これは夢だ……とキラは呟く。 父がいて、母がいて、アスランがいて……ここまでは月で何度も見た光景だ。しかし、アスランも自分も、あの頃よりも成長している。 そして、何よりも同じ場所にラクスとニコルがいるのだ。 彼らが月にいたことはない。出逢ったのは両親と引き離されてプラントに来てからのことだから。 それでも、目の前の光景が自分の希望なのだと言うこともわかっている。 「……アスラン……」 僕は……と小さく呟いたときだ。 「キラ、どうしたの?」 目の前のアスランがキラの顔を覗き込んでくる。そして、そうっとキラの目尻に触れてきた。 「泣いているけど……悲しい夢でも見た?」 そして、目元の涙を指先で払ってくれる。 「アスランとラクスとニコルがいて……パパとママがいる夢……」 絶対、実現しない夢……とキラが付け加えた瞬間、アスランがキラを抱きしめてた。その腕の強さから、今こうして話しているアスランは現実の彼なのだ、とキラにもわかる。 「大丈夫だよ……ちゃんと見つかるから」 おじさまもおばさまも……とアスランが力強い声で言ってくれた。キラもそう信じたいのだ。しかし……と言う気持ちがないわけでもない。もう一年以上になるのに、その手がかりすら見つけられないのは、彼らが既にこの世にいないからではないか、とも思うのだ。 普段はそれを考えないようにしていた。しかし、夢まではごまかせなかったらしい……とキラは思わず微笑む。 「そうですわ、キラ様」 次の瞬間キラの耳に届いたのはラクスの声。 「えっ? ラクス?」 どうして、とキラは目を丸くする。 「……キラ……実はまだ寝ぼけているだろう、お前」 くすりっと笑いを漏らしながらアスランがこう言ってきた。 「寝ぼけて?」 「俺達は、どこに来たんだっけ?」 何を……といいかけたキラの耳にアスランが囁いてくる。 「どこって……えっと……」 ラクスから迎えが来て、それで……と言うところまで思い出せた瞬間、キラの顔が赤くなった。 「疲れていたんだよな、キラは。ラクスにプレゼントするってプログラムもがんばっていたし」 だから途中で寝てしまっても仕方がない、とアスランは微笑む。 「でも……それはアスランだって……」 同じじゃないか、とキラが言い返す。 「俺とキラは違うだろう。同じ人間じゃないんだから、反応が違って当然なの」 ね、と言う言葉に、キラは困ったようにうつむく。 「私としては、キラ様の可愛らしい寝顔を拝見させていただいて、嬉しかったですわ」 そのキラに、別の意味で追い打ちをかけるようにラクスのこの言葉が届く。 「そうですね。いつもアスランはキラさんのあんな寝顔を見ているわけですか?」 その上、ニコルまでいたのか……と思った瞬間、キラは反射的にアスランの胸に自分の顔を押しつけてしまった。 「二人とも」 そんなキラの背をそうっと抱きしめながら、アスランが少しきつめの口調で彼らに呼びかける。 「そこまでにしておいてください。キラが困りますし……俺とキラが一緒に寝ているのにはちゃんと理由があるんです」 適当なところで切り上げて貰わないと、明日のパーティーにキラが不参加になりますよ、とアスランはさらに付け加えた。かばって貰えるのは嬉しいが、そこまで言われることなのか、とキラはこっそり思う。 「それはいけませんわね。キラ様を紹介して欲しいとおっしゃる方もおられますのに」 「せっかく新曲を作ったのですから、キラさんにも聞いていただかないと」 しかし、二人にはアスランの言葉は効果的だったらしい。即座にこう言ってくる。二人がこれ以上あれこれ言ってこないとういうのはありがたいのだが、何か複雑だ……とキラは心の中で呟く。 「起きられて直ぐでは食べられませんよね? お茶はいかがです?」 しかし、ラクス達は早々に割り切ったらしい。 「フルーツなら大丈夫なのではないですか? キラさん、お好きでしたよね?」 二人ともキラの体調を気遣うようなセリフを口にしてくる。 「キラ。顔だけでも見せてやらないと、これがグレードアップするよ?」 アスランにまでこう言われては、キラに逃げ場はない。だが、今の自分の行動を考えれば素直に頷くこともできないだろう。 「キラ……誰も、今のことは気にしていないから、ね」 アスランは優しくキラを諭す。 その言葉にキラがおそるおそる顔を上げれば、直ぐ側に二人の顔がある。それに驚いて、キラはまたアスランの胸へと顔を埋め直す。 「あらあら……」 「……ちょっとアスランが妬ましくなってきましたね」 ぼそっと呟く二人の声がキラの耳に届く。 「それがキラを追いつめているんですが……」 嫌われますよ、とアスランが最後通牒のように告げる。 「それは困りますわね」 キラに嫌われるのは困る……とラクスがため息をつけば、 「……キラさんだけにではなくアスランにも好かれないといけないわけですね」 覚えておかないと……とニコルが呟いた。 「……アスラン……」 これでいいのだろうか、とキラはアスランの顔を見上げる。 「気にすることはないよ、キラ。彼らにも俺にとってのキラみたいな存在が必要なんだって」 それが《キラ》だというのは、ちょっと問題かもしれないが、妥協するしかないんだろうな……とアスランはわざとらしいため息をついて見せた。 「……僕なんか、役に立たないと思うんだけど……」 アスランの側にいる事しかできないよ……とキラは小首をかしげてみせる。 「それが一番嬉しいんだけどね、俺には。キラは俺が俺ならいいって言ってくれるし」 ザラの名を持っていなくても、ずっと側にいてくれるんだろう? と言う言葉に、キラは素直に頷いてみせる。 「だって、僕が好きなのはアスランだし、おじさまもおばさまも、ザラ家の人だから好きになったんじゃないもん」 それが普通じゃないのか、とキラは思う。両親からいつもそう言われていたのだ、と。 「そうじゃない人が多いんだって」 特に最近は……とアスランがため息をつく。その表情から、キラは彼の言葉が本当なのだ、とわかる。しかし、アスランのことだ。自分が気づかないように処理をしていたのだとも思う。 「……ごめんね、アスラン……気づいてあげられなくて」 アスランがそれで悩んでいたのではないか、とキラは言外に告げた。 「キラ」 アスランがそんなキラの頬に優しく触れてくる。 「いいんだよ、キラは……だから、ずっとそのままでいてくれよな」 そして、とっておきの笑顔をアスランは口元に浮かべた。 「当然じゃないか。何でそんなことを言うの?」 それとも、いない方がいいわけ? と言うキラに、アスランは『逆だよ』と言い返す。 「本当にお二人は……」 「僕たちがいることを忘れないでくださいね」 ラクスとニコルが『直ぐに二人の世界を作って……』と言外に告げているような気がする。 「だって……」 キラが困ったように小首をかしげれば、 「これが普通なんだよな、俺達には」 アスランがどこか自慢げに言い切った。 「……やっぱり、負けられませんわ」 「ですね、ラクスさん」 この言葉にキラが視線を向ければ、何やら決意を固めているらしい二人の姿が目に入る。それで本当にいいのか、とキラは改めて小首をかしげて見せた。 キラの心情……と言った回ですね。しかし、周囲がこれではなかなか悩んでいられないかも(^_^; |