ラミアスとの連絡は、それからもラクス経由で何とか取ることが出来ていた。
 同時に、フラガはアスランとキラの話をする機会も増えていた。
「……そうですね……キラは、頼まれるといやとは言えない性格でしたから……」
 整備員に頼まれたOSのカスタマイズの話になったところで、アスランはかすかに微笑みを浮かべるとこう言う。
「嫌いなことでも引き受けてしまって……幼年学校時代はよくフォローさせられたものでした」
 彼の瞳にはあくまでも過去を懐かしむ色だけが浮かんでいる。
「……そうか……」
 考えてみれば、自分はあの少年にどれだけ無体なことを押しつけてきたのだろうとフラガは思う。
 最初にストライクを動かしたときも、二度目の時も、とりあえず事故だったのだ。
 だが、その後からは違う。
 自分が明確な意思をもって彼に乗る事を強要したのだ――民間人の命と引き替えに――彼が壊れると、戦いに巻き込んではいけないとわかっていたのに、だ。
「……じゃ、俺たちは恨まれていてもおかしくないわけだ……」
 彼らが敵対しなければらない状況を作り出したのは自分たちなんだし……とフラガは口の中で付け加える。
 しかし、それはしっかりとアスランの耳に届いていた。
「……あの状況では仕方がないでしょう。元はと言えば、俺たちがヘリオポリスを急襲しなければ良かったんですから……」
 そうすれば、キラが連合軍の秘密工場に迷い込むことも、ストライクに乗ることもなかっただろう。
 アスランがそう考えていることはフラガにもわかった。
 だが、それを言うならば、連合がヘリオポリスでMSの開発を行わなければよかったのだ……と言うことになるのではないだろうか。
「……結局は、堂々巡り……ですね、これも……」
 どちらが悪いのか、を考えていけば、戦争の原因と同じ所まで行き着いてしまうだろう。
「あいつが第一世代だったのがいけないとまで言いそうですしね、今のままだと。あいつのご両親には、あいつをコーディネイターとして産んでくれて感謝しているのに」
 恨み言を言ってしまいそうだ、とアスランは苦笑を浮かべる。
「……坊主が、それだけ大切だったと?」
 そんなアスランの様子に、少しだけ歩み寄ろうかとフラガはこう問いかけた。
「キラだけが『ザラ』の名を気にすることなく接してくれたので」
 ザラ家の名を気にすることなく、一人の人間として自分を見てくれた存在は珍しいのだ……とアスランは付け加える。その彼の表情は、本当に『優しい』と言っていいものだった。
「そう言えば、坊主は他の連中にも同じような態度で接していたな……」
 アルスター家というのはナチュラルの中ではそれなりの家柄だったが、それを気にする様子は全くなかった。もちろん、カガリに対してもそうだった。
 あれだけ控え目な性格だというのに、気がつけば人の心の中に深く入り込んでいる。そして、それがいやだと誰にも思わせない。
 それがある意味《キラ》の魅力だと言えるのだろうか。
「気がついたらそこにいるのが当たり前になっていた存在……って言うのが坊主だったな」
 だから、誰もが彼の存在を頼りにし……そして、枷をつけてしまった、とフラガは心の中で付け加える。それは自分自身も同じだった、とも。あの華奢な体にどれだけの重荷を背負わせてしまったことか。
「……もし、もう一度、坊主に会えるとしたら……どうなさいますか?」
 ふっと思いついたという態度で――と言うより、実際気がついたら口から出ていたのだが――フラガはアスランに問いかけた。
「あなただったら、どうされるのですか?」
 それにアスランは逆に聞き返してくる。
「俺、ですか? そうですね……とりあえず、坊主が嫌がることを一通りしてから『お帰り』と言ってやりますよ」
 あの意地っ張りにはそれが一番効果的なようですから……とフラガは笑みを向けた。
「それ、いいですね」
 アスランが小さな笑い声を立てながら同意を示す。
「キラが嫌がることと言うと……何があるだろうな……」
「少なくとも、抱きかかえ上げられて運ばれるとか、子供扱いされるといった行為は嫌がっていましたね」
 他にもあれこれあったような気はするのだが、今思い出せるのはそんなことばかりだ。どれもこれも、フラガにとってはたわいのないコミュニケーションのつもりだった。しかし、キラが本気で嫌がられたから、自分もついついエスカレートしていって周囲の者たちからよくストップをかけられた。それがまた整備陣のレクリエーションになっていたらしいとマードックから聞いたこともある。
「そうですか。俺が知っているキラは、逆に触れられることを好んでいたはずなのですが……」
「それは、あなたが相手だったからもしれませんね」
 おまけがなかっただろうし……と言う言葉をフラガはあえて口にしなかった。
「だと、嬉しいのですけどね」
 アスランは一瞬だけフラガの背後に別の誰かを求めるような色を瞳の中に浮かべた。
「もう一度……もう一度、キラに会うことが出来たら……どこかに閉じこめるかもしれませんね、俺は。もう二度と戦わなくてはならないような状況に陥ることがないように」
 さりげなく告げられた言葉をどう受け止めればいいのか。
 さすがのフラガも咄嗟に答えを導き出すことが出来ない。
「……それって、告白に似ていますね」
 ようやく口から出たのは、こんな訳のわからないセリフだった。
「それは……穿ちすぎではないかと……」
 いくら何でも……と言いかけて、アスランは言葉を飲み込む。そして何かを逡巡するかのように視線をさまよわせ始めた。
「どうかしましたか?」
 その様子にフラガは思わずこう問いかけてしまう。
「い、いえ……何でもありません」
 そんな彼の言葉に我に返ったのだろうか。アスランは彼らしくない曖昧な笑みを浮かべるとこう口にしたのだった。