「しかし、ここまで予想通りだと……笑うしかないな」
 アスランは近づいてくるザフトの識別信号を出していないMSを見ながらため息をつく。
「予想できていたから、対処もできていましたけどね……でも、本当に単純と言うべきか……」
 ただの馬鹿と言うべきか、と口にするニコルは辛辣だと言っていい。
「それって言い過ぎじゃないのか」
 少しもそんなことを思っていない口調でアスランはニコルに言い返す。
「連中にしても、これが最良の方法だと信じているんだろうし……こちらが予想していなかったら間違いなく虚をつかれていただろうからな」
 もっとも、歴史をひもとけば似たような事例はいくらでもある。そして、自分たちはそれを学んできたのだ。そうそう引っかかるわけはない。
「問題は、ミラージュコロイドを備えているらしいMSだが……まぁ、そちらに関しては何とか対処できそうなセンサーを開発局が間に合わせてくれたし」
 何とか存在を感知することはできるか……とアスランは呟くように口にした。
「ブリッツのデーターがありましたしね」
 停止していれば確実にその位置を確認できる、とニコルも頷いている。
「……アスラン……ニコルさん……」
 そんな二人の耳に、キラの不安そうな声が届いた。
「大丈夫だ、キラ。ちゃんと守るから」
 何も心配しなくていい……とアスランはキラの方を振り向くと微笑みを浮かべる。
「そうですよ、キラさん。この艦にも僕たちのもの以外にもMSが搭載されていますし、本国の守備隊も戦闘が始まれば駆けつけます」
 ですからなにも心配しなくていいとニコルも言葉を重ねた。
「じゃなくて……どうしてストライクの所へ行ってはいけないの?」
 戦闘になるなら……とキラは付け加える。
「キラ。お前は自分が狙われているって自覚があるのか?」
「そうですよ。それに……キラさんが出撃をするなら、それは僕たちが出ても収拾がつかなかったときだけです。そして、そんなことにはならない自信を僕たちは持っていますが?」
 アスランだけではなくニコルにもこう言われて、キラは一瞬言葉に詰まってしまった。
「でも、みんなが戦っているのに僕だけ安全なところにいるのは、いやだ」
 それでも直ぐにこう主張する。
 どうしてキラがこう言うか、アスランにはわかっていた。キラにとって戦うと言うことは仲間を守ると言うことと同意語なのだ。そして、今のキラにはアスランを含めたザフトの者たちも『守るべき仲間』なのだろう。
 その気持ちはとても嬉しいと思う。
 だが、それとキラが戦場に出ることは別問題だと言っていい。
「キラ。お前が相手に拉致された時点でこちらは負けると言うことと同意語なんだ。だから、俺たちが自由に動けるようにここにいてくれ」
 アスランはそんなキラを何とか説得しようとその瞳を覗き込みながら言葉を口にする。
「……僕が……ストライクに乗るとアスラン達の足手まといになるわけ?」
 キラが衝撃を隠せないという表情でこう呟く。
「誰もそう言っていないだろう? チェスでキングを取られたらチェックメイト。俺たちにとってはキラがそのキングなんだって。だから、極力動かないでいて欲しい」
 これならキラにも理解してもらえるだろうか、と思いながらアスランはその瞳を覗き込む。
「……でも……僕は……」
「それに、キラの体は、長時間の戦闘には耐えられないってドクターに言われたよね? だから、ぎりぎりまで出撃しないで欲しい」
 淡々と事実を口にして、キラから反論の余地を奪っていく。昔からキラをいさめるときの手段として使ってきたこれが今でも通用するのはいいことなのかどうか、アスランには判断が付かない。
「……わかった……ここにいる……」
 キラは不安を隠さずにこう口にした。その事実にアスランはほっとする。自分自身でこういった以上、キラは約束を違えることはない。そして、無事に全てが終われば、キラの怒りを解く時間はいくらでもあるのだ。
「アデス艦長」
 かつては共に足つきと戦った、一番信頼できる相手に向かってアスランは声をかける。
「わかっている。彼女の身柄はきちんと私が責任を持とう。クルーゼ隊長からも言われている」
 最初はそれでもこだわりを捨てきれなかった彼だったが、ほんのわずかとは言え本来のキラの姿を見ては意見を変えないわけにはいかなかったらしい。
 それは本当にありがたい、とアスランはアデスに一礼すると身を翻す。ニコルもまたアスランの後を追うように移動を開始した。
「アスラン!」
 そんな彼の背中にキラの声が届く。
「大丈夫だ。一人じゃないからな」
「必ず無事で戻ってきますから、キラさんも心配しないでください」
 アスランだけではなくニコルもそんなキラを安心させるように微笑みを口元に浮かべた。
「……死んだら許さないからね……」
 再び動き出した彼らの耳は、キラの呟きをしっかりと捕らえる。
「誰が死ぬか。俺たちの時間はこれからだろう」
 キラの言葉に答えるかのようにアスランはこう囁く。それがキラの耳に届いたかどうかを、彼は確認することができなかった……

 目の前で繰り広げられている戦闘を、キラは歯がゆい思いで見つめていた。
 どうやら連中は無人機ではなく有人機をメインにしているらしい。キラ達が作り上げたシステムが功を奏している様子は見られない。逆に前回とは打ってかわった激しい戦闘が繰り広げられているのだ。
「キラ君」
 キラが少しでも座っているシートから腰を浮かそうとするたびに、アデスの声が飛んでくる。
「……わかっています……」
 そんな彼に、キラはため息と共に言葉を返す。
「でも……ゆっくりと座っていられないんです……」
 キラの言葉にアデスは優しい微笑みを浮かべる。
「その気持ちは理解できる。だが、まだ君が出て行かなくても十分持ちこたえられる状況だ。彼らを信じてやりなさい」
 そして、キラを少しでも安心させようとするかのようにこう言葉をかけた。
「はい……」
 アデスの言葉は納得できると言えば納得できるものだ。モニター越しとは言え、キラにも状況が見えているのだから。
 今の状況ではザフトの方が優勢だと言っていい。
 だが、何かがキラの心に引っかかっている。
 それが何であるのか、問いかけられても答えることができないのだが……
「……一つだけお願いがあるのですが……」
 ふっと思いついた、と言うようにキラが言葉を口にする。
「何だね?」
 眉を寄せながらアデスが聞き返してきた。
「端末を一つ貸して頂けますか? 気になることがあるので、昨日設置したあれのデーターを書き換えて、センサーの精度を上げたいのですが……」
 このキラの言葉に、アデスは一瞬何かを考え込むような表情を作る。
「出撃しないのであればかまわないか」
 キラのプログラミングの能力の高さは彼も知っていた。だからこそ出した結論だろう。そして、彼の言葉と共にブリッジクルーの一人がその操作を始めていた。
「今、そちらに回す。ただし、できれば本艦のOSには」
「手を触れません。この状態ではさすがにそれは危険でしょう」
 不安そうなアデスにキラはこう言葉を返す。
「準備は?」
 そんなキラに頷き返すと、アデスは部下に問いかける。
「できています。回線を回しました」
 即座に答えを返してくる彼の瞳には好奇心があふれていた。一体キラがどのようなプログラムを組むのか、是非とも知りたいと言うところだろう。
「だそうだ。だが、決して無理はしないように」
 あくまでもキラの体を第一に考えたような言葉を口にするのは、アデスの義務感からだけではないのではないか。周囲の者たちはそう考えていた。
「はい」
 キラは素直に頷くと、即座にキーボードをたたき出す。そして呼び出したのは、アスラン達が口にしていたミラージュコロイド探査システムのプログラムだった。
「……これを……」
 改造すれば、さらに探査システムの精度がアップするのではないか。そして、それを先日設置した人工衛星のシステムに組み込めれば、さらに探査範囲と精度が広がるだろう。あるいは目に見えない何かを感知することができるかもしれない。
 問題は、それを完成させるまでにかかる時間だ。
 首筋にちりちりと感じている恐怖感が実際のそれになる前に終わらせなければならない。
 そんな想いがキラを支配していた。
 理屈なんてわからないが、似たような状況に陥ったことはあの戦争中何度もあったのだ。フラガにそれを問いかけたとき、彼は苦笑と共に『坊主も戦場暮らしが身に付いちまったんだなぁ』と口にしたことを、キラは昨日のように思い出せる。実際、キラにとってつい先日のことではあるのだが……
 ものすごいスピードでキーボードを叩いているうちに、プログラムの改造はとりあえず終了した。それを確認してから、キラは今度衛星のシステムを呼び出す。それに今作ったプログラムを組み込んだ。
「多分、これで……」
 大丈夫なはず……と呟きながら、キラはプログラムを走らせる。直ぐにそれは動作を開始し、キラの手元にある端末に周囲の状況を伝えてきた。
「……嘘……」
 モニターに映ったデーターを見た瞬間、キラはこう呟いてしまう。
「どうかしたのかね?」
 その声を耳にしたのだろう。アデスが即座に問いかけてきた。
「アスラン達に連絡を……ミラージュコロイドシステムを搭載したミサイルとおぼしき物体が多数、こちらに向かってきています!」
 キラが焦ったような口調でこう叫ぶ。
「何!」
 アデスがシートから腰を浮かす。そのままキラの側へと移動してきた。そして、反対側からモニターを覗き込む。
「……これだけ数があれば……PSシステムとは言え、ただではすまない」
 次の瞬間、アデスも驚愕を隠せないという表情で呟く。
「三時の方向! 迎撃用ミサイルを発射。同時に、味方MSに警告を出せ!」
 そして、怒鳴るようにして命令を口にした。