ラクスへのプレゼントを持ってアプリリウスへと向かった二人は、そのまま宇宙港からクライン家へと拉致されてしまった。
「……あの……」
「私達はザラ家の別邸に行く予定でしたが……」
 不安そうなキラの手を握ってやりながらアスランが迎えの者へと声をかける。
「ラクス様からの御伝言でございます。今日はゆっくりとお話をしたいので、ぜひともクライン家へおいでください、だそうです。パトリック様も後からおいでになるそうですので」
 つまり、自分たちの予定をラクスへとリークしたのは父なのか、とアスランはため息をついてしまう。そして、彼が同意を示しているのであれば逆らうことはできないだろうとも思う。
「……だそうだ、キラ……父上の策略もあるぞ」
 断るわけにはいかないようだ……とアスランがため息をつけば、
「仕方がないよ……おじさまにはおじさまの考えがあるんだろうし」
 とキラが微笑みを返してくる。しかし、その頬が微妙にこわばっていることにアスランは気づいていた。間違いなく、目の前の相手に気を遣っているのだろう、彼は。
「そうなんだが……二人だけの方がよかったかなって思っただけだ」
 キラのもその方が気分的に楽だったろう? とアスランが囁けば、苦笑が返ってくる。つまり、その通りだと彼は言いたいのだろう。
「でも……ラクスが会いたいって言うなら、仕方がなよね」
 彼女の誕生日なんだし……とキラは付け加える。
「……キラ……」
 そんなキラの肩をアスランはさりげなく引き寄せた。
「疲れたとか気持ち悪くなたら、遠慮なく言うんだよ」
 倒れる方が周りに迷惑をかけちゃうんだからね……と付け加えたのは、そうでないと彼がぎりぎりまで我慢をするからだ。
「……わかった」
 自分でもそれは自覚しているのだろうか。キラは小さく頷いてみせる。
「じゃ、まずはそのまま俺の肩にもたれて眠ってな。顔色、良くないよ?」
 車に酔った? と問いかければキラは小さく首を横に振ってアスランの言葉を否定した。それでも小さくと息を吐き出すと素直に目を閉じる。どうやら、自分でも体調が良くないと自覚していたらしいとアスランは思う。
「……お疲れ、のようですね」
 そう言いながら、二人の前に腰を下ろしていた彼が脇からそうっとブランケットを取り出した。そして、手を伸ばしてキラの体にそれをかけてやる。
「ありがとうございます」
 キラが口を開くよりも早く、アスランが彼に礼を告げた。それは言外に、そのまま寝ていろ、とキラに伝えるための行動だった。そんなアスランに何かを伝えたい、と言うようにキラは彼の服の裾を掴む。そんな些細な仕草に、アスランは彼の髪に指を絡めることで答えを返した。
 震動を感じさせない運転のおかげだろうか。それともブランケットの暖かさのためか。あるいは、アスランの指の動きのせいかもしれない。キラは直ぐに寝息を立て始める。その事実に、アスランはほっとしたように安堵のため息をついた。
「……お疲れなのですか?」
 アスランの耳に、出迎えの者の声が届く。それはキラを気遣っているせいか、低いものだ。
「そう言うことですね」
 正確には、ここに来るまでに緊張をしすぎただけなのだ。周囲の者からの視線が未だに苦手なキラは、些細なものでも身構えてしまう。好意的なものにまでそうしなくてもいいだろうに、とアスランは考える。それでも、そうできないのがまたキラらしいとも言えるのだから仕方がないのか、とも思っていた。
「では、できるだけ静かに走らせるようにさせましょう」
 ごゆっくり休んでいただけるように……と言いながら、彼は体をひねる。そして、運転手へと声をかけていた。
 そんな彼の行動をアスランは冷静な瞳で見つめている。
 一体どこからそれが来るのだろうか、見極めておこうと思ったのだ。
 ラクスの好意があるからなのか、それとも自分の父に対する配慮なのか。それはよく似たものだと言えるかもしれないが、同時に天と地ほども差があるものだと言ってもいい。
 アスランにしてみれば、そのどちらにしても、キラを傷つけるものでなければ妥協できる、と言うこともまた事実だ。だが、そうでない場合はそれなりの対処をしなければいけないだろうと。
 だが、相手は自分たちよりも人生の経験を積んでいるものだ。そして、クライン家の使用人として、きちんとしつけられている相手らしい。アスランに自分の心の内を読みとらせるようなことはさせてくれなかった。
 その事実をアスランが苦々しく思っているうちに、彼らが乗ったエレカはクライン家へと到着をする。
 こうなれば、即座に思考を切り替える必要があるだろう。
「いかが致しましょうか」
 キラへと視線を向けながら彼は問いかけてくる。
「私が連れて行きますので、ご心配なく」
 そんな彼にこう言い返すと、アスランは開けて貰ったドアから先に降りた。そして、体をかがめるとそのままキラの体を抱きかかえる。それでも目を覚まさないくらい、キラの眠りは深い。同時に、相変わらず《軽い》としか言えないその体重に、アスランは眉をひそめた。
 同じように食べているはずの自分たちなのに、どうしてこうも体格差がついてしまったのか、と。
 もっとも、こう言うときにはありがたい……というのもまた事実だ。
「キラ様、アスラン様!」
 どうやら、二人が到着したと連絡が行ったのだろう。ラクスが玄関から姿を見せた。だが、アスランの腕に抱かれているキラの姿を見て、口をつぐむ。
「すみません、ラクス……キラ、疲れているみたいで」
 ゆっくりと眠らせてやりたい、とアスランは微笑みながら声をかけた。
「そうですわね……なら、こちらに」
 お部屋よりもこちらの方が気持ちいいと思いますわ……と微笑みながら、彼女が歩き出す。そのまま二人を案内したのは温室だった。どうやら、ここで昼寝をするものもいるらしい。大きなカウチベッドが置かれている。
「そこをお使いくださいな。私は、今、お茶を用意させますわ」
 ニコル様もお呼びしなければ怒られますし……と彼女は静かな声で付け加えた。
「ニコルも来ているのですか?」
「えぇ……お二人をお泊めする予定だ……と申し上げましたら、ご自分も、とおっしゃられまして」
 断る理由もなかったから了承したのだ、とラクスは微笑む。ニコルであれば、キラも喜ぶであろうと判断したのだ、と。
「ニコルなら……キラは喜びますね」
 彼をキラは好きだから……とアスランは微笑みながら、そうっとキラの体をカウチへと下ろした。
「んっ……」
 その瞬間、キラが身じろぐ。同時に離れてしまったぬくもりを探そうとするかのようにキラの腕が宙をさまよう。
 その彼の仕草にアスランは小さく微笑むと、そっとカウチに腰を下ろした。そして、そのままキラの頭をそうっと自分の膝の上へとのせる。そうすればキラがほっとしたように再び寝息を漏らす。
「うらやましいですわね」
 ラクスが小さな声でこう囁いてくる。
「私も、早くキラ様から信用されたいですわ。好いていてくださるのはわかっておりますけど……」
 まだ、無意識のキラから信頼されるほどではないから……とラクスが微かに眉を寄せる。
「仕方がありません。私は物心つく頃から一緒におりますし……これだけはどうしようもありませんね」
 そして、この立場は誰にも譲りたくない……とアスランは心の中で付け加えた。
「では、がんばらせていただきますわ」
 ラクスはふわりと微笑むとこう告げる。
「期待していますよ、ラクス・クライン」
 もっとも、自分も負けないだけの努力はするつもりだ、とアスランは微笑みの中に含ませた。
「では……私たち、ライバルですわね」
 負けませんわ、と言う彼女に、アスランは初めて好意以外の感情を感じる。
「でも、それを決めるのは私達ではなく、あくまでもキラですよ?」
 キラが悲しむような結果にだけはするな、とアスランは彼女に釘を刺しておく。
「わかっておりますわ」
 キラを喜ばせたいのであって悲しませたいのではない、とラクスも頷いてみせる。
「と言うわけで、お茶と……ニコル様をお連れしますわね」
 キラが目を覚ましたときに喜ぶだろうから……とラクスは駆け出していく。
「……俺もうかうかしていられないな……」
 誰にも渡さない……と呟きながら、アスランは膝の上にいるキラの髪をそうっと撫でた。



甘やかしアスラン第何弾でしょうかね(苦笑)さりげなくラクスに見せつけていますね。