「さて……どこまで信用していいんだろうな……」 自分に与えられた部屋のベッドに体を投げ出しながら、フラガは呟く。 少なくとも彼は自分に対しても――もちろんコーディネイターの部下達に対しても――公平であろうとしているようだ。 そして、『彼』の友人達の話から、彼が『彼』の友人であったことはフラガも聞いている。それも『親友』と呼べるような間柄であったらしい。 しかし、二人の関係は自分たちが巻き込んでしまった『戦い』によって変わってしまったはず。 一度は、お互いがお互いを倒すために死力まで尽くしたのだ、彼らは。 そして、危なく自分たちは『彼』を失いかけたのだ。 もし、今、自分たちが隠していることを彼らに知られたらどうなるだろう。 「……まだ、時間は残されているか……」 もう少し自分の『上官』を見極める時間が欲しい、とフラガは心の中で付け加えた。 隠している内容が自分のことならばかまわない。 こうしてここにいる以上、いくらでも弁明や釈明が出来るのだから。 だが『彼』は違う。 誰よりも守りたい――守らなければならない相手。 そして、彼は今弁明もなにもすることが出来ない状態なのだ。 だから、完全に大丈夫だと判断できるまで隠し通す。 それが自分たちが出した結論だ。 正確に言えば、自分たち以外に彼のことを知っているものも一人だけだがいる。一時期だけとは言え、アークエンジェルでともに戦った彼女であれば『彼』のことを教えても大丈夫だろうと全員の意見が一致したのだ。自分たちに万が一のことが起こったとき『彼』のことを任せられる存在が必要だったという理由もあった。それ以上に、彼女が『彼』のことを気に入っていたこと、そして、プラントから『彼』を守れるだけの権力もあると言う点で。 だが、今の自分の上司はと言うとはなはだ疑問だ。 「それに、俺だけじゃ決められないからな……」 抜け駆けをしたら他の者たちがどのような反応を見せるか、簡単に想像できる。 それ以前に、話し合いどころか、そう簡単に連絡が取れない……というのが現状なのだ。 どうやら、ザフトの者たちはアークエンジェルの元乗組員達の実力を過大評価しているらしい。 「それもこれも、みんな、坊主のおかげだったんだけどな」 彼がいたから、自分たちは無事に地球まで辿り着けた。そして、最後の瞬間まで命を長らえることが出来たのだ。 そして、今自分たちに与えられている厚遇も、結局は彼がもたらしてくれたものなのかもしれない。 フラガは苦笑を浮かべると体を起こす。 そして、手を伸ばしてサイドテーブルの上からたばこを取り上げた。それを口にくわえつつ窓へと歩み寄る。 「結局、今でも俺たちはお前に頼っているって言うことなのか」 ここにいないのに、誰よりもその存在を感じてしまうのはどうしてなのだろうか。 他の者はどうかわからないが、自分は恋人であるラミアスよりも『彼』のことを思い出す方が多いことにフラガは気づいてしまった。 「どうせ、あいつもそうなんだろうがな」 彼女にしてもこう言うときに思い出すのは自分ではなく『彼』なのだろうという妙な確信がフラガにはある。 そう言えば、彼女との仲も『彼』が取り持ってくれたようなものなのかもしれない……と思いついてしまった。 「早く、大手を振って歩けるようになるといいんだけどな、お互い」 そのためには、自分たちがもう少し自由を取り戻すことが先決だろう。あるいは、ザフト内で発言権を得られるようになるか…… 「……努力なんて言うのは、俺のがらじゃないんだがな」 それでも『彼』の為なら仕方がないか、と思ってしまう自分がいる、とフラガは苦笑を深める。 「まぁ、他の連中もそうだろうからな」 何とかなるだろう、と呟く。いや、何とかしなければならないのだ……と次の瞬間、言い直すフラガだった。 その直後だった。 フラガがアスランに呼び出されたのは。 「すみません、休憩中に」 苦笑を浮かべつつ、アスランが開口一番謝ってくる。 「いえ……別にすることもありませんでしたから」 そんな彼に、フラガは苦笑を返す。実際、周囲にいる知人と言えば同じ隊の者たちしかいない。そのほとんどはコーディネイターだし、数少ないナチュラルはそんな彼らに目をつけられないようにと息を潜めているような状況なのだ。いくらフラガでも、そんな彼らの中で目立つような行動は出来ない。 「それならいいのですけど」 フラガの言葉を鵜呑みにしていないと態度で示しながら、それでもアスランは笑みを返した。 「本国で、ラクスに会いまして……これを預かってきました」 そう言いながら、アスランはフラガに手紙と薄い箱を差し出す。 「……お嬢ちゃんから……じゃなくて、ラクス嬢からですか?」 ついつい昔の呼び方を口にしてしまったフラガは慌てて言い直した。 「呼びやすい方でかまわないと思いますよ。彼女としてみれば、かしこまっているあなたに違和感を感じているようですから」 俺としても、地を出して頂いた方がいい……とアスランは笑いながら付け加える。 「……そうおっしゃるのでしたら、出来れば敬語はやめて頂けませんか?」 アスランの方が上官なのだから……とフラガが言えば、アスランは笑みにかすかに苦いものを含ませた。 「それは、幸いなことに我々が勝利することが出来たからでしょう? 少なくとも、俺はあなたの技量と経歴に敬意を持っておりますが?」 それだから、敬語を使ってしまうのだ……というアスランだが、自称が『私』から『俺』に変えたのは、フラガの言葉を尊重してのことだろう。 「そう言えば、ラミアス元少佐がラクスの護衛に付いていらっしゃいましたよ」 彼女が望んだのだそうで……と付け加えるアスランに、フラガは驚いたような表情を作る。 「それは……知りませんでした」 連合軍と違ってザフトでは女性は前線に出ないことになっていった。それは現在も変わっていない。だから、ラミアスも地上勤務に就いていたことは耳にしていた。しかし、彼女が実際にどこにいるかまではフラガには教えられていなかったのだ。 「彼女は……コーディネイターの代表ですからね。その側にナチュラルであるラミアス元少佐をつけて、我々がナチュラルを軽んじていない……というパフォーマンスの一環だ、と言うことは否定しません。ですが、ラクスにしてみればラミアス元少佐を気に入っていたから……という理由ですね、間違いなく」 それ以外の理由はないだろうとアスランは付け加える。 「ならいいのですが」 それなら、ラミアスは自分よりも自由に動けるのではないだろうか、とフラガは思う。それは『あの一件』にとってはいいことだろう。上手く行けば、ラクスにも協力をしてもらえるかもしれない。それだけは自分たちにとってプラス要因だ。 「……本当は、キラにその役目を割り当てたかったようなのですけどね」 彼であれば、政治的にも能力的にも――そして、ラクスの心情からしても――適任だっただろうとアスランは呟くように口にした。 「坊主、ですか」 まさかこんな風に直球勝負をかけられるとは思っていなかった。そのせいだろうか。フラガは動揺を隠しきれない。 「えぇ……ストライクのパイロットだった、コーディネイターです」 憤りと言うよりは、まるで何かを懐かしむような口調でアスランは言葉をつづる。 「俺と彼は幼なじみでしたので……出来れば、どのような形でもいいから、もう一度会いたかった……と思います」 穏やかな表情で告げられた言葉をどう判断すればいいのか、フラガにはわからない。 「そうですか」 こう言い返すのが精一杯だった。 アスランから渡された荷物は、フラガに着て欲しいと書かれたメッセージが付けられたセーターと、ラミアスからの手紙だった。 「……ばれたらどうする気なんだか」 もっとも、これが『ラクス』からのものだ……となれば、わざわざ中を確認するようなことをザフトの者たちはしないはずだ。それがわかっているから、ラミアスは彼女に託したのだろう。 ともかく、礼状だけは出さないといけないだろうとはわかる。 わかるが…… 「……面倒くさい」 元々書類なんて苦手なのだ。それが親しい相手に宛てての手紙だとしても同じこと。まして、礼状となれば最低限の形式はふまえないといけないだろう。 それでも、自分の目の前にある手紙の内容は、いい報告だと言える。 「……嬢ちゃんの管轄になったのなら、あいつが見つかる可能性は少ないな……」 そして、その瞬間を迎えたときにも、あの場所で『彼』が誰にも出迎えられないと言うことはないはずだ。 「後は……彼の真意か……」 先ほどの言葉をどう受け止めればいいのか。 フラガは紙面から視線を外すと考え込む。 アスランが《キラ》を死んだものと思って思い出話をしたかったのだろうか。 それとも、自分に向かってかまをかけてきたのか。 後者だった場合、その理由を探らないといけないだろう……とフラガは眉間にしわを寄せる。 ラクスと同じように協力をしてもらえるのであればかまわない。だが、逆に危害を加えようとしているのであれば、例え何をされようと伝えるわけにはいかないに決まっている。 「こう言うとき、お前さんと話が出来ないって言うのは辛いよな」 小さく呟かれたのはラミアスの名前。 「早く、全員が幸せになれるようにがんばらないとな」 こういう事は、やはり上司の仕事だろうし……とフラガは呟く。 「俺の場合は、みんなの幸せが俺の幸せって言うつもりはないけどな」 最低限のメンバーの幸せを守ってやるのが精一杯だ……といいながら、フラガは再び手紙に視線を落とす。 「お前さんの場合は、本気でそう思っていそうだしさ」 難儀な性格だよなぁ……と呟くフラガの表情は、それでも優しいものだった。 |