結局、見学が終わってもパトリックは戻ってこなかった。それどころか、今日はディセンベルに帰れないと言う。その代わり、と言うように、ルイーズがキラを送ってくれることになった。
「レノアに用事があるから、気にしなくていいのよ?」
 こう言って、彼女は微笑んでくれる。しかし、キラは自分のせいで彼女に手間をかけさせてしまって申し訳ないと思ってしまう。
「……お手数をおかけして……」
 すみません……といいかけたキラの唇に、ルイーズが指を当ててくる。
「子供が謝らないの。たまたま用事があったからなのだし……少しは保護者めいたこともさせてくれると嬉しいわ」
 ね、と言いながら、彼女はキラの体を膝の上に抱き上げた。どうして、みんな自分を膝の上にのせたがるのだろうか、とキラは悩んでしまう。
「僕、重いです」
 ともかく、こう言ってみる。
「……重くないわよ……もう少し、大きくなってもいいと思うんだけど……」
 体質なのかしら……と呟きながら、ルイーズはキラの髪を撫でてきた。こうなってしまえば、これ以上拒む方が迷惑になってしまうのではないだろうか、とキラは思う。しかし、パトリックなら気にならないこの行為が、他の人だとは申し訳ないと思ってしまうのは、やはり、自分の中で彼らとそれ以外の人々に差があるからだろうか。
「本当、もう少し甘えてくれてもいいのにね」
 そういうところも可愛いからいいのだけど……と微笑む彼女に、キラは困ったような笑みを返した。
 そんな、ある意味気まずいとも言える時間を過ごして、キラはディセンベルのザラ家へと辿り着く。その時にはもう、アスランとレノアは帰り着いていた。そして、キラを連れてきたのがルイーズだという事実に眉をひそめる。
「……全く、父上は!」
 キラの面倒をちゃんと見るって言っていたくせに! とアスランは怒りを隠せないという口調で口にする。
「アスラン!」
 そんな彼に、キラがきつい声を投げつけた。
「おじさまはお仕事ができてしまったから行かれたんだよ? ご自分の代わりにルイーズさまに声をかけてくださったし……どうしてそんなこと言うの?」
 おじさまのお仕事が大変だって、知っているでしょう、とキラが言えば、アスランは明後日の方向を向いてしまう。
「……だって……母上の所に行っていれば、キラがそんなに疲れたような表情をしなくてすんだか、と思ったんだよ……」
 あそこであれば、キラが気を遣うような場面は少なかったはずだ、と。その言葉は、自分を心配してくれているからのものだろう、と言うことはキラにもわかる。
「その気持ちは嬉しいけど……でも、アスランがおじさまを悪く言うのはやだ……」
 それも自分のせいで……と告げるキラに、アスランもしまったと思ったのだろうか。さらに視線を彷徨わせている。
「アスランの負け、ね」
 二人の会話を聞いていたのだろう。レノアが笑い声と共にこう言ってきた。
「本当に、キラ君は素直で可愛いわよね。側にいてくれると安心できるわ」
 それに、間違っているとわかっていることは遠慮しないで指摘してくれるものね……とルイーズも頷いてる。
「……あの……」
 そこまで言われてしまえば、逆に羞恥が浮かんでくる。キラにしてみれば、自分の存在はアスランの負担にしかなっていないのでは、と感じているのだ。
「……僕、なんて……」
 そういってもらえるような人間じゃない、とキラは告げる。ただのつまらない子供だから、と。
「どうしてキラは……人のことはよく見えているのに、自分のことはわからないんだろうね……」
 今までそっぽを向いていたはずのアスランがあきれたようにこう言ってきた。
「……だって、僕はただの第一世代だもん……」
 みんなだって、そう言っている……とキラは口にする。本当は、アスランと一緒にいることすらおかしいのだ、と言われていることまでは告げないが。
「ふぅん……どこのどいつ? キラにそんなことを言ったのは」
 アスランの口調が微妙に変化する。
「……言わない……言うと、アスラン、また先生に怒られるようなこと、するでしょう?」
 それ以前に、多すぎて言う気になれない……というのが事実だ。
 女の子達はキラの境遇に同情してくれているのか、それほどでもない。
 しかし、男の子達は、と言うとかなり辛辣だ。普段、アスランとしかいないからさほど気にならないのだが、ほとんど無視に近いことをキラはされている。たまに彼らがかけてくる言葉は、ほとんどイヤミだと言っていい。
 それにももう慣れたし……とキラは心の中で付け加える。
「そんなこと……」
 当然のことだろう、とアスランは口にした。
「僕にとって大切なのは、キラで……キラを守ることが僕の義務なんだから。だから、キラにそんなことを言う連中に間違っている、って言うのは当然のことだろう?」
 キラの実力は、自分が一番よく知っているんだから……とアスランは口にする。
「キラは、もっと自分を信じてあげないと駄目だ。おじさま達だってそうおっしゃるよ?」
 両親のことを引き合いに出されてはキラは弱い。そうなのか、と言うしかないのだ。
「……でも……」
「キラ君はいい子よ。あのエザリアですら気に入ったようなんだもの」
 他にも、ユーリやシーゲルもそういっているわ……とルイーズが微笑む。
「それとも、キラ君は最高評議会のメンバーの判断が間違っているって思うのかしら?」
 この言葉に、キラは即座に首を横に振った。彼らがどれだけすばらしい人間なのか、パトリックだけでも十分わかってしまう。今目の前にいるルイーズや、少しだけ顔を合わせたことがあるほかのものにしても同様だ。
「でしょう? 他の人間のいいところを認められない人間の方が最低なの。だから、キラ君はもっと自信を持っていいのよ?」
 自信過剰になっても困るけど……といいながら、ルイーズはキラの髪を撫でてくる。
「本当……キラ君とアスラン君の子供ができればいいのにね……そうすれば、かわいい子になるでしょうに……本気で誰かに研究させようかしら」
 そして、微笑みながらこう口にした。
「私もそう思うんだけど……こればかりは植物のようにいかないものね」
 専門外なのが残念だわ、とレノアも笑う。
「母上……そうしたら、僕、キラと結婚できます?」
 真顔でアスランが彼女にこう問いかける。
「もちろんよ。今でも問題なのは、赤ちゃんのことだけだもの」
 パトリックもキラ君が相手ならば文句は言わないはずよ……とレノアはさらに笑いを深めた。
「レノアおばさま……」
 目の前で繰り広げられている会話に、キラは着いていくことができない。そもそも、どうして自分がアスランと結婚しなければならないのか、と。確かに、ずっと側にいて欲しいと言うのは間違いのない本心なのだが。
「……そうそう。二人とも、今日のことを早くまとめてきてしまいなさい? その間に夕飯の準備をさせるから。ルイーズも食べていってくれるのでしょう?」
「もちろんよ。お勉強、がんばってね、二人とも」
 レノアの問いかけにルイーズは頷く。そして、二人に向かって微笑みかけた。この表情の裏に、彼女たちは二人だけで話をしたいのではないか、とキラは判断をする。どうやらアスランも同じ結論を出したようだ。
「行こう、キラ」
 こう言って手を差し出してくる。
「うん……ルイーズ様、ではまた夕ご飯の時にお話を聞かせてください。宇宙くじらの」
 あのお話は面白かったです、とキラが言えば、彼女は微笑みながら頷いて見せた。
「キラ君が興味を持ってくれて嬉しいわ。誰もあの仮説に耳を貸してくれないの」
 でも、今は学校のお勉強の方が優先ね、と言う彼女に、キラは小さく頭を下げる。そしてアスランと一緒に部屋まで向かう。
「宇宙くじらってエビデンス01のこと?」
 その途中でアスランがこう問いかけてきた。
「そう。初めて本物を見たけど、あんなに大きかったんだ……どんな風に生きていたのかなってお聞きしたら、いろいろと教えてくださったんだ」
 面白かった、とキラが笑えば、
「それは僕も聞いておきたいな」
 とアスランも興味を惹かれたように呟く。
「いつか、行ってみたいよね、本物を探しに……」
「そうだね」
 二人はこう頷きあいながら、共同で使っている部屋のドアを開けた。
 その時にはもう、キラの脳裏から先ほどのアスランのセリフは完全に追い出されている。しかし、アスランがそうではない、と言うことには最後まで気づかなかった。



と言うわけで、キラの希望はこれ……と。本人が忘れてもアスランは間違いなく覚えていそうですね(^_^;