イージスのモニターにもストライクが出撃したのがしっかりと映し出される。 「……キラ……」 結局はキラを戦場に出してしまったか、とアスランは唇を咬む。 だが、それをいつまでも悔やんでいられないというのもまた事実だった。 「だからといって、お前らにキラを渡すわけにはいかないんだよ!」 イージスと今まで交戦していた相手がストライクへ向かおうとするのを見て、アスランはこう叫ぶ。 「第一、お前の相手は俺だろうが!」 そして、イージスをMA形態に変形させると、その背にクローを突き立てる。もっとも、反射的に回避運動を取られたせいで致命傷と言うところまで行かなかったが。 それでも、それなりの損傷を与えたことでアスランはとりあえず満足をする。 相手もアスランの方を先に片づけようと判断したらしい。機体を向き直らせた。 「それでいいんだよ!」 少なくとも、こいつがキラを襲うことは当分ないだろう。そして、こいつと同程度のレベルの者は後一人か二人だ。そのうちの一人はニコルが対峙している以上、キラの所へ行けるのは一人だけ。その程度であれば、今のキラでもさほど負担にならないのではないか……というのがアスランの計算だった。 「お前なんかに時間をかけてやるのも業腹だがな」 そう言いながらも、実のところ一瞬たりとも気を抜けないのは事実だ。 キラの様子を確認するのもままならない。 だが、どうやらジンが数機、ストライクの周囲に展開しているのだけはわかった。 なら、今すぐキラが拉致されると言うことはないだろう。 「しかし、こういう状況で、あいつらがいないのが痛いな」 イザーク達がいればもう少し状況は楽になっていたのではないだろうか。少なくとも、キラをストライクで出撃させることはなかっただろうと思う。同時に、フラガがいればキラが出撃してももう少し安心していられたのではないだろうかとも。 「ともかく……さっさと片づけて、キラの所へ行かないと……」 動きを止めて、スキュラでもたたき込むか……とアスランは相手の隙をうかがう。 だが、相手にしてもそれなりに経験を積んでいるパイロットだ。そう簡単に隙を見せてくれるわけがない。 どうするかと、アスランが思ったときだった。 『まさか!』 ニコルのどこか焦ったような呟きが、自棄に鮮明に耳に届く。 「何が!」 あったんだ……と問いかけようとして、アスランは言葉を失う。 イージスのセンサーにも、新たな戦艦とMSがこの場に参戦しようとしているのが映し出されているのだ。 これが、敵のものだったとしたら…… 間違いなく自分たちは負けるだろう。 そして、キラは連中の手に落ち、意に染まない行為を強いられるに決まっている。 「……そんなことさせるか!」 そう思っても、今の自分にはどうすることもできない……とアスランが歯がゆく思ったときだ。どうやら、相手も同じように戸惑っているような気配が伝わってきた。いや、自分たちよりも連中のほうがより焦っているように思えるのは間違いないだろう。 「何なんだ?」 そう思いながら、アスランは新たに参入してきた機体についてのデーターを確認する。 それらが出している識別信号はオーブのもの。 と言うことは…… 「カガリか!」 一体どうやって自分たちの危機を知ったのか。そうは思うが、オーブのMSであれば目的は『キラの保護』に決まっている。 そして、余裕を取り戻した意識でさらに確認をすれば、その中にザフトの識別信号も確認できた。その中にはバスターとデュエルのものもある。 『ブルーコスモス残党に告げる! 貴様らの本部は先日壊滅した。これ以上の抵抗は無駄だ。おとなしく投降するがいい』 オープン回線を使って、クルーゼがこう宣言をするのがアスランの耳に届いた。いや、アスランだけではなく全ての者たちの耳に届いていただろう。 「クルーゼ隊長?」 一体どこから……と思えば、ストライクの側にシグーがいることにアスランは気づいた。同時に、フラガ用のアストレイもその反対側に存在している。 あの二人が側にいれば、どのようなパイロットでもキラをストライクごと拉致していくことは不可能だろう。それどころか、これ以上の戦闘を続けることはイコール『無駄死に』だけではないだろうか。 実際、多くのものが投降信号を上げている。 「……一番おいしいところを持って行かれたような気がするのは、俺だけか?」 ほっとした瞬間、アスランの口からこんなセリフがこぼれ落ちた。それでも、これでキラを危険にさらすことはなくなったと思うと安堵の方が大きい。 目の前の相手も、どうやら既に戦意をなくしているようだ。 既にアスランの意識はそれから離れている。そのままイージスを反転させると、アスランはストライクの側へと全速力で向かった…… 「アスラン!」 イージスのコクピットから姿を現すと同時に、アスランの耳にキラの声が届いた。いや、それだけではない。ストライクのコクピットからまっすぐに自分の元へと進んでくる華奢な体がアスランの視界には映し出されている。 「キラ?」 どうしたんだ、と問いかけながらも、アスランはその体を抱き留めようと両手を広げた。 「……無事でよかった……」 キラはため息と共にアスランの首にすがりつく。かすかに震えているその腕から、本気でキラが自分のことを心配していたのだ、とアスランは理解した。 「当たり前だろう?」 キラの背を優しく叩きながら、アスランは言葉を口にする。 「俺がキラをおいて死ぬわけないじゃないか。これから、やっと俺たちの時間が再び動き出すって言うのに」 死んでたまるか……といいながら、アスランは方にすがりついているキラの顔を上げさせた。その菫色の瞳が揺らめいているのは見間違いじゃないだろう。 「だから、もう泣くな」 キラ……と囁きながら、そうっとその頬に唇を押し当てる。 本当なら唇を重ねたいとアスランは思う。そうしてぬくもりを分かち合えば、キラの中にある不安を自分が吸い取ってやれるだろうと。 しかし、人目があるこの場では、逆にキラを怒らせるだけだ。 「……わかってるんだ……でも……」 怖かった……とキラは吐き出す。何度も同じ状況を経験したのに、今回は特に怖かったのだ、と。 「キラ」 それが自分があの場にいたからだ、とアスランにはわかってしまった。 3年前にもそれはあっただろう。だが、あの時とは自分たちの抱いている思いが違う。それがキラに不安を与えているのだろうと思えば、アスランは不謹慎だとは思いつつも、どこかうれしさを感じてしまった。 「もう、全部終わったんだ。だから、心配することは何もない」 ねっ、と囁くと、アスランは一瞬だけキラの体を抱く腕に力を込める。そして、そうっと腕を解いた。 「ともかく、着替えてブリッジに行こう。クルーゼ隊長達と連絡を取らないといけないだろうし……他にも心配をしている者がいるに決まっている」 あるいは、オーブの艦にはカガリが乗っているかもしれないし……とアスランはため息と共に口にする。 「確かに……カガリならやりそうだね」 まして、フラガ達が協力を求めたりしたのであれば、無条件で自分が出撃をしてくるに決まっているのだ、彼女は。 「だろう? で、いつまでもキラが顔を出さないと、今度かこっちが攻撃される」 だから、不本意だが着替えようとアスランは付け加える。 「……うん……」 うっすらと頬を染めながら、キラは頷く。 「大丈夫。ここでは何もしないよ」 後始末が終わったらゆっくりとね……とアスランが囁けば、キラはさらに頬を紅くする。 「その前に、キラは体の方の治療だけど……」 そんなキラを抱きかかえるようにしながらアスランはハッチを蹴った。そして、そのままパイロット控え室へと体を流していく。 アスランの腕の中、キラは逆らうことなく、逆に体をすり寄せてきた。腕の中にある体躯の重みが、アスランにようやく戦いが終わったのだと改めて実感させてくれる。同時に、キラが側にいてくれることの幸せをかみしめていた。 |