「ド〜ジ!」 自分を見下ろしながらこう言ってくる菫色に、ラスティは言葉を返すことが出来なかった。 「あそこに僕がいて……ここにうちの隊長がいたからいいようなものの……でなかったら、本当に死んでたよ?」 どうせ、相手がナチュラルだからって侮ってたんでしょう……と言われて、返す言葉もない。実際に、そうだったのだからだ。その結果が、これだ。 痛みを感じながらも、ラスティは苦笑を浮かべる。 「クルーゼ隊が追いかけてきているから、本当なら直ぐに返してあげたいんだけど……こっちも任務中だから、そう言うわけにもいかないんだよね。まぁ、適当に誤魔化すから、ここにいて」 でなければ、さすがにまずい……と彼――キラは眉を寄せた。 「やっぱ、これ、地球軍の船なんだ……」 そんなことだろうと予想はしていたが。というより、そうであるのであればこの状況もわかる。 どう見ても、ここは普通の医務室でも居住区でもない。 おそらく検査用か何かで艦内の片隅に出来たデッドスペースだろう。そこに乱雑に作られたベッドが今の自分の立場を教えてくれた。 「そう言うこと。まぁ、ここは隊長が見つけたさぼりスポットで……僕ら以外知らないし、幸か不幸か、この船、生粋の軍人はほとんど残っていないからね」 意味ありげな口調でキラは言葉をつづる。 「ただ、民間人が多数乗っている。クルーゼ隊長には連絡を取ったから……適切な行動を取ってくれるはずだけど、まぁ、彼らの安全が保証されるまでは現状維持だろうね」 適当に攻撃をしかけてくるアスラン達をあしらって、この船を守る。 あっけからんとした口調でとんでもないセリフを口にしてくれたのは気のせいだろうか。 それとも、彼らなら可能なのだろうか。 「ともかく、怪我が治ったら、こき使うからね」 覚悟しておいてね、とキラは笑う。 「……ご褒美は?」 任務外のことだし、くれるよな……とラスティは思わず口にしてしまった。それに対し、 「命だけじゃ足りなかったんだ」 やっぱり見捨ててくるべきだったか……とキラは小首をかしげる。その様子は忌々しいほどに可愛らしい。 「……怪我が治ったら覚えてろよ……」 しっかりと体で取り立ててやる、とラスティは笑う。 「返り討ちにしてあげるから」 そうすれば、キラは立ち上がりながらこう言い返してくる。 「出来るもんなら、やってみやがれ!」 これが負け惜しみだとはわかっていても、ついつい口にしてしまうラスティだった。 「第一、僕がやらなくても他の誰かさんにやられるよ?」 ちがう? と彼は苦笑を浮かべる。それが誰を指しているのか、確認しなくてもわかってしまう。 「……二対一……いや、三対一なのかなぁ」 どちらにしても、自分には分が悪い。 「……やっぱり、無理は言いません……」 でも、キスぐらいはして欲しいかな……と呟くあたり、ラスティも懲りていないのではないか。もっとも、それを指摘してくれる相手は誰もいなかった。 「……キラ……」 大きく広がる星空を見つめながら、アスランは呟く。 「任務なんだろうって事はわかる、わかるんだけど……でも、何で……」 自分の手を振り払ってまであちらに行くんだよ、とアスランは付け加えた。 「命令違反だろうとなんだろうと、父上に頼んでもみ消してやるのに」 それとも、そうできない理由があるのだろうか……とため息をついた。 「なぁ……」 そんな彼の耳に、ディアッカの呆れたような声が届く。 「あれ、ぶん殴ってもかまわないかな?」 とさらに付け加えられた言葉に、アスランはどう言い返してやろうか、と考える。 「やめとけ。あのバカは、キラが向こうにいることが気に入らないんだろうしな」 それに言葉を返したのはミゲルだった。 「キラ……って、あのキラ?」 「そう、俺の可愛いキラ。でなきゃ、俺が二回も機体を失うはめになると思うか?」 一応、エースだぞ、俺は……とミゲルは付け加えている。 「……言われてみれば、そうか。でも、容赦ねぇじゃん」 本当に恋人なのか? とディアッカが笑いながら口にした。その表情の裏で、自分がミゲルに成り代わってやろうと考えているであろうと言うことは簡単にわかってしまった。 「見かけに寄らず厳しいからなぁ、あいつ。俺でなきゃ、死んでたって」 そう言うところも可愛いんだけどさ、と笑うミゲルの余裕が、アスランには気に入らな。昔から、一番彼の側にいたのは自分だったのに、とそう思うのだ。 それなのに、再会したときにはちゃっかりとキラの側にミゲルがいやがった。 いや、彼だけではない。 気がつけば、自分たちのうさんくさい隊長だけではなく、キラが配属されている隊の隊長や自分たちの同僚までキラの心を巡って争っているという状況だったりする。 「それでも、ちゃんと脱出の時間を確保してくれているあたり、好かれている証拠だろう?」 でなきゃ、マジでコクピット狙うぞ、あいつは……とミゲルは笑う。 「はいはい、そう言うことにしておくか」 勝手に言っていろ、と言うようにディアッカがわざとらしいため息をついてみせる。 「そういや、ラスティも向こうにいるって言ってたな。使い物になるようになったら、こき使うとさ。それで状況を見てこっちに戻ってくる、と言っていたぞ」 それまでは大人しくおいかけっこしているしかないのか、とミゲルはさりげなく口にした。 「マジ!」 「あいつ、生きてたわけ?」 「っていうか、何でキラさんと一緒なんですか!」 一人で一番おいしい役を取りやがって! と訳のわからないセリフまで室内に響き渡る。 「……怪我をしているラスティをあちらに潜入しているフラガ隊の者が保護したのだそうだ」 そこにいつの間にやってきたのかわからないクルーゼも口を挟んできた。 「そう言うことだから、本気で追いかけて、適当に攻撃をしかけるように」 くれぐれも落とすようなことはするな、と彼は笑いながら付け加える。 「戻ってきたとき、君たちがどんな対応をするかは……自由にして良いぞ」 この言葉に、一部の者たちが盛り上がったのは言うまでもないであろう。 「……戻ってきた瞬間、死ぬな、あいつ」 口ではこう言いながらも、少しも同情する気がないアスランだった。 「……だからさ……もう少しちゃんと休めって」 こう言いながら、フラガはキラの顔を覗き込む。 「生真面目なのは美徳だし、俺としても嬉しいが……でも、根を詰めすぎるのは違うんじゃねぇ?」 目の下にクマができているぞ……と付け加えながら、彼はキラの頬を優しく津t未婚だ。 「大尉が……大人しくご自分の仕事をこなしてくだされば、僕も十分休めるんですけど?」 誰のせいでマードックに呼び出しを受けていると思っているのか、とキラは言外に告げた。 「……仕方がないだろう。俺は、ああいった細々したことが苦手なんだから」 「嘘ばっかり」 その気になれば、いくらでも出来るはずだ、とキラは言外に告げる。 「単に面倒なだけでしょう?」 違いますか、とこちらのセリフは遠慮なくフラガにたたきつけた。これなら、誰かに聞かれても不審に思われないだろう、と。 「痛いところをついてくれるねぇ、坊主は」 本当に……と微笑みながらも、実のところは図星をつかれて怒っているらしい。キラの丸い頬を遠慮なくひねりあげている。 「い、ひゃい……」 さすがにこれは辛いのだろう。キラの目尻に涙が浮かんでいる。 「……第一なぁ……坊主があれを拾ってきたから余計に厄介な事態になっているんだろうが」 違うのか、と彼はさらに指先に力を込めた。 「とはいうものの……あれを見過ごしてしまうのは、俺としても寝覚めが悪いし……だから、許容範囲ではあるがな」 しかし、そのせいで自分が背負わなければならなくなった、あれこれに関する責任ぐらいは多少分かち合え!」 自分が彼らの間で走り回っているのだから、機体の整備ぐらいはやれ! と言いたいのだろう。 その理屈はわかる。 そして、どのような――そう。地球軍の、ある意味玩具に毛が生えた程度にしか思えない――機体であっても、彼ならばそれなりのものにできるだろう。まして《エンデュミオンの鷹》が使っていた機体であれば、ザフトのノーマルジンであれば互角以上に戦えるものになるだろう。 その事実も簡単に想像が出来た。 「……でも、大尉の癖なんかは、ご自分で調整して頂かなければ無理ですよ」 ようやく解放されたキラが、反論を試みる。 「ストライクならともかく、ゼロまで僕好みに調整するわけにはいかないでしょう?」 違いますか、と言われては、フラガも言葉に詰まってしまうらしい。 「何なら、マードック軍曹に確認しましょうか?」 さらにキラは反撃をする。 「……軍曹かぁ……そりゃ、パスして欲しいな……」 あのフラガにも苦手な存在があったのか、と改めて認識させられた。 しかし、とも思う。 一見、パイロット同士のじゃれ合いとも受け止められる会話も、自分の前ではやめて欲しい、とラスティはため息をついた。 「……この場に、ミゲルがいなくて……本当によかったな……」 後、アスランも……と彼は付け加える。 「何で?」 だが、その意図は本人には伝わらないらしい。 「上司と部下の、ほほえましいコミュニケーションの様子だろうが」 こちらはわかっているのだろう。意味ありげな笑みを浮かべつつフラガも言葉を口にする。そして、見せつけるかのようにキラの体を抱きしめた。それは、ものすごくやばいような体勢ではないだろうか。 「……ミゲルってば、実は哀れな奴……?」 ラスティのこの呟きに、答えは返ってこなかった。 「……だから、どうしてキラ達を連れ戻していけないのですか!」 今日も今日とて、いつものセリフがクルーゼの執務室内に響き渡る。 「地球軍の試作機は全てこちらの手にあるのですし、キラだって戻ってきた方が後々都合が良いはずです!」 だから、連れ戻すことを許可して欲しい! と彼はさらに付け加えた。 「アスラン・ザラ」 本当に、彼はあの《アスラン・ザラ》なのか……とクルーゼはため息をついてしまう。 キラから、確かに『アスランは僕が絡むと、たまにおかしくになるんだよね』とは聞かされていた。だが、これでは《変》というよりも《異常》と言うべきなのではないか。 「そうは言うがな、アスラン」 ともかく、いつものセリフを口にしよう。 「あちらには彼の上司もいる。その二人が戻ってこない、と言うことは、彼らの任務がまだ終了していない、と言うことではないかね? 或いは、彼らに保護されているラスティが、まだ動かせない状況にあるのか。どちらにしろ、彼らの判断次第だ。我々には手を出せない領域なのだよ」 キラは自分の部下ではい、とクルーゼは言葉を重ねた。 もっとも、それで納得してくれるようであれば、こんなくだらない会話を毎日のように繰り返してはいない、と思う。 「そんなもの! キラが地球軍のバカに何かされたらどうするんですか! 特に、あの悪名高い《エンデュミオンの鷹》に!」 本当に、彼の思考は今どうなっているのだろうか。 「……アスラン……君はエンデュミオンの鷹の本名を知っているかね?」 あの男もあの男だ。平然と本名で敵地に乗り込むな、と思う。だが、それでもばれないのだから、それはそれでまた問題なのだが、とため息が出てしまった。 「もちろんです。ムウ・ラ・フラガでしょう!」 「では、キラが所属している隊の隊長の名前は?」 当然、覚えているだろう……とクルーゼは付け加える。 「ムウ・ラ……フラガ、ですね」 苦虫を噛み潰したような表情でアスランは言葉を口にした。どうやらクルーゼが何を言いたいのか、理解したらしい。 「つまり、そう言うことだ」 彼がキラに無理矢理手を出すことはない。それ以前に、あの男が側に付いていてキラが危ない目に遭うわけがないのだ、とクルーゼは言外に付け加えた。 それでアスランが納得してくれれば一番いいのだろうが、そうでないことはこれからの経験で知っている。 「ですが……それとこれとは別問題ではないかと……」 さっさとキラを連れ戻せ、と彼は言外に付け加えてきた。 本当に、どうしてこうもしつこいのだろうか、この男は。というより、どうしてキラがかか代われば、ここまで盲目になってしまうのか、とクルーゼは改めて思う。 キラの《恋人》と公認されているミゲルですら、落ち着いてキラが自分で判断をして帰還するのを待っているのに、ただの幼なじみでしかないアスランがこうも騒ぐ理由が理解できないのだ。 「失礼します」 そんなことを考えていたからだろうか。端末からミゲルの声がする。 だが、彼が来るという予定はなかったはずだ。 普段であれば、彼が出来ることは彼の裁量で判断してかまわないことになっている。それだけの信頼を彼に与えてたし、そうでなければキラとのことを認めるわけもなかったのだ。 と言うことは、何か突発事態が起きたのかもしれない。 「入りたまえ」 そう判断をして、クルーゼはミゲルに入室許可を与える。アスランもまた何かを感じ取ったのか。表情を引き締める。 「申し訳ありません」 こう言いながらミゲルはクルーゼの前に近づいてきた。そのまま口を開こうとしたところでアスランの存在に気がついたらしい。複雑な表情を作っている。 「どうかしたのかね?」 クルーゼはそんな彼に向かって次の言葉を促す。そうすれば、彼としても口を開かないわけにはいかなかったらしい。 「実は……キラからメールがありまして……」 「何で、ミゲルにキラからメールが来るんだ!」 ミゲルが最後まで口を開くよりも早く、アスランがこう叫ぶ。 その事実にクルーゼはまたため息をついてしまった。 「まいったな、マジで……」 フラガが小さくため息をつく。 「どうか、したんですか?」 それをしっかりと聞きつけてしまったことは不幸なのだろうか。そう思いながら、ラスティが問いかける。 「何か、厄介事でも?」 それとも、何かミスを犯したのか。 そうは思うが、相手があの《フラガ隊》の隊長である以上、その可能性は少ないだろう。 と言うことは、キラの方だろうか。 ここまで考えて、その可能性はもっと低いのではないか、とラスティは思う。自分が知っている彼であれば、そんなわけはないと。 最後の可能性は、一つか、とラスティは考える。 「俺のことが、ばれましたか?」 出来るだけ気づかれないようにしていたが、人一人が生活していれば、完全に隠し通せるものではないだろう。こう思いながら、ラスティは眉を寄せる。 「……の方が、まだましだったな……」 だが、フラガの口から出たのは違う答えだった。 「と、おっしゃいますと?」 何か、とてつもなく嫌な予感がするのは、ラスティの錯覚だろうか。 聞いてはいけない、と第六感が告げている。 だが、聞かないわけにもいかないだろう。 「……お前、アスラン・ザラって知っているよな?」 ラスティの問いかけに対し、フラガはこう返してきた。だが、何故彼の口から同僚の名前が出るのだろうか、とラスティは思う。思うが、頷き返した。 「確か……キラと幼なじみだったか、と」 そう言えば、ミゲルがキラを連れてクルーゼ隊にやってきたときも大騒ぎだったのだ。 特にアスランは、アカデミー時代の彼が幻想だったのかと言いたくなるほどの崩れっぷりだったと言っていい。 「……あれが、そうなのか……」 どうやら、その話だけは聞かされていたのだろう。フラガは盛大なため息をついた。 「確かに、キラに関しては過保護なわけだ……こちらの状況を考えずに動いてくれる程度には」 ため息と共に告げられた言葉に、ラスティは嫌なものを感じてしまう。 「……あの……」 「あのお坊ちゃんはなぁ! よりにもよって、この状況でキラに任務を放り出して戻ってこい、とメールを寄越したんだよ!」 しかも、あの様子からすれば、キラがミゲルに渡した特性プログラムをパチってだ、とフラガは付け加える。 「……無謀な……」 はっきり言って、それ以外言いようがないだろう。 彼らがこの場に残っているのは、自分が動けないから……という理由があることをラスティは否定しない。 だが、それ以上に、ここにヘリオポリスの民間人が多数収容されている、と言うことが問題なのだ。 彼らを安全な場所に保護するための準備が必要だから、二人とも寝る間を惜しんで動いているらしい。 ここから出られないラスティに回されてくる仕事は微々たるものだが、それだけでも十分にわかってしまう。実際、ここにいる数日間で、アカデミー時代以上に頭を使っているし、新しいことをたたき込まれているのだ。 「だろう! 本当、目の前にいたら、ぶん殴っているぞ、俺は」 本当、状況が読めないバカは嫌いだ……と彼は付け加える。その表情と口調から、フラガがは本気で怒っていると言うことがラスティにもわかってしまう。 アスランに未来はあるのか。 思わず、本気でこう考えてしまうラスティだった。 「……キラ……」 小さなため息と共にアスランはこう呟く。 その脳裏には、愛らしいと言える幼なじみの面影が浮かんでいた。 「俺が知らない間にプラントに来ていたことも、ザフトに入っていたことも……あまつさえミゲルとくっついていたことも、キラに関してはもう怒っていないのに……」 どうして帰ってきてくれないのか……とアスランはため息をつく。 それは最近、よく耳にする言葉ではある。だが、いい加減にしろと周囲の者たちが思っているとは考えていないらしい。 「キラ……」 どうして帰ってきてくれないのか…… アスランはまたこう呟いた。 「……なぁ……」 同じ艦で待機中である以上、どうしても同じ場所にいなければならない。それに関してはかなり妥協できるとは思っていた。 思ってはいたが、現実には無理だった……と心の中で呟きながら、ディアッカは隣にいるニコルに呼びかける。 「なんですか?」 にっこりと微笑みながら、ニコルはそんなディアッカに言葉を返す。しかし、彼の瞳はまったく笑っていないことにディアッカは気づいていた。 だが、それにすらかまってなんかいられない。 というよりも、出来ればこのままニコルも巻き込んでしまいたい、とディアッカは考えていた。 「あれ、ぶん殴ってもいいか?」 出来れば、気絶するぐらい……と付け加えつつ、ディアッカはアスランの後頭部を睨み付ける。 「いいですね」 笑みを深めながら、ニコルは言葉を返してきた。 「ついでに、記憶喪失になって貰えば……少しは使い物になるかもしれませんね、あの妙にぼけた頭も」 あれが自分たちのトップだったなんて……とニコルはため息をつく。 「キラに会うまでは、真っ当だったからなぁ……」 と言っても、キラが悪いわけではないことは十二分に承知していた。 ついでに言えば、アスランに対し微妙な同情を感じていることもまた事実なのだ。 幼なじみで初恋の相手が、再会したときには別の相手とくっついていたなんて……となれば、ショックを受けないわけはない。しかも、その相手が自分の同僚であればなおさらだろう。 しかし、あれはないだろう……と思うのだ。 「……と言うよりも、キラさんのアスランのあしらい方が上手なんでしょうね」 ふっとニコルがこんなセリフを口にする。 「キラさんが一緒にいらしたときは、あそこまでひどくなかったでしょう? というより、まともだったような……」 確かに、多少ミゲルに対し含んだ物言いはしていたが。だが、両隊長が公認である以上、仕方がない、とも割り切っている節が見られたのだ。 それなのに、どうして今だけ……とニコルは表面上は可愛らしく小首をかしげる。 「……キラ欠乏症ってか」 何とはなしに思いついたセリフをディアッカが口にすれば、 「再会したから、病状が悪化したわけですね」 とニコルも納得をしたように頷いて見せた。 「本当……隊長に頼んでキラさんをこちらに引き抜いて貰いたい心境ですよ」 そうすれば、ミゲルだけではなく自分たちも嬉しいし……とニコルは続ける。 「いいな、それ……オヤジから手を回して貰うか」 「あぁ、それなら、うちの父も巻き込みましょう」 ザフトに関してならディアッカの父よりも自分の父の方が影響力が大きいだろう、とニコルがさらに言葉を重ねたときだ。 「いいな、それは」 いつから聞いていたのだろうか。アスランが直ぐ側で頷いている。 「父上からの命令であれば、キラだって素直に聞いてくれるはずだしな」 そう言いながら、アスランはそのまま二人から離れていく。その背中を呆然とディアッカ達は見送ってしまう。 「……ともかく、これでしばらく矛先はこっちには来ないな」 「本国の方が大変でしょうが……」 結局は、全部パトリックに向かうのだ。 アスランの父である以上、息子の責任を取って貰うしかないだろう。 二人はそんな同意をすると、詰めていた息を吐き出す。そして、そのまま何事もなかったかのようにそれぞれの思惑に沈み込んだ。 その後、パトリックのメールボックスがアスランからのそれでパンクしたとかしないとか。 「……そろそろ、大丈夫そうだね」 ラスティの包帯を変えながら、キラは呟く。 「無理な体勢をすればちょっと痛むけど……任務には支障がないと思う」 と言うことは、ただの役立たずなのだろうか、とラスティは苦笑を浮かべた。 「それで十分。しばらくは、この艦をどうこうする予定がないから」 まだ付き合ってもらう予定だし……とキラは苦笑を返す。 本来であれば、ラスティが動けるようになった今、この艦にいる必要はないのだ。ところが、上層部はとんでもないセリフをキラ達に告げてきた。 アークエンジェルはアマテラスに向かっている。 なら、アマテラスの盾のデーターを入手して来いというのだ、彼らは。 その有効性はキラにもわかっている。 だが、何でもかんでも自分たちに押しつけないで欲しい、と思うのがわがままなのか。 「……そうなのか?」 キラの表情から考えを読み込んだのか、ラスティが問いかけてくる。 「ついでに、取ってこれるだけの機密を手に入れてこいって言われているからね」 ことさら、明るい口調でこう返した。 「……なんか、行き当たりばったり?」 さすが、とラスティは突っ伏してしまう。 「そう言うことだからね。ラスティはここで待機。たぶん、僕らは拘束されるはずだから」 「へっ?」 何で、とラスティが顔を上げた。 「ユーラシアと大西洋連合は仲が悪いんだよ。だから、連中はストライクのデーターを欲しがると思うんだよね。ついでに、大尉達は邪魔だからという理由で監禁されるだろうし」 と言うわけで、自由に動けなくなるはずだ、とキラは説明をする。 「その間に、アマテラスをハッキングしろってか?」 俺、あまり得意じゃないけど……とラスティが呟いた。どうやら、キラが何を望んでいるのか理解してくれたらしい。もっとも、そのくらいはして貰わないと困るが。 「これをおいていくから。一応、僕が使っているハッキング関係のソフトは入れてある。あちらはこれのデーターも欲しがるはずだからね。システムが接続された瞬間、逆ハッキングするようにしてあるから」 だから、ラスティはそれを監視して、適当にバックアップをとって欲しいのだ、と言えば、彼はほっとしたような表情を作った。 「それとね。たぶん、クルーゼ隊の誰かが接触してくると思うよ」 この隙に、とキラは付け加える。 「了解。その時にデーターを送ればいいわけだ」 「そう。こっちがアークエンジェルとストライクのデーター。これも一緒にね。あぁ、個人的な連絡をするなら一緒にしてくれてもかまわないよ」 こう付け加えれば、ラスティは頷く。 「じゃ、任せて良いね?」 そろそろ戻らないと怪しまれる。キラがこう告げれば、ラスティは手をひらひらとさせた。 「じゃ、俺はお仕事が始まるまで、つらつらとメールを書いているから」 暇つぶしに、と告げる彼に、キラは了解の意を示すように手を挙げる。そして、そのままその場を後にした。 「何で、だめなんですか!」 本国からの連絡に、アスランは思わず怒鳴り返す。 「あの艦をさっさと捕縛してしまえば、すべて終わるのでしょう! 何よりも、父上はキラに会いたくないんですか?」 この言葉から、彼の通信相手はあの《パトリック・ザラ》なのだ、と誰もが理解をした。 「……さすがの国防委員長殿も、暴走したアスランを止めるのは難しいのか?」 ミゲルがため息とともにこう告げる。 「あれを止められるのは……マジで一人しかいないんじゃないのか?」 キラだけ、とディアッカが口にしている。それはそうだろう、とミゲルも認めるしかないのは事実だ。 「だけど……マジで何とかしないとやばいって」 このままでは、キラ達の任務にも支障が出るのではないか。それは、彼らの命の危険を招くといってもいいだろう。そう考えるのだ。 「と言ってもなぁ……本人達が『戻る』という判断をしない以上、俺たちじゃどうすることもできないって」 あちらもタイミングを見計らっているのだろう……とミゲルは口にする。そのときだ。 「ミゲル!」 単独任務に就いていたニコルがひょっこりと顔を出す。 「どうだった?」 キラ達と連絡が取れたか、とミゲルは気軽に声をかける。 「ラスティが動けるようになったので、そろそろ本格的に撤退の準備にかかるそうです。その前に、もらってこられるデーターは全部もらってくる、と言っていましたよ」 ラスティが、とニコルは気軽に言葉を返してきた。 「そうか」 彼らがそう言っているのであれば大丈夫だな、とミゲルがうなずき返す。 「……キラ達からメールだって?」 そのときだ。不意にアスランが声をかけてくる。 今、パトリックと話をしていたのではないだろうか、と誰もが思う。 まさかと思うが《キラ》の一言で飛んできた訳じゃないよな、とミゲルはため息をつく。 「で、いつ戻ってくると?」 しかも、何でこんな話になるのか、と。 「……まだわかりません。下準備を終え、ついでに避難民達の安全が確保できてから、だそうです」 それができない限り、下手に動けない……と言っていた、とニコルが口を開く。 「そんなもの……」 俺がなんとでも……とアスランが言いかけたときだ。 『本当か!』 回線の向こうでは、パトリックが驚愕の声を上げている。彼のそんな態度は珍しいのではないか、と誰もが心の中で呟いたときだ。 『ラクス嬢が乗った船が行方不明だと!』 だが、次に彼が口にした言葉で、ミゲル達もまた驚愕の渦にたたき込まれる。 「ラクス嬢が……」 「……まずいぞ、それは……」 ぼそぼそとイザーク達が囁く。それは、間違いなく波乱の始まりだった。 「あらあらあら……これはザフトの船ではありませんのね?」 同じ頃、アークエンジェルもまた波乱の渦にたたき込まれていたのだった…… 「どうするんですか?」 こそこそとキラがフラガに問いかけてくる。 「どうしよう、な……」 それに、フラガもこう言い返した。残念なことに、今回はキラをからかっているわけでも何でもないのだ。 「大尉!」 だが、キラには気に入らなかったらしい。 「まじめに考えてください!」 こういってフラガに詰め寄ってくる。その形相を、キラの恋人だというミゲルに見せてやりたい、と思うのは、決して意地悪でも何でもないであろう。 「まじめに考えているが……今すぐどうこうできる訳じゃないだろう? 俺じゃ接触するのも難しいって」 立場はともかく、その悪名のおかげで、とフラガは笑う。 「そんなの知りません! ご自分が悪いのでしょう!」 だが、その言葉でキラが納得をしてくれるはずもない。いや、逆に火に油を注いでしまったような感じもある。 「元はと言えば、あなたがよけいなことをしているからじゃないですか!」 おとなしく任務をこなしていれば、よけいな二つ名とか噂が地球軍全体に広がらなくてすんだだろう、とキラはさらにフラガを怒鳴りつけた。 「そうなんだけどなぁ……」 だが、それもこれも、情報を得るためだったのだ、とフラガは心の中で付け加える。もっとも、それと同じ事をキラにやれ、とはいえないが。 と言うより、そんなことをさせれば後が怖い、と言うべきなのかもしれない。 「ともかく……何とか、ラウ達と連絡を取れ! それまでは……おとなしくしてもらえるように頼むしかないんだろうなぁ……」 もっとも、それを聞き入れてもらえるか、と言うとかなり疑問だが。 「アスランほどじゃないとはいえ……彼女も《キラ大好き》人間で、本人を目にすると暴走しますからね……」 そんな二人の会話に、ラスティも口を挟んでくる。 「初めてキラと会ったときのことなんて……未だにクルーゼ隊の中では語りぐさですよ」 さらにこう付け加えられた瞬間、キラの視線が泳ぎ出す。よほど思い出したくない状況だったのだろう。 「俺は実際には見ていなかったからな……ラウの話じゃ、すごかったようだが」 いや、見たかった……と何気なく付け加えた瞬間、キラの鉄拳がフラガの頬にヒットする。 「こら、坊主!」 「……バジルール少尉に、大尉にセクハラされた、と泣きついていいですか?」 フラガが文句を言う前に、キラがこ言う。はっきり言って、彼の瞳が『本気だ』と告げていた。そんなことをされたら、間違いなくただではすまないだろう。 「……すまん……」 こうなれば、先に謝った方が勝ちだ、とばかりにフラガは口にする。 「ただな、ラクス嬢の説得は頼む」 それだけは自分ではできない……と告げれば、キラも渋々ながらうなずいた。 「それにしても、何で彼女が……」 「……まさか、キラに会いに来た訳じゃないよな?」 ラスティにしても、冗談で口にしたのだろう。しかし、十分にあり得る状況に、三人とも固まってしまった。 時間だけが周囲を流れていく。 そんな彼らの耳に、なにやら不吉な音が届いた。 「……つまりませんわ……」 キラとともに与えられた士官室へと戻りながら、ラクスがこう呟く。 「せっかく、御邪魔虫抜きでキラ様と一緒にいられると思いましたのに……」 さらに付け加えられたセリフに、キラは本気で頭を抱えたくなってしまった。 「ラクス……お願いですから……」 どこで誰が聞いているのかわからないのだから、うかつな事は言わないで欲しい……と小声で囁く。ナチュラルであれば聞き取れないであろうその大きさの声も、彼女であれば、十分理解できるはずだ。 「つまりませんわ……この子はお散歩が大好きですのに」 だから、ここは一応《敵艦》なんだ、とキラは思う。 それとも、わかっていてやっているのだろうか。 「ラクス……ここはナチュラルばかりですから……」 彼女の身に何かあっては自分が悲しい、とキラは言外に付け加える。直接彼女の行動を注意するよりも、こういった方がいいらしい……とフラガ達から言われていたのだ。 「……キラ様を、悲しませるわけにはいきませんわよね……」 だめもとで口にしたのに、ラクスはあっさりとこう呟く。 「そう思うのでしたら、おとなしくしていてくださいませんか?」 これで、自分たちがあちらに合流する準備に専念できればいいのだが、とキラは願う。 「でも、一人ではつまりませんのよ? キラ様とお話もしたいですし……」 だが、予想通りのセリフをラクスは口にしてくれた。 「……おとなしくしてくださらないのですね……」 ラクスの態度からこう判断をして、キラは思わずため息をついてしまう。 「いっそ、この船、私がいただいてしまいましょうか」 しかし、それすらラクスの耳には届かなかったらしい。こんなとんでもないセリフを彼女は口にしてくれた。 「……ラクス?」 一体何をする気なのだ、彼女は……とキラは思う。 「あのですね……僕たちにも作戦が……」 「わかっておりますわ。ご心配なく」 にっこりと微笑む彼女を、無条件で信じられればどれだけいいだろう。だが、そうはできないのは、間違いなく、彼女の過去の行動のせいだ。 本当に、どうして本国は彼女を野放しにするようなまねをしてくれたのだろうか。 思わずこんなセリフすら言いたくなってしまうのは、現状から逃れたいからだろう。 「……おとなしくしていてくださらないと……二度とお会いしませんからね……」 こんなセリフで彼女の行動を制止できるとは思わない。だが、キラはついついこう呟いてしまった。 「それはいやですわ……わかりました。本当におとなしくしております」 艦の乗っ取りなんていたしません……とラクスは口にする。 「……そう言うことを考えていらっしゃったんですか、貴方は……」 そんなことをされる前に釘を刺しておいてよかった、とキラは思う。同時に、彼女に対する監視を強めなければいけないのだろうか、とも。それも、アークエンジェルのシステムとは別の方法で、だ。 「一週間以内に動きます」 そんなことを考えつつもこう口にする。 「あちらに付いたら……しっかりとおつきあいくださいませね?」 だが、ラクスの方はさらに上手だったらしい。こんなセリフを口にしてくる。 「……隊長達の許可があれば、でよろしいですか?」 だが、それを無下に否定すれば、彼女のことだ。自分が考えていることを実現するに決まっている。それよりは、フラガ達に押しつけてしまった方がいいのではないか、とキラは判断をした。 「では、お約束しましたわよ?」 しかし、それがラクスの脳裏の中ではどう変換されたのか。キラにはわからない。 「では、また後で」 ラクスは微笑むと部屋の中へと入っていく。 「……本当に恨みますからね、大尉……」 その華奢な背中がドアの向こうに消えた瞬間、キラはこう呟いていた。 |