼らが何か余計なことを言った、と言うことだろう。
「僕のID、まだ、オーブのものなんだって……だから……」
 とキラはさらにアスランにすがりついてくる。その彼の目尻に、うっすらとだが涙がにじんでいるのはアスランの見間違いではないだろう。
「だから、プラントにいてはいけない? そんなわけないだろう?」
 対立している地球連合のID――キラがコーディネイターである以上、そんなことはあり得ないが――であるならばともかく、オーブとは友好関係にある。友好国のIDを持っている人間がこの地にいておかしいわけがないのだ。
 第一、キラの身柄についてはパトリックが正式な手続きを終えている。そして、シーゲル・クラインを始めとする評議会議員達が皆、キラの存在を認めているのだ。問題があるというのであれば、それは評議会をも巻き込むものになってしまうだろう。
「キラのIDがオーブにあるのは、おじさま達がオーブ籍を持っていらっしゃるからだし……未成年であるキラがそれを勝手に変更できないからだよ。それに関してはちゃんと父上が手続きをしたから……」
 いくらでもキラはプラントにいていいのだ……とアスランは優しく囁いてやった。
「……ワリィ……つい、口が滑った……」
 そんなアスランの耳に、ディアッカの声が届く。
「こいつ、オーブ籍の女の子に昨日振られたばかりだ。勘弁してやってくれ」
 それがまた、キラに似ていたから問題なんだよな……と謝罪しているのかなんなのかわからない口調でイザークも言葉をかけてきた。
「……八つ当たりでキラを混乱させないでください!」
 大丈夫だから……とキラの髪を撫でながら、アスランは目の前の二人を睨み付ける。
「そんなことをなさるのであれば、出入り禁止にさせていただきますよ?」
 キラのためだと言えば両親は反対しないだろう、と言う確信がアスランにはあった。そして、その理由であれが目の前の相手の親も文句は言えないだろうと。
「それは困る……」
 ディアッカがアスランの言葉に顔色を変えた。
「この通り、俺の失言は謝るから……出入り禁止だけはやめてくれ……」
 こう言いながら、アスランを拝み倒さんばかりにディアッカは頭を下げる。
「せっかく見つけたなごみの対象に会えなくなるのは辛い」
 なっ、と言われてアスランはわざとらしいため息をついて見せた。
「だって……キラ、どうする?」
 許してあげる? とアスランは腕の中にいるキラに問いかける。
「……僕、ここにいてもいいの?」
 それに対し、キラが口にしたのはこんなセリフだった。
 キラにとってそちらの方が気になることらしいとアスランだけではなくイザーク達も思う。
 彼がいつでも自分の立場に不安を感じている、と言うことはわかっていたが、ここまでひどいものだとは思っていなかった……というのがアスランの本音だ。と言うよりも、そう思わせないように細心の注意を払ってきていたのに、と言うべきか。
 そして、キラもそのことに関して敢えて意識の外に追い出していたはずなのだ。
 それを、ディアッカの迂闊な一言が表面に浮かび上がらせてしまった。
「当たり前だろう? それとも、キラはここ以外のどこかに行きたいの?」
 俺から離れて、と、アスランが言外に問いかける。
「……でも……みんなが……」
 蚊の鳴くような声でキラが言葉を口にした。
「そう言っているのは、キラのことを知らない連中だけじゃないか。キラがどれだけ、俺や父上、母上、それに家にいる者たちに必要なのか、知ろうともしない連中の言葉なんか、信じなくていい!」
 キラは俺の言葉が信じられない? と付け加えれば、キラは首を横に振ってみせる。
「……だけど……」
 自分がアスランにふさわしいのかどうかはわからないから……とキラは呟くように口にした。
「キラ……俺が、キラが必要だって言っているんだよ?」
 それだけじゃ駄目? と優しく声をかけながら、心の中で一体誰がそんなことを……とアスランは毒づく。そんな言葉からキラを遠ざけてきたつもりだったのに、とも思う。あるいは、自分が気づく前に言われた言葉が、キラの中で溶けずに残っていたのだろうか。
「……アスラン……」
 彼の言葉にすがりつこうとするかのように、キラはきつく抱きついてくる。
「そうだな。お前の価値に気づかないような馬鹿は無視しろ。ディアッカだって、お前がここに必要ない……ではなく、いても大丈夫なのか、と言っただけだろう?」
 それも、あのばか娘が余計なことを言わなければ考えもしなかったことだ……とイザークが吐き捨てるように口にした。
「その馬鹿娘、というのは?」
 ふっとアスランが彼らに問いかける。
「オーブ……の籍は持っているようだったが……ナチュラルだ。あるいは、身内にブルーコスモス信奉者がいるのかもしれないな」
 プラントに仕事できた……と言っていたが、どう見てもコーディネイターに好意的ではなかった……とイザークは口にした。
「プラントに来る奴にもそう言う奴がいるとは思わなかったからさ……声をかけたんだが……」
 嫌悪さえ感じさせる口調でののしられたよ……とディアッカは呟く。
「そのくせ、俺がダット・エルスマンの息子だと知った途端、掌を返しやがって……そんなところにキラを戻さなきゃないのか、と不安になっただけだ」
 それをまさか『自分がここにいてはいけない』と受け止められるとは思わなかった、とディアッカは苦笑を浮かべて見せる。
「……どうやら、それはキラの責任ではなさそうだしな……コーディネイターにも馬鹿はいる、と言うことだ」
 自分たちと違ってキラには《血》で繋がった後ろ盾はない。そして、それ以上にキラの足下は不安定なのだ。それをちくちくとイヤミで刺激しているのだろう、とイザークが眉を寄せている。
「ともかく、お前のことあれば、家の母なりディアッカの父もアスランの父君に協力をするはずだ。だから、何も心配することはない」
 他にも無条件で手を貸す者がいるだろう……とイザークはアスランの腕の中にいるキラの顔を覗き込んでこういった。だから安心しろ、と。
「……うん……」
 それでも不安を隠せないという表情を消しきれないまま、キラは頷く。
「大丈夫だよ、キラ……ニコルもラクスも、お前の味方だから……それに、アイリーンさまが未だに諦めてないんだし……」
 お婿に行っちゃえば誰にも文句を言われないよ……とアスランが冗談めかして言った。
「……それは……」
「と言っても、キラにはまだ無理だもんね。だから、家にいればいいんだよ」
 おじさま達の行方がわかるまで……いや、その後も……とアスランはキラに囁く。
「ナチュラルだって、プラントにいないわけじゃない。おじさま達なら、キラと同じようにみんなに好かれるから……だから、安心して」
 ね、と微笑んでやればようやくキラは安心したようだ。その事実に、アスランもほっとする。
「その件に関しては、俺の所も動いている。オーブから連合にもパイプを持っている奴もいる。今回のことのお詫びにてこ入れさせるから、それで勘弁してくれ」
 本当に悪かった……と告げるディアッカに、キラはわかったというように頷いて見せた。



やはり仲が悪いこの二人……