「おじさん、アスランのお家にご用なの?」
 柔らかな声がパトリックの耳に届く。それに彼は声がした方向に視線を向けた。そうすれば、自分を見上げている菫色の大きな瞳が見える。
「……君は……」
 その問いかけに、子供はふわりと微笑んで見せた。
「アスランとね、レノアおばさまは今、お出かけ中です。お届け物なら、うちでお預かりしますって、ママが」
 言っていました、と子供は舌っ足らずな口調で必死に言い切る。
「届け物ではないのだ。私は、アスランとレノアに用があってプラントから来たのだが……」
 今日着くと連絡はしていたのだが……と口にすると同時に、何なんだ、このかわいらしい生き物は、とパトリックは思う。これが自分の子と同じ《子供》という生き物なのか、と。
 自分の息子に関しては文句はない。
 ある意味、そうなるように教育をしていたのだ。もっとも、それが行きすぎてかわいげがなくなってしまったのは、失敗だったと思ってはいる。
 いや、自分の子だけではない。同僚たちの子も似たようなものだ。
 外見はともかく、中身は全く別物だと言っていい。他人の子供であるからこそ、余計に鼻につくということは、パトリックにしても否定はできないし、する気もない。お互いそう思っているらしいことは気づいているからだ。
 だが、目の前にいる子供は全く別だと言っていい。
 その瞳には他人を疑うという感情は微塵も映し出されていなかった。その子供がいる場所が自宅の敷地内でなければ、誰かに連れ去られたとしてもおかしくないのではないか。
 ここまでかわいらしいと犯罪的ですらある、とパトリックは思う。
 だが、子供はそんなパトリックの内心の衝撃に気づいていないかのように、必死に何かを考え込んでいた。
 その表情がふっと変わる。
「おじさん、アスランのお父さん?」
 問いかけてくる声すら可憐の一言だ。
「そうだ」
 その瞬間、彼の頬に浮かんだ笑みがまた壮絶にかわいい。一瞬、このまま連れて行きたい心境になる自分をパトリックは必死に押さえる。
 その彼の前で、子供は視線を家の方へと向けた。
「ママ! アスランのお父様だって!」
 そして、可愛らしい声を張り上げてこう叫ぶ。
 その声に答えるかのように、窓にこの子供の母親らしい人影が現れるのがパトリックにも見えた。
「あらあら……キラ。パトリックさんに玄関に回っていただいて。家で待っていただきましょう」
 そして、子供とよく似た印象の柔らかな声がこう返してくる。自分の名前を知っている、と言うことは、ただ隣に住んでいる家族と言うだけではなく、レノア達とかなり親しくしていると言うことだろう。
「そこまでご迷惑はかけられません」
 だが、それに初対面の自分が加わっていいものか、と、とっさにパトリックはこう言い返す。
「かまいませんわ。レノアからも頼まれていますし……今、連絡を入れますから。キラ?」
「はい、ママ」
 子供――キラは母親の言葉にしっかりと頷くと、パトリックへと手を伸ばしてくる。
「おじさま?」
 一緒に行こう……とキラはパトリックに微笑みかけてきた。その無邪気な表情に、パトリックは無意識のうちに頷いてしまう。
 そんなパトリックの仕草に安心したのだろうか。キラは彼の腕を自分の小さな手で掴んだ。
「こっち」
 声と共にキラはパトリックを案内しようとするかのように引っ張る。
 その小さな手に導かれるがまま、パトリックは道を歩いていく。小さな子供は自分の歩調に合わせるかのように、かなり急ぎ足だ。その事実に気づいて、パトリックは少し歩調を弛めた。
「おじさま?」
 そんな彼の仕草に気がついたのだろう。キラが視線を向けてくる。
「急がなくてもかまわないのだろう?」
 そんなキラを安心させるかのように、パトリックは微笑みかけた。そうすれば、キラも安心したように微笑み返してくる。その反応が本当に可愛い、とパトリックは思ってしまう。
「でも、おじさま、荷物重いでしょう?」
 キラが小首をかしげながらこう問いかけてきた。その視線の先には、パトリックの手に握られているバッグがある。
「気にしなくていい。入っているのは服がほとんどだからね。見た目よりは軽い」
「そうなの?」
 パトリックの言葉に、キラはほっとしたような表情を作った。
「あぁ」
 その表情に、この子供は他人のことも自分のことのように考えられるのか、とパトリックは思う。同時に、そういう子供だから可愛らしいと感じるのだろうか、とも。
 そういえば、レノアからの手紙に『アスランの親友』の事が書いてあった、と思いだした。その子はとてもいい子だと。だから、アスランにとってもいい影響を与えてくれるだろうとも書いてあったはず。
 それがキラのことであれば納得できるだろうとパトリックは思う。
 他人のことを思いやる気持ちは上に立つ者にも必要なことだ。だが、幼い子供にそれを理解させるのは難しい。まずは身近にいる者から、と思うべきだろう。そして、それを実践している者が直ぐ側にいれば、アスランにしても理解をするのは難しくないに決まっている。
 それがなくても、キラが息子の側にいることは彼にとっていいことに違いない。
「必要な物はこちらにもあるからね」
 この言葉でキラは納得したようだ。
「レノアおばさまが持っているもんね」
 アスランのお家にはいろんな物があった……とキラは笑う。
「そういうことだよ」
 こんな会話を交わしているうちに、彼らは無事に玄関まで辿り着いた。そこにはキラの母が待っている。
「ママ!」
 キラがパトリックの腕を掴んでいた手を放して、嬉しそうに彼女に駆け寄っていった。そのぬくもりが離れていった事をどこか残念に思っている自分がいることにパトリックは気づいている。
「キラ。お客様をおいてきては駄目でしょう?」
 目の前では小さな体を抱き留めながら、息子に向かってこう言っている光景が見えた。
「レノアに連絡が取れましたわ。アスラン君と一緒に空港で待っていたそうです。行き違いになってしまいましたのね」
 直ぐに戻ってくるそうですから、中でお待ちください……と微笑む彼女の表情は、腕の中にいる彼女の息子のそれとよく似ている。
「すみません」
「いえ、お気になさらないでください。レノアとアスラン君にはいつもお世話になっておりますから」
 この言葉に、パトリックはでは遠慮なく、と返した。



ザラパパが一目で落ちました(苦笑)さすがはキラ、と言うことにしておいてください(^_^;