パトリックに抱え上げられたままあちらこちらを見学していたときだ。ここの職員らしき者が二人に駆け寄ってきた。 「ザラ閣下」 そして、パトリックに声をかけてくる。 「どうした?」 パトリックの問いかけに、彼はキラへと意味ありげな視線を向けてきた。その意味をパトリックだけではなくキラも的確に受け止める。 「キラ君」 パトリックの問いかけに、キラは小さく頷いた。 「僕、どこで待っていればいいのですか?」 おじさま、お仕事でしょう、と付け加えれば、パトリックが『すまないね』と言い返してくる。 彼はキラを抱きかかえたまま、すぐに移動をし始めた。もちろん、職員もその後を付いてくる。 そして、キラが『ここで待っていてくるかな』とパトリックに言われて連れてこられたのは談話室だった。 「本当にいいのかな」 キラはパトリックがオーダーしてくれたオレンジジュースを飲みながら呟く。 「……僕、場違いじゃないのかな」 どう見ても、ここは一般人が入っていいような場所には思えなかったのだ。 そうは思っても勝手にどこかに行くわけにもいかないだろう。 だからおとなしく待っているのだが、居心地がよくなるわけではない。せめてもの救いは、パトリックに言い置きされていたここのスタッフがキラを邪険に扱わない事だけかも知れない。 むしろ、逆に気を遣ってくれているらしい。そのことが逆にキラに申し訳ない気持ちでいっぱいにさせているのだ。 無意識のうちにキラの唇から小さなため息がこぼれ落ちる。 その時だった。 「あら、誰の子?」 聞いたことがない華やかな声がキラの耳に届く。視線を向ければ、銀色の髪をした女性がキラの方を見つめている。 「……あ、あの……」 何と言えばいいのだろうか。キラはとっさにそう考える。出てくる結論は一つなのだが、それをどう伝えればいいのか、となるといい表現が出てこない。 「それとも、勝手に入り込んできたのかしら?」 だとしたら警備陣の怠慢よね……と言いながら、その女性はキラの方へと歩み寄ってくる。その間にも次々と彼女の口から飛び出す言葉に、キラは口を挟む隙を上手く見つけられない。 「……僕……その……」 それでもこのままでは、警備の人たちに迷惑をかかるとキラは必死に口を開く。 「パトリック、おじさまと……」 来たんです、とキラは何とか言葉を最後までつづった。 「パトリック……というと……パトリック・ザラのことかしら?」 この言葉に、キラは素直に頷く。 「この前紹介された彼の息子、じゃないと言うことは……」 誰なのかしら、君は……といいながら顔を覗き込まれて、キラは身を縮めてしまう。知らない相手にこんな風に顔を覗き込まれることが苦手だ……と、キラは最近自覚をしていたのだ。その笑顔の裏で自分を傷つけようとしているのではないか、と思わされてしまうことが多かったせいからかもしれない。 「その子がキラ君よ。あなたも噂ぐらいは聞いているのではなくて、エザリア」 どうしようと固まっていたキラの耳に、救いの声が届いた。 「ルイーズさま」 見知った顔に、キラは小さく安堵のため息をつく。 「久しぶりね、キラ君。パトリックがどうしても手を放せなくなったので、私が代わりに案内してあげようと思ったの」 かまわないわよね、と言う言葉に、キラは素直に頷く。 「……でも、お仕事は、いいのですか?」 彼女も、評議会の一員だったはず。そして、パトリックが忙しいのであれば、彼女も忙しいのではないか、とキラは判断をして問いかけた。 「私の分野ではないし……ここに同じ評議会議員のエザリアもいるでしょう? だから大丈夫」 それに、キラ君を独り占めさせておくのは癪だもの……と彼女は笑う。 「……あの?」 いきなり言われたセリフの意味が、キラには理解できない。 「レノアだけなら我慢するわよ。キラ君は実際に可愛いし……でも、あの男がキラ君を自慢をするのを聞くと、どうしてか、うらやましいを通り越しちゃうのよ」 あの仏頂面が悪いのよね……といいながらルイーズはキラの隣に腰を下ろす。 「あぁ、それを飲んでしまいなさいな。でも、急がなくていいからね」 そのくらいは待っていてあげるわ……と言われて、キラは小さく頷いてみせる。そして、先ほどとは違った様子でそれに口を付けた。 「……話だけは聞いていたけど……本当に可愛い! 家の息子と同じ生き物だなんて、信じられないわね」 何故か、当然のような表情でエザリアが彼らの前に腰を下ろす。 「仕方がないわよ。あなたの息子達は、いずれ、プラントを背負って立つ人材でしょう? 可愛いだけじゃいけないわ。キラ君の場合は、アスラン君の補佐をする立場になるのかしら。だから、可愛くてもいいのよね」 と言うより、アスラン君の性格ではキラ君が可愛らしい方が良さそうだし……とルイーズが笑う。それに、キラは何と答えていいのかわからないと思う。 「……僕、男の子なんですけど……」 とりあえず、こう主張しておく。でなければ、この前会ったときのセリフをまた口にされそうだったのだ。 「わかっているんだけどね。アスラン君のような男の子にはキラ君のようなお嫁さんがぴったりだと思うのよね」 本当、もったいないわ……と言うルイーズの言葉は本気としか言いようがない。 「いっそ、男同士でも子供が作れる方法を研究させようかしら」 そうれば、現在のプラントの問題の一つである、第三世代の出生率が解決できるかもしれないし……と付け加える彼女の言葉の意味を、キラは完全に理解できない。しかし、何か重要なことをしようとしているらしいことは想像がついた。 「……でも、男の人の体に、赤ちゃんを育てる場所がないって……」 おばさまが言っていた、とキラは口にする。 「そうね。だから、その代わりができる機械を作れないかって思うの。そうすれば、体の関係で赤ちゃんを産めない女の人もお母さんになれるでしょう?」 キラ君とアスラン君の赤ちゃんを見たいからだけじゃないわ……という言葉に、どこまで頷けばいいのか。キラは困ってしまう。 「……それが可能になったら、アスラン君ではなく、家の息子のお嫁さんに欲しいかもしれないわね」 ぼそりっとエザリアが口を挟んできた。 「本当に、可愛らしいし素直だし……こういう子供が欲しかったわ、私も」 パトリックがうらやましい、と拳を握りしめる彼女に、キラは思わず腰を退いてしまう。 「今からでも遅くないでしょう、あなたの場合は」 「その前に、アイリーンじゃないかしら」 でも、彼女の場合、結婚が先かしら……とエザリアが微笑む。 「そうね。彼女の場合かなり理想が高そうだもの」 くすくすと笑いを漏らしながらかわされる女性陣の言葉は、キラには全くわからないことだ。だが、彼女たちの意識が自分から離れたことだけは間違いない。その事実に、キラはほっとしながら、またオレンジジュースに口をつける。 「第一、彼女だけじゃないでしょう? 相手を見つけなければいけないのは」 まだまだたくさんいるわ、と言う言葉にエザリアも頷いた。 「ともかく、女性の数が少ないのは事実よね。コーディネイトするときに、どうしても『男』を選択する人が多い、と言う事かしら」 どうしてなのか、とため息をつく。 「まぁ、それについても条例を作るしかないのかもしれない、と言うことで考えておきましょう」 男女比を互角にまでしなければ……と言うルイーズにエザリアが頷いたとき、キラはジュースの中身を飲み干した。 「あら、全部、飲めたのね。偉かったわ」 それに気づいたルイーズがキラの髪を撫でてくれる。 「では、行きましょうか」 この言葉に、キラは頷いた。そして、いすから降りる。 「キラ君」 エザリアが、その時、キラの背に声をかけてきた。 「はい、何でしょうか、エザリア様」 キラが振り向けば、彼女は優しい微笑みを向けてくる。 「そのうち、家の息子とも友達になってくれるかしら?」 この言葉に、キラは考えるように小首をかしげる。果たして、自分でいいのか、と思うのだ。 「……アスランとおじさまが、いいっておっしゃってくれたら、いいです」 自分一人では、あちらこちらに行けないから……とキラは口にする。 「では、楽しみにしているわね」 それをどう受け止めたのか。彼女はこう言うと同時に、笑みを深めたのだった。 評議会議員の女性陣二人登場。しっかりとたらしています、キラ(^_^; ルイーズさんはレノアさんの親友と言うことで既に顔見知りですが、エザリアママは完全に趣味ですね(^_^; |