ニコルの予想が当たった……というわけではないだろう。
 だが、どうしても作業の関係上、プラントの外にキラを連れていかなければ行けなくなってしまった。
「……これは、あちらにとっては絶好のチャンスだ……と言うことだな」
 アスランが眉をひそめながら言葉を口にする。
「だから、こちらとしても万全の準備を整えているわけですけど」
 そう言いながらニコルが視線を向けた先には、イージス・ブリッツの他にジンが三機、そしてストライクの姿があった。
「だが、キラを再びあれには乗せたくないな」
 かすかに眉を寄せながらアスランはこう呟く。
「そうですね」
 この言葉にニコルも頷き返す。
「今のキラさんのお体には、MSの操縦は辛いとお聞きしていますし……それ以上に、精神的なものがおありでしょうから」
 できるだけキラにはプレッシャーを与えたくない、と彼は付け加えた。
「だな。何事もなく終わってくれるのが一番なんだろうが」
 悪い予感が消えない……とアスランはため息をつく。
「そう言えば、キラさんは今?」
「マードック氏と一緒だ。最終的な詰めをしているはず」
 他にも、今はラミアスさんが一緒だから大丈夫だろうとアスランは口にする。それでも、早めにどちらかが側にいるようにした方がいいだろうとも思う。二人を信じていないわけではないが、万が一コーディネイターが連中に取り込まれていた場合、彼らだけではキラを守りきれない可能性がある。
 それ以上に、自分が安心できなのだ……とアスランが心の中で呟いた。
 キラに何かあったら……と思うと、心臓を鷲掴みにされたような痛みすらアスランは感じてしまう。
 もう二度と《キラ》を失えない。
 お互いの気持ちを確認しあった今では余計に。
 そんな自分にアスランは苦笑を浮かべる。
 こんなに自分は心配性だったのかと。キラに関しては確かに過保護と言われても仕方がなかったという自覚はある。だが、それでも昔はキラが側にいなくてもこんなに不安に感じたことはなかったのだ。
「……まずいか……今からこれでは……」
 もし、キラと結婚したらどうなるのだろうか……とアスランは苦笑を浮かべてしまう。
「アスランも……キラさんのこととなると普通の人間と変わらないんですね」
 そんな彼の耳に、ニコルのほんの少し笑いを含んだ声が届く。
「少し安心しました。好きな人のことで焦ったりするのは僕だけかと思っていたので」
 この言葉にアスランは一瞬目を見開いた。少なくともニコルに関してはそう言うことがないだろうと思っていたのだ……というと本人に失礼だろうか。
「……相手がキラだからな。ニコルだって、ラクス相手でなければそうならないんだろう?」
 本当の相手に巡り会ったらそうなるのが普通じゃないのか……とアスランは言葉を返す。
「そうだといいですね」
 少なくとも、ラクスもそう思ってくれていれば……と付け加えるニコルからは、いつもの毒がまったく感じられない。と言うことは、本気でそう思っていると言うことだろう。
「あぁ……できれば、キラにもそう思っていて欲しいと思うよ、俺は」
 少なくとも、自分がただ一人の相手だと思って欲しい……アスランは本気で思っていた。
「キラさんは間違いなくそう思っていると思いますよ。ラクスは……かなり疑問ですけど。どう見ても、彼女の場合僕よりもキラさんを優先しているような気がします」
「ニコル?」
「別にキラさんに含むものはありませんよ。ラクスにしても貴方にしても、3年前からキラさんのことを大切にしてきたことはわかっていますから」
 そして、二人の話を聞いているうちに自分もそう思うようになったから……とニコルは微笑む。
 こんな会話を交わしているうちに、二人はデッキへとたどり着いた。そこでは整備の兵に取り囲まれるようにしているキラの華奢な姿が見える。その方がどこか不安げに見えたのは、二人の気のせいだろうか。
「早く側に行ってあげてください。ブリッジには僕が行きますから」
 ニコルがアスランの体をキラの方へと押しやる。
「……すまない」
 それに逆らうことなくアスランはキラの方へと体を移動していく。
「キラさんの精神状態が作戦を左右しますから」
 ニコルの言葉を背にアスランはまっすぐにキラへと近づいていった。その彼を認めたのだろう。キラがふわりと微笑むのがニコルにもわかった。

「アスラン」
 キラの言葉に周囲にいた者たちがざわめき出す。だが、それを気にすることなくアスランはキラの側へと降り立つ。
「大丈夫か、キラ。疲れたような顔だが」
 そのままキラの顔を覗き込んだアスランはこういった。
「そうかな?」
 キラが本気で小首をかしげている。そして、確認をするようにラミアスを振り向く。
「アスラン君の言うとおりだわ。素直に休んだ方がいいわよ、キラ君」
 これからが長いのでしょう? と言うラミアスの言葉に、マードックも頷いている。
「でも、彼がいるなら私がついて行かなくても大丈夫ね」
 本来の彼女の任務がラクスの護衛……と言うこともあって、ラミアスは今回の航海には参加できない。その事実を彼女は不安に思っていたらしい。だが、アスランの過保護ぶりを目の当たりにしてほっとしたというのもまた事実であるようだ。
「……僕、そんなに頼りないですか?」
 キラがかすかに頬をふくらませながらラミアスに問いかける。
「そう言うわけじゃないわ。ただ、ムウがいないでしょう? 私は側にいて上げられないから不安だっただけよ」
 でも、アスラン君が一緒なら大丈夫よね……と言う彼女に、アスランは大きく頷いて見せた。
「……俺は無視ですかい?」
「そうはいっていないわ。ただ、マードックさんもキラ君と一緒で仕事となると周囲のことを忘れるから」
 それじゃ、キラ君のためにはならないでしょうと付け加えられて、マードックは視線を泳がせる。
「今回の任務が時間に追われている……と言うことはわかっています。でも、そのためにキラ君が倒れては本末転倒でしょう?」
 だから、冷静にキラ君の状況を把握できる人が必要なのだ……とラミアスは微笑む。これ関しては自覚があるのか、マードックはそれ以上口を開くことができない。
「キラの体は本調子ではない。本来なら入院して加療が必要な状況だ。そのことを忘れないように」
 アスランが周囲にいる者たちへと言葉を投げつける。
 それは間違いなく『牽制』だ。でなければ、マードックと同じように職務に忠実な彼らは、キラが倒れるまであれこれ質問を投げかけるに決まっている。そして、キラの性格からすれば、それに律儀に答えようとするのだ。
 どちらに釘を刺すのが簡単か……と言えば、前者であろう。
 そして、その考えは的を射ていたらしい。
 周囲の者たちは皆、アスランの言葉に大きく頷いている。
「アスラン……別に……」
「キラ。キラをこの艦に乗せるときに、ドクターからきつく言われているんだ。おとなしく言うことを聞いてね」
 アスランはキラに微笑みを向けるとこう注意をした。こう言われてはキラも逆らえないらしい。黙って頷いている。
「と言うことで、ブリッジに行こう、キラ」
「うん」
 アスランが指しだした手に、来ては素直に自分のそれを重ねた。
「これからのことを相談しないとね。ラミアスさんは、ラクスに心配いらないと伝えてください」
 キラの体を自分の方へと引き寄せながら、アスランは微笑みをラミアスに向ける。
「それに関しては心配しておりませんわ。皆さん無事で戻られることを祈らせて頂きますけど」
 ラミアスがそう言いながら微笑み返してきた。
「マードックさん」
「ハッチまで見送ってきます」
 マードックが即座に言葉を返す。
「キラ、行くよ」
 そんな彼に頷きながらアスランは言葉を口にする。そして、そのまま移動を開始した。