「……何を……」
 考えているんだ、と言う言葉をアスランは飲み込む。その代わりというように目の前にいるMSをクローで切り裂くと即座に離脱をした。
「ニコル!」
 同じ状況に置かれているであろう戦友の名を、アスランは口にする。
『大丈夫です! 味方も一度退かせました。プラントへ近づけば、アルテミスの傘システムが守ってくれるはずです』
 なら大丈夫だろうか、とアスランは思う。
「問題はあちらの方か……味方まで巻き込んでもかまわないと言うことなのか?」
 地球軍の開発した機体にもPS装甲は付いている。だが、その性能は自分たちのものと変わらないはずなのだ。それなのに何の遠慮もなくミサイルを撃ってくるとは……
「あるいは、ミサイルを回避できると判断してのことかもしれないな」
 そのためのシステムがMSおよびミサイルに搭載されているのかもしれない、とアスランは判断した。
「しかし、警告をして貰わなければ危ないところだったな」
 自分たちのシステムでは探知することができなかったのだから……とアスランは呟く。そのまま、彼はイージスを艦へと近づける。もしこの攻撃が自分たちをキラが乗っているであろう感から遠ざけるためのものだという可能性を捨てきれなかったからだ。
『アスラン!』
 即座にキラの声が通信機から響いてくる。
「大丈夫だ。キラのおかげで、皆避難ができたからな」
 何も心配いらないと、アスランは言葉を返す。
『じゃなくて……MSが一機、接近している! ミラージュコロイドシステムを搭載しているのだけど、ブリッツじゃないでしょう?』
 だが、キラはアスランがまったく予想していなかった言葉を伝えてきた。
「本当なのか?」
『こっちではそう見えている……そちらにデーターを転送する?』
 そんなことができるのか、といいかけて、アスランはやめた。キラなら十分に可能だろうと思ったのだ。
「頼む」
 そして、自分が無事にキラの元へ戻るためには、そのデーターが必要だと言うこともまた事実。
 アスランが言葉を口にするとほぼ同時に、イージスのモニターの一角に周囲の様子を映し出したと思われる画像が表示された。それをよく似たものをアスランは何度も目にしている。戦闘艦艇のレーザー画面だ。
 その中に確かにイージスのそれには映し出されていない機体が見受けられる。
「さすが、と言うべきなのかな……」
 その機体にではなく、元となるプログラムがあったとは言え、ほんのわずかな時間でその性能を何倍にも引き上げたキラに向かってアスランは呟く。
 この才能があるから、キラは地球軍に利用されてきた――その中でほんのわずかとは言え、心から分かり合える者たちを手に入れたとは言え――そのせいでキラがどれだけ傷ついたことか。
 だが、結局は自分たちもその才能をあてにしていることは否めない。
「なんて考えている場合じゃないな」
 今はこの正体不明のMSに意識を集中するべきだろう、とアスランは気持ちを切り替える。
 ミラージュコロイドシステムは、相手に気づかれなければかなり有効だと言っていい。しかし、これを使用している最中はPS装甲が効力を発しない。通常兵器でも損傷を与えられるというマイナス点がある。
「だが、今でもそうなのか……」
 あの無人機を見ても想像できるとおり、連中にしてもそれなりに開発を進めているらしい。しかも、元々は地球軍が開発したシステムだ。その欠点を克服している可能性もある。
「ともかく、攻撃を加えてみるか」
 アスランは言葉と共にライフルをデーター上の敵機に向けた。そしてそのまま発射する。
 それが何かに命中した。
 次の瞬間、ゆっくりと宇宙空間にMSの姿があわられた。
『アスラン、危ない!』
 それに意識を取られていたせいだろう。先ほどキラに注意をされたミサイルが接近していたことにアスランは気がつかなかった。いくらPS装甲とは言え、衝撃まで完全に打ち消すことができない。
「ちっ!」
 全身を包み込んだ衝撃に、アスランは小さく舌打ちをする。
 しかも、それを見通していたかのように敵のMSが攻撃をしかけてきたのだ。
「艦に近づけるわけにはいかない!」
 キラが乗っている以上、連中にしても艦を沈めることはしないだろう。だが、それでも万が一と言うことはある。アスランは即座にイージスを艦から離れさせた。
 その代わりというようにアルテミスの傘でミサイルから逃れたジンが数機、艦の周辺へと展開する。
『アスラン!』
 ブリッツが側に寄ってくるのが見えた。
「ニコル! 注意しろ。まだ他にも数機いるようだ」
 モニターに新たな機体の蔭を認めて、アスランはそう叫ぶ。
『わかっています。キラさんに、こちらにもデーターを転送して頂いていますから』
 ニコルの返事に、アスランは苦笑を浮かべる。キラがこういう事に関しては抜かりがないと思い出したのだ。
「なら、余計に気をつけろ。あちらの性能がわからない」
 おそらくパイロットはあの連中だろうが、とアスランは付け加える。となれば、人為的に身体能力を引き上げられているはず。時間制限付きとは言えコーディネイターにも匹敵するそれらは、侮ることはできないだろう。
『わかっています』
 技能が互角なら、性能が高い方が有利なのは自明の理だ。だからといって、苦戦をしている様子をキラが見たらどうなるか、想像に難くない。
 キラを安全なところに置き、なおかつ敵を排除するには全力を尽くすしかないだろう。そして、意地でも生きて帰らなければならない。
 アスランは決意を新たにするとスロットルを握りなおした。

「アスラン! ニコルさん……」
 多勢に無勢、と言うのだろうか。
 どう見てもアスラン達の方が不利な状況に追い込まれているようにキラの目には映った。
 このまま自分は傍観しているだけでいいのだろうか。
 そんな想いがキラの中で膨れあがっていく。
「キラ君」
 不意にアデスの声がキラの耳に届いた。
「はい?」
「悪いが……デッキへと移動してくれ。ストライクの中の方が万が一の事態には対処できるだろう」
 ぎりぎりまで持ちこたえるつもりだが……と付け加えながら、アデスは眉をひそめている。
「アデス艦長さん……」
 その言葉に、キラが表情を曇らせた。
「何、心配いらない。あくまでも万が一のことを考えてのことだからね」
 何もなければそのまま待機をして貰うだけだ、とアデスは笑う。
「それにね、君がストライクで待機していると知れば、MSのパイロット達が発奮してくれそうなのでな」
 この言葉をそのまま信じてはいけないと言うことをキラは知っている。だが、それを指摘することもまたできない。そうすれば、必死に戦いに集中している人々の意識を遮断してしまうことになるだろう。
「……わかりました……」
 キラは素直に今まで座っていたシートから腰を上げた。
「すまないな」
 そのままブリッジを出て行こうとするキラに向かって、アデスがこう声をかける。
「いえ。皆さんがいてくださるから、僕も安心していられます」
 そして、単なる避難の一環としてストライクに移動するのだ、とキラは微笑みを返した。それが強がりだと言うことはアデス達にも伝わっているだろう。だが、それは暗黙の了解として、お互いに指摘しない。
「その期待に応えられるよう、最大限に努力をしよう」
 アデスがその代わりというように磊落な笑みをキラへと向けた。
「信じています」
 キラもいつもの微笑みを返すと、そのままブリッジを後にする。ようやく迷わずに移動できるようになった通路をデッキへと向かう。
「キラ!」
 ようやくそこに辿り着けば、ブリッジから連絡を受けていたらしいマードックが即座に声をかけてくる。
「こっちだ!」
 手招かれるまま、キラは彼の方へと床を蹴って移動をした。
「何ですか?」
 そして、マードックの前で体の向きを変えると着地をしながらこう問いかける。
「パイロット控え室に行ったことないだろうと思ってな」
 パイロットスーツを着ないでストライクに乗るつもりだったんじゃないだろう? と付け加えられて、キラはそう言えばと言うように苦笑を浮かべる。
「やっぱりな……」
 そのキラの表情から全てを察したのだろう。マードックは苦笑と共にキラの腕を掴む。そして、そのままデッキの脇にあるパイロット控え室へと案内して行った。
「一応、それらしきサイズは用意してあるが……今のお前さんだとそれでも大きいかもしれないな」
 それは妥協してくれ……と言いながら、ロッカーの中からアスラン達が身につけている物と同じ色のパイロットスーツを取り出す。
「……これ、僕が着てもいいんですか?」
 この色はザフトの中でも特別な者しか身につけられないと聞いたのだが、とキラは付け加える。
「そのアスラン達がお前に着せろと言っているんだから、かまわないだろう。それに、ストライクもGシリーズだからな」
 基本的にGシリーズのパイロットはそれを着ることになっているんだと、とマードックに言われて、キラは彼の手からスーツを受け取った。そして身につけようとして服に手をかけた瞬間、マードックが後ろを向くのがわかる。
「マードックさん?」
「いや……そのだな……キラの体がまだ完全に女性じゃないとはわかっているんだが……一応、礼儀としてだな……」
 キラの問いかけにマードックがしどろもどろになりながら言葉を返してくる。その背中が『アスランに殺されたくない』と訴えているような気がするのはキラの気のせいだけではないだろう。
「……まぁ、いいですけどね」
 手早く着替えようとして、キラはかつて身にまとっていたそれとの違いに手間取ってしまう。それでも何とか身にまとったのだが、
「マードックさん……ここ、どうやって止めればいいのですか?」
 襟をどうすればいいのかわからなくなって、結局彼に助けを求めた。
「あぁ、やっぱり悩んだか。フラガさんも悩んだろうだからな」
 そう言いながら、マードックは手早くキラの襟元を留めてやる。
「さて、後は大丈夫そうだな。じゃ、行くか」
 ストライクも待っているし……という彼の言葉にキラは素直に頷いた。
「……結局、最終的にはストライクに頼ることになるのかな、僕は……」
 動き出した彼の後を追いかけながら、キラは小さく呟く。
「それは俺たちのセリフだって。守ると言いつつ、結局、お前さんをストライクに乗せてしまうんだからな」
 マードックが自嘲混じりにこう言い返す。
「いいえ……みんなを守ることが、多分、僕が生きている理由でしょうから……」
 それでも、何か役に立てるなら嬉しい……と微笑むキラに、マードックはそれ以上返す言葉を見つけられなかった。