学校での様子を観察していれば、キラが誰にあんなセリフを言われたのかアスランにはわかってしまう。そのほとんどが、最近、パトリックに取り入ろうとしている者の関係者だ、というのは笑うしかないだろう。
「……ザラ家に取り入ることしか考えていない連中が……」
 色眼鏡でしか見ないから、キラの魅力に気づかないんだ……とアスランは吐き出す。
 しかし、逆の連中もまた厄介だ……とも思うのは事実だ。
「……アスラン……どうしたの? せっかく、ニコル君が誘ってくれたのに」
 行きたくないの? とキラがアスランの顔を覗き込んでくる。
「そんなことはないよ?」
 即座に微笑みを浮かべながら、アスランは言い返した。
「ただ、歌やピアノって、よくわからないからね。失礼なことを言わないですめばいいなって思っただけだ」
 いい曲を聴いているうちに眠りたくなることもあるし……とアスランは苦笑を浮かべつつ付け加える。
「アスランって、なんでもできそうなのに、音楽関係だけは駄目だもんね」
 言葉と共にキラが微笑みを向けて来た。その表情は、月にいた頃のように自然なものだと言っていい。と言っても、まだこんな自然な表情を見せてもらえるのは自分とせいぜいレノアぐらいなものだ。その事実が、アスランにとっては嬉しい。キラにとって、自分が特別であるという証拠だ、と思えるからだ。
「いいじゃないか。キラが未だにマイクロユニットが苦手なのと同じことだよ」
 笑いを漏らしながらアスランがこう言えば、キラが言葉に詰まる。
「だって……僕はお米に字なんて書けないもん……」
 しばらく考え込んだ後、キラはこう言い返してきた。このセリフは、キラが好んで使うアスランを言い表す表現だ。アスランにはその語源はわからないものの、どうやらキラの中では『ものすごく器用』だと言うことを言い表すものらしい。
「キラだって、飽きなきゃそれなりのものが作れるのに……」
 もったいないよね……とアスランがため息をつけば、
「僕は……第一世代だし……」
 アスランが言うほど優秀じゃない……とキラは視線を伏せる。これも最近、キラが口にするようになったセリフだ。月にいた頃は、絶対言わなかった言葉にアスランはさらに怒りをかきたてられる。
 第一世代だとか第二世代だ、と言う事なんて関係ない。何度そう言っても、キラの心の傷はそれを受け入れてくれないのだ。
「……キラ……それでも、俺はキラが好きだからね」
 ともかく、これだけは言っておかないと……とアスランは口にする。この程度でキラの心の傷が癒えるとは思えないが、少なくとも広がることはないだろう。
「僕も……アスランが大好きだよ」
 キラが即座に言葉を返してくる。それは、無理矢理引き出されたものではなく、本心からの言葉だ。
「では、僕も好きになってくださいね」
 そんな二人の耳に柔らかな声が届く。
「ニコル君?」
 視線を向ければ、穏やかな微笑みを浮かべて立っている少年の姿があった。
「今日はお招き、ありがとう」
 柔らかな笑みをキラは口元に浮かべてニコルに声をかけている。それは先ほどまでのものと何の代わりもないようだ。しかし、アスランにはそれがキラが相手に嫌われないようにと無意識のうちに作っているものだとわかっている。ニコルはどうだろうか、と思いながらアスランは彼の顔を観察し始めた。
「いえ。キラさんが好きだとお聞きしましたから……」
 ほんの少しだけ瞳をかげらせて、ニコルは微笑む。どうやら、キラの笑顔の微妙な違いに彼も気づいたらしい。そして、本気でキラを友達になりたいと思っているようだ、とアスランは判断をする。
「それに、今日はラクスさんが歌を歌うんですよ」
 すごく綺麗な声をお持ちなんです……とニコルは付け加えた。それに、キラは小首をかしげてみせる。
「ラクス?」
 誰、と言いながらキラはアスランへと視線を移した。
「ラクス・クライン嬢のことかな?」
 アスランがキラの代わりにニコルへと確認の問いかけの言葉をかける。
「えぇ。シーゲル・クラインさまのお嬢さんですよ」
 歌姫、と言われている方です……とニコルが答えを返してきた。
「シーゲルさまの? そう言えば、お聞きしたような気も……」
 する、とキラは自信なさそうに口にする。
「……俺も自信がない。だから、心配しなくていいよ、キラ」
 アスランは心配いらないと言うようにキラの肩を叩いた。そうすれば、キラはほっとしたような色を瞳に浮かべる。
「アスラン……」
 ニコルがあることに気がついた、と言うような表情で声をかけてきた。
「何かな、ニコル」
 にこやかな表情でアスランが聞き返せば、
「いつからご自分のことを『俺』とおっしゃるようになったんですか?」
 と問いかけの言葉を口にしてくる。
「……いつからって……」
「あの後じゃないっけ? ほら、職場見学の課題が出て……おじさまがしばらく戻っていらっしゃらなかった時」
 悩むアスランの代わりにキラが言葉を口にした。
「そうだっけ?」
「そうだよ」
 アスランが確認の言葉をキラに投げかければ、彼は断言してみせる。
「……本当に、お二人はお互いのことをよくわかっていらっしゃるんですね」
 二人の会話を聞いていたニコルが、うらやましいという表情を作りながらこう言ってきた。
「だって……アスランはいつでも側にいてくれるから……」
 アスラン以外の友達は学校にいないし……とキラは付け加える。
「そう、なんですか」
 ニコルの口調にほんのわずかだけだが怒りが含まれているような気がしたのはアスランの気のせいであろうか。
「うん……僕がアスランの側にいるのがおかしいって言う人もいるんだよね……」
 たまにそう思うこともあるけど……とキラはニコルの様子に気がつかないように付け加えた。
「そんなことはありませんって! 僕だって、両親さえ許してくれればキラさん達と同じ学校に行きたいくらいなんですから!」
 そんなことを言う人間の方がおかしいのだ、とニコルは言い切る。
「ニコル君もアスランと同じ事を言ってくれるんだね」
 ふわりっとキラが笑みを深めた。そして、『そう言ってくれて嬉しい』と付け加える。
「……やっぱり、僕もキラさんと同じ学校に行きたいです、今すぐ!」
 それがニコルのキラに対する庇護欲をかきたてたのか。彼は力を込めてこう口にした。このままでは、間違いなく彼は実行に移すだろう。キラのためにはいいのだろうが、そのせいで彼の両親のキラに対する感情を悪くしたくない。アスランはそう思う。
「それよりも、ニコル……このまま話を続けるなら、できるだけ人目を避けられる場所に移動したいんだが……」
 さすがにこれ以上注目を浴びるのはまずい、と付け加えれば、キラとニコルも現状に気がついたらしい。その瞬間、キラの顔から血の気が引いてしまう。
「そうですね。楽屋の方に移動しましょう。あそこであれば、関係者以外立ち入り禁止ですから」
 でも、キラとアスランであればかまわない、とニコルは微笑む。そして、その表情のままキラの腕を取った。
「ニコルさん?」
 行きましょうという彼に、キラが目を丸くしている。そして、そうしてもいいのかと確認するようにアスランを振り向く。
「行こう、キラ。ニコルとゆっくり話がしたいんだろう?」
 アスランは、ニコルとは反対側の手を取る。そして、二人でキラを引っ張るようにして歩き出した。



ニコルはかなりキラと仲良くなっていますね。と言うわけで、次回は彼女が登場です。後何人出せばいいかな(^_^;(^_^;