「父上の馬鹿!」
 アスランの雄叫びが響いてくる。
「また、キラ君の取り合いね」
 と言うより、それ以外にはありえないと言うべきだろう。実の親子でありながら、以前の二人は儀礼的な会話しか交わさなかったのだ。それが、キラが引き取られてからというもの、本気でぶつかり合うシーンが毎日のように繰り広げられている。それはいいことだろうとレノアは思う。
 もっとも、その理由になっている本人はたまったものではないだろうが。
「理由はあれかしら」
 学校から出された課題。
 アスランの方は自分と一緒にレノアの仕事場にキラも行く、と思っていたらしい。だが、それにパトリックが横やりを入れて、自分のところへ来るようにしむけてしまった。それがアスランには気に入らないのだ。
「もう、おとなげないわね」
 適当なところでストップをかけないとキラが困るだろう。また、学校に行きたくないと言い出されては本末転倒だ。
「キラ、今からでも遅くないから、俺と一緒に母上のところにしよう? ね」
 どうやらパトリックよりはキラを説得した方が早いと判断したのだろう。アスランはことさら優しい口調を作ってキラに話しかけている。
「……でも……」
 おじさまと約束したし……とキラは首を縦には振らない。
「キラ! 父上の職場は、ここじゃないんだよ?」
 遠いし、シャトルで行かなければならないのだ、とアスランは口にする。
「それは……おばさまの所でも同じでしょう?」
 ユニウスセブンも近くはない、とキラは言い返す。
「……それに……」
 キラは言葉を言いかけてやめる。
「それに、何?」
 続きを聞きたい、と言うようにアスランは聞き返した。
「……たまには、アスランと違うこと、しないと……」
 この言葉の裏に、何か別の理由があるのでは、とレノアも思う。学校で何かを言われてきたのかもしれない、と。と言っても、それを今彼に問いかけても無駄だろう。
「キラ……」
 アスランにもそれはわかったらしい。聞き出そうとした言葉を飲み込んでいる。そんな息子の判断に、レノアは微かに微笑みを浮かべた。
「アスランにしてみれば、心配なんだって言うのはわかるけど……おじさまが一緒にいてくださるんだし……」
 だから、大丈夫だと思う……とキラは言い切る。ここまで心を決めているなら、彼の気持ちを変えさせることは不可能に近い。
「……キラ……」
 アスランもそれを感じ取ったようだ。むっとしたような視線をパトリックへと向けている。
「父上!」
 そして、刺を含んだ声で彼に呼びかけた。
「何だ?」
 それがわかっているだろう。しかし、あくまでもへ以前とパトリックは言葉を返す。
「キラに何かあったら、ただではすませませんからね!」
 ザラ家の評判を落としてやる……とアスランは言外に告げる。それも彼には予想済みだったのだろうか。
「私がキラ君の側にいて、そんなことをさせると思うかね?」
 それほど自分は無能ではない、とパトリックは言い返す。
「父上はそうでも、テロ、の可能性は否定できないでしょう!」
 先日も、宇宙港で未遂事件があったばかりだ、とアスランが口にした。まして、パトリックは評議会議員なのだから、と。
「それこそ心配はいらん。ザフトの者たちも警戒を強めているのだ」
 だから、何も心配はいらない、とパトリックは笑う。
「アスラン……おじさま……」
 その話は始めて聞いた、とキラが二人の顔を交互に見つめながら呟く。
 その瞬間、彼らがしまったという表情を作った。
 このままでは、キラが仲間はずれにされた、と思うのではないか、とレノアは判断をする。そして、彼らをフォローしてやるべきだろうと。
「あの日、キラ君は先生の所へ行っていたでしょう? 相談をしたら、教えない方がいいって言われたの」
 本当は最後まで教えないつもりだったのだけど……と言いながら、レノアはアスランをにらむ。
「キラ君と離れたくないからって、今のはあなたの失敗よ、アスラン」
 この言葉に、アスランはうなだれてしまう。
「だから、今回はお父様にお任せしなさい。キラ君だって、たまには貴方と離れてみることも大切だわ」
 別の人間なのだから、とレノアが口にすれば、アスランが唇をかみしめるのがわかった。
 そんなアスランの側に歩み寄るとレノアは彼の肩にそうっと手を置く。そして、今度は夫へと視線を向けた。
「あなたもよ、パトリック」
「何がだ?」
「キラ君の面倒を放り出さないでよ。そんなことをしたと聞いたら、アスランとキラ君を連れて、しばらく家に帰ってこないからね」
 ユニウスセブンに行って……といいながらレノアは微笑む。
「……レノア……」
 まさか、天下の《パトリック・ザラ》がこんなセリフでうろたえる、とは誰も思っていないだろう。だが、今目の前の相手は間違いなく動揺をしている。
「おばさま」
 そんな彼女に、キラも不安そうに声をかけてきた。
「キラ君、そういうことだから安心して行ってきなさいね。向こうにはキラ君も顔を合わせたことがあるルイーズもいるわ。私がよろしくって言っていたって伝えてね?」
 そして、別の機会にユニウスセブンに一緒に行きましょう、と言えばキラは小さく頷いてみせる。でも、その瞳からまだ不安は完全に消えていない。
「それにね、二人がちゃんと約束を守ってくれればいいだけのことでしょう、今回のことは?」
 だから、キラは気にしなくていいのだ、とレノアは付け加える。
「おじさまに、たまには甘えてあげてね。最近、キラ君が甘えてくれなくて寂しいって言っていたわよ」
「レノア!」
 さらりと本音をばらされて、パトリックが慌てた。
 そんな彼の態度に、キラは今までとは違った意味で目を丸くしている。いや、彼だけではない。アスランも父を信じられないと言う瞳で見つめていた。
「ほらほら。明日は忙しいんだから、二人とも早く寝る準備をしなさい」
 男性陣の反応に、レノアは声を立てて笑う。そんな彼女に、誰も文句を言うことができなかった。


母は強し……と。しかし、この親子、同じレベルで張り合わなくても(^_^;