戦いが終わっても直ぐに全てが終わるわけではない。 ザフトで隊を率いているものとしてアスランは後始末に追われていた。 「それでも……キラの身に危険が及ばなくなっただけでもマシか」 ブリッジのシートに身を沈めながらアスランが呟く。 「でしょうね。まぁ、馬鹿はいるでしょうが、マリューが処理するでしょう」 それに、最近は子供を出産したナタルがリハビリだと言ってキラの側に付いているそうだし……とフラガが笑う。 「それに、ラウの奴もそれなりに手配をしているでしょうし」 キラに関してはまったく問題がないだろう、とフラガは付け加える。 「そうですね。俺としては貴方にも申し訳ないと思っているんですけど」 これが終わらない限り、ラミアスとの式は挙げられないだろうとアスランは苦笑混じりに問いかけた。 「まぁ、今更……ですけどね、俺たちの場合は……」 後少し、キラが退院できるまでは……というのが二人の共通した認識だ、とフラガは口にする。その耳がほんの少しだけ紅く染まっていることをアスランはしっかりと認識していた。 「……キラの件が終わらなければ、お互い安心できない……と言うことは否定できませんけどね。それに、貴方達の結婚式を口実にプラントに押しかけようとしている連中もいることだし」 キラの友人達に関しては問題はないが、とアスランはため息をつく。 「カガリ嬢ちゃんですな、問題は」 今まで自分たちが独占をする形になっていたのだ。キラの実の姉である彼女が、それを苦々しく思っていたことは想像に難くない。 「……まぁ、彼女の怒りはいくらでも引き受けるけどね……」 だからといって、キラをもう手放すつもりは全くない。むしろ、何もなければいつでも側にいて欲しいとまで思ってしまう自分に、アスランは苦笑を浮かべる。 「幸せでそれどころではないと言う顔ですね」 からかうようなフラガの言葉に、アスランはさらに苦笑を深めた。 「ようやく、本当の意味でキラに平和を認識させてやれそうですからね。それに……離れていた時間の分、してやりたいこともたくさんありますから」 考えてみれば、あれこれ処理をしなければならないことがたくさんある――その最たるものはラクスとの婚約の件だろうか――それでも、キラのためならなんでもできる、というのはアスランの中で昔から変わらない事実だったりする。 「そうですね。俺も、あの時あいつにそう約束しましたし……ようやくかなえてやれそうですよ」 それだけが心残りだったのだ、とフラガも呟く。 「あの時、あれ以外あいつを救う方法がなかったとは言え……再びストライクに乗せてしまったのは事実ですからね」 自分たちがもう少し早く戻ってきていれば、キラがストライクで出撃をすることはなかっただろう……とフラガはため息をついた。 「ったく……元はと言えば、ラウの奴が……」 タイミングがどうのこうのと言うから……とぼやくフラガの言葉に、アスランは今までとは違った意味で苦笑を浮かべる。 「まぁ、あのタイミングで良かったのかもしれませんよ。あちらも、オーブの参戦で一気に戦意を失ったようですし……」 クルーゼは元から芝居がかったことが好きだったから、とアスランは告げた。 「一体どこで性格がねじ曲がったんだ、あいつは……」 そのセリフに、フラガは再びため息をつく。 「キラだけは、あの性格のままでいて貰わないと、俺たちの心が辛いな……」 素直なあのままで、ずっといて欲しい。もう二度とあの瞳が悲しみに彩られることないように……と言外に告げるフラガの言葉は、アスランの耳にもしっかりと届いていた。 「もっとも、それは既に俺たちの役目じゃないんだろうが」 そう言いながらフラガがアスランをまっすぐに見つめてくる。 「わかっています。それは俺の役目ですし、誰にも譲りませんよ、もう」 だから安心してくれ、とアスランは笑い返した。 「期待しているよ、アスラン・ザラ。もっとも、しっかりとお邪魔はさせて貰う予定だが」 「それは……諦めています。お二人だけじゃないでしょうから、邪魔をしに来るのは」 キラはみんなに好かれているから、とアスランは付け加える。 それでも、キラが選んでくれたのは自分だ。そう思えば、多少のことは目をつぶれそうな気がするアスランだった。 光が注ぐ小さな教会。その一室で、ラミアス――マリューは純白のドレスを身にまとっていた。その傍らには、淡いラベンダー色のドレスを身にまとった少女が佇んでいる。 「みんな、遅いわね……始めちゃうわよ」 綺麗に口紅が塗られた唇をとがらせながら、マリューがこう言えば、 「仕方がないですよ。みんな、地球からですし……ラクス達が迎えに行ってくれているとは言え、手続きが面倒でしょうから」 それに少女――キラが苦笑混じりに言葉を返す。 「それに、始めると言ってもフラガさんが戻ってこなければどうしようもないかと」 一緒に行っちゃいましたし、とキラはさらに苦笑を深めた。 「まったく……最後の最後までこれとは……今からでも考え直そうかしら」 「それはやめてください。後が面倒ですから」 そう言いながら、キラは自分が残っていてよかったのだろうか、と思う。でなければ、彼女のことだ。このままどこかに行ってしまうぐらいやりかねない。あるいは、それを見通してマリューの付き添いを命じられたのかもしれないとキラは思う。 「そうね。さすがに今から中止したら、地球から来てくれるカガリさん達に悪いわね」 まぁ、迎えに行ったのだから我慢しよう、とマリューはようやく納得したようだ。その事実に、キラはほっと胸をなで下ろす。 「ところで、キラ君」 気分転換をしようと言うかのようにマリューがキラに呼びかけてくる。 「はい?」 「貴方達はいつの予定なの?」 微笑む彼女の笑みの裏に何か含むものがあるとキラが感じてしまったとしても無理はないだろう。 「まだ、何も……」 話は出ていない、とキラは告げる。ようやく体の方も落ち着き、これからどうしようかと考える余裕を持てた、と言うのが事実なのだ。 「でも、お二人が邪魔だとおっしゃるのでしたら、直ぐにでも……」 アスランの所に引っ越しますけど……とキラは言いかける。 「そんなことあるわけないでしょう!」 慌てたようにマリューが口を開く。同時に手を伸ばしてキラの体を抱きしめた。 「いつまでだっていてくれていいの。でもね……こちらとしても心構えが必要かしらって思っただけ」 何なら、ずっといてくれてもいいのよ……と言われてキラは困ったように小首をかしげる。 「な〜にやってんだか」 そんな二人の耳に、今日の主役の片割れの声が届いた。 「何って……見てわからない? 抱擁よ」 キラ君って、本当に可愛いんだもの〜とわざとらしいリズムをつけてマリューが言い返す。 「ずるい!」 「それなら私も混ぜて欲しいですわ」 「マリューさんは、ずっとキラと一緒だったくせに!」 トーンが違う女性の声が三つ、キラの耳に届く。それはある意味聞き慣れた声だと言っていい。 「ラクス……カガリ? ミリィ!」 マリューの腕の中で視線だけ入口に向けたキラが、表情を輝かせて彼女たちの名前を呼んだ。そんなキラの体をマリューは解放してやる。そのまま、キラは三人に向かって駆け出していった。 彼女たち――と言うよりカガリとミリアリアと言うべきか――は大きく両手を広げるとキラの体を抱き留める。 「……なかなか、ライバルが多そうですな」 その光景を見ながら、フラガは隣で苦笑を浮かべているアスランへと声をかけた。 「そのくらいは覚悟していますよ」 それでも、キラが隣にいてくれると言ったのは自分だけだ、とアスランは余裕の笑みを浮かべながら言葉を返す。 「彼らだけじゃないですから、キラを好きな人間は」 ザフトの中でも多いのだ、とアスランは付け加える。 「でも、負けるつもりは全くないですよ、俺は」 こう宣言するアスランの視線の先でキラがナチュラルの友人達――一部コーディネイターもいるが――にもみくちゃにされていた。そこには、二つの種族の隔たりなどまったく感じられない。 それは、間違いなく自分たちが理想としていた世界だ。 どうして、あの光景を否定しようとする者がいるのか……とアスランは思う。 「でも、キラがそれを見せてくれるなら……俺はそれごとお前を守るよ」 そんな彼らの様子を目を細めながらアスランは呟く。 「さて……そろそろ、本番をはじめさせて貰っていいのかな。一応、主役は俺たちだろうが」 「まぁ、いいじゃないの。こうして彼らがそろったのも本当にあの日以来なんだから」 それに、あれを邪魔すると後々まで恨まれるわよ……とマリューが笑っている。 これがキラの望んだ世界なのだろうか……とアスランは思いながらも、自分もその輪に加わるために歩き始めた…… |