レノアと共にアスランがキラの家へ辿り着いたのは、それから1時間ほど経ってからのことだ。
「カリダ、ごめんなさい……迷惑をかけて」
 そういいながらリビングに姿を現した二人に、キラ母子は微笑みを向ける。
「気にしないで。逆にキラがご迷惑をおかけしているようなものだもの」
 母親達の会話を耳にしながら、アスランは信じられないと言うように目を丸くしていた。だが直ぐに怒りがわいてくる。
「父上、何をしているんですか!」
 それはキラに対するものではない。間違いなく、父親に対してのものだ、と言うことをアスランは自覚している。
「ごめん、アスラン……僕がおじさまのお膝、乗っちゃ駄目なんだよね」
 だが、キラは『自分が悪い』と受け止めたらしい。どこか悲しげにこう口にすると、パトリックの膝から降りようとする。
「キラ君、かまわないよ」
 それをパトリックが引き留めた。
「そう。キラは悪くない。悪いのは父上だ」
 本当なら、自分がキラを膝に抱っこしたいのだ……と言い出したくなるのを必死に押さえながら、アスランはキラに微笑みかける。
「父上は、僕のこと、抱っこしてくれたことないんだよ」
 キラのお父様は分け隔てなく二人一緒に抱っこしてくれるのにね……とアスランは刺を含ませながら父をにらんだ。
「おや? そうだったか」
 だが、父親にしても百戦錬磨の政治家だ。平然とそれを受け流してくれる。
 しかし、アスランには意外なところに味方がいた。
「そうなの?」
 パトリックの膝の上からキラが彼の顔を見上げている。その可愛いしぐさには、さすがの父も言葉に詰まってしまったらしい。珍しくも悩んでいるのがわかった。
「そうなんだよ、キラ。ひどいと思わない?」
 こうなれば自分に有利、とばかりにアスランはキラに訴え出す。
「プラントにいたときは、いつも忙しいって言って、僕のことをかまってくれなかったんだ。それなのに、キラはいいんだ……」
 実の息子なのに、自分は……と言いながらアスランはキラに歩み寄っていく。
「でも、キラなら抱っこしたくなるのはわかるんだけど」
 それでも、キラが気にしないように……とアスランはしっかりとフォローを忘れない。こんな事で、キラが自分に対し負い目を持つのは許せないからだ。
「……お前は……」
 どうやら、自分の意図が父にはわかったらしいとアスランはこの一言から判断をする。だがもう遅い。既にキラは自分の味方だ、とアスランは内心ほくそ笑んだ。
「僕、やっぱり降りるね」
 キラが言葉と共にアスランへ向けて手を差し伸べてきた。それが支えて欲しいという彼の希望だとわかっているから、アスランは直ぐにその手を取る。だが、二人の手が触れ合う前にパトリックの手がアスランを軽々と抱え上げた。そして、そのまま自分の膝の上にのせる。
「これで文句はないのだろう?」
 どこか憮然としているとわかる口調でパトリックがアスランに声をかけてきた。そんな父の様子に、そこまでしてキラを膝に乗せていたかったのか、とアスランは別の意味で感心をしてしまう。
「本当に貴方達ったら」
 あきれているのかいないのか、わからない口調でレノアが彼らに声をかけてくる。
「すみません……キラのわがままのせいで……」
 その隣で、カリダがおろおろとしていた。
「気にしないで。こうでもしないと、会話も交わさないのよ、あの二人は」
 どこで教育を間違えたのか、とレノアが盛大にため息をつく。
「それならいいんだけど……家の子は本当に甘えん坊だから……少しはアスラン君を見習ってくれればいいのに」
 本当、心配で目を離せないのだ……というキラの母の言葉にはアスランも心の中で大きく頷いていた。もっとも、キラ自身はこのままでいてくれていいとも思う。その分、自分が気をつけていればいいのだから……と。
「あら。家の子を見習うとかわいげがなくなるわよ」
 くすくすと笑いながら言葉を口にする母は、さすがに自分のことをよくわかっているとも。
「そういってくれるのは嬉しいんだけど……あぁ、そうだわ。今晩は家で食べていってね? キラがそうして欲しいと言っていたの。パトリックさんはあなた方がいいなら、とおっしゃってくれていたのだけど……」
 どうする? とキラによく似た仕草でカリダはレノアへ問いかけた。
「そうね。そうさせて貰った方がいいかしら……でも、それこそ迷惑じゃないの?」
「いいのよ。家の人が今日は戻れなくなったって連絡があったし……キラと二人じゃ寂しいんですもの」
 ふわりと微笑む彼女に、レノアも納得をしたというように頷いてみせる。
「なら、私もお手伝いさせてね」
 そしてこう言葉を重ねている声がアスランの耳にも届いた。
「お願いするわね」
 こう言いながら、二人はそのままキッチンの方へと移動していく。
「……今日もアスランと一緒だね」
 キラがこう言いながら微笑んでいる。
「そうだね。僕と一緒だと、キラがいっぱい食べるって、おばさまが喜んでいるし……今日は母上が一緒だったけど、おばさまの料理の方がおいしいもの」
 でも、母上には内緒だよ、とアスランがキラに微笑み返す。
「うん、わかってる」
 こう言うところは父には真似できないだろうとアスランは内心で喜んでいた。もちろん、彼は会話に加わることもできない。
「でも、僕、おばさまが作ってくれたパエリアは好きだよ」
 他にも、ママが作ってくれないようなお料理を作ってくれるし、とキラはほんわかとした微笑みを浮かべる。それを見ているだけで幸せになれる、とアスランは思う。同じ事をパトリックも感じているのだろうとは思うと同時に、忌々しいと考えてしまった。これは自分だけが知っていればいいのだとも。
「おじさまは?」
 その表情のまま、キラがパトリックを見上げた。
「私、かね?」
 まさかこう問いかけられるとは思っていなかったのだろう。パトリックは驚いたように目を見開く。だが、直ぐにアスランが見たことがないほど穏やかな微笑みを浮かべると、
「そうだね。それに関しては、キラ君のお母さんのお料理を食べてから、にしよう。でないと、不公平だろう?」
 自分だけ、レノアの料理しか食べたことがなのだから……とパトリックが口にする。
「……不公平、なの?」
 どうしてそうなるのだろうというように、キラは小首をかしげて見せた。
「母上の手料理の話でしょう?」
 父上、とアスランがしっかりと刺だらけの口調でキラをフォローするように言葉を重ねる。
「では、内緒にしておこう」
 楽しみがなくなるからね、と言い返してくる父はやはり一枚も二枚も上手だ。と思わずにはいられない。だが、キラに関しては負けてたまるか、と心の中で付け加えるアスランだった。



アスラン登場……まだ大人しいかな?