キラはプログラムに意識を集中させていて、アスランが病室に顔を出したことに気づかなかった。 「……まったく……」 それを見たアスランが小さくため息をつく。 「いつからこうなんだ?」 視線を向けると、アスランはラクスに問いかけた。 「いつ、と申されましても……1時間ほどでしょうか」 その前にちゃんとお茶の時間を取って頂きました、とラクスは言葉を返す。 「お茶の時間の前をあわせますと、4時間ぐらいになりますけど」 ラクスは確認を求めるかのようにラミアスへと視線を向けた。それに彼女は苦笑混じりに頷いてみせる。 「さすがですね……」 月にいたころのキラは一度集中をすると何があっても途中で中断させるのが不可能だった。そんなキラにお茶と休憩を取らせるとはラクス以外のものではできないのではないだろうか。アスランはそう思ってしまう。 「お褒め頂いて光栄ですわ」 にっこりと微笑みながらラクスが言葉を返す。 「とは言うもの、そろそろ今日のお仕事はおしまいにされた方がよろしいかもしれませんわね」 焦っても良い結果は出ませんでしょう? とラクスはアスランに問いかけた。 「そうですね」 アスランにしても、キラと話をしたいと言うのが本音だ。そのためには、意識をこちらに戻してもわらないと困る。 「では」 今日は終わりにして頂きましょう……と口にすると、ラクスはキラの側へと歩み寄っていく。そして、その肩に手を置いた。 「そう言えば、あちらとの通話はどうでした?」 キラのことをラクスに任せると、アスランはラミアスにこう問いかける。 「特に問題はなかったわ。彼らにとってもキラ君は大切な友人だったようですし。それに……こちらが頼みたいと思っていたことを先に調べていてくれましたわ。キラ君がデーターを持っていますから、後でコピーをお渡しすると思いますけど?」 昨日、カガリから連絡を受けた時点で、彼らは手分けして動いたのだ、とラミアスは付け加える。 もちろん、それにはカガリも手助けをしたのだろうが…… 「危険、ではないのですか?」 彼らの存在を連中に教えることにはならないのか、とアスランは思う。 「今、彼らはカガリさんの所へ保護されているそうです。この件が終わるまではそのまま、と言う予定だそうですわ」 だから、いくら連中でも迂闊に動けないだろうとラミアスが付け加える。アスランにしても、その意見には同意できた。 「結局、みんなキラには甘い、と言うことですか」 キラのために……と動く人間がどれだけいるのか、とアスランは心の中で呟く。 「キラ君が何事にも誠実に対処しようとするからだ、と私は思いますけど」 そんなキラだからこそ、その人となりを知ったものは皆手助けをしてやりたいと思うのではないだろうか、とラミアスが言う。 「……あいつを傷つけない人間だけならいいのですけどね」 それならばアスランにしても不安に思うことはない。 だが、そんなキラを利用しようと思うものもいるわけで……そいつらにつけねらわれている、と言うのが今の状況だ。 「ですから、私たちがあの子の側にいるのではありませんか?」 キラの長所であるそれを押さえつけるのはいけないのではないか。ラミアスは言外にそう告げている。 「そうですね。それがキラですし」 一番近くにいる自分が気をつければいいだろうと、アスランも思う。それに、こんな風にキラを傷つけようと思うものは、あいつらだけだろうとも。 「アスラン」 そんな彼の耳にラクスの苦笑を滲ませた声が届く。 「なんですか?」 「アスランからもキラ様に注意をしてあげてくださいな」 どうやら、キラがごねているらしい。それはキラの顔を見ればわかる。 「キラ。そちらは今日は終わりにしてくれないか? ちょっと聞きたいこともあるし」 それに関わることで頼みたいこともあるから……とアスランが付け加えれば、キラは仕方はないというように頷く。 「おいで、キラ」 だが、どこか納得していないというその表情に、アスランは苦笑を浮かべながら両手を広げてみせる。 「アスラン!」 そんな彼にキラは抗議の意味を含めてその名を呼んだ。 「あら、キラ様。私は気にいたしませんわ」 「私も、よ。今更でしょう?」 くすくすと笑いながら、二人がこう言う。それがますますキラの機嫌を損ねることになったのは言うまでもないだろう。 「知らない! アスランの馬鹿!!」 キラは完全にむくれると、こう叫ぶ。 「ごめん、キラ」 かすかに微笑みながら、アスランが言葉を口にすれば、キラはむっと頬をふくらませた。 こう言うところはまだ子供っぽいままだな、と思いながら、アスランはキラに歩み寄っていく。 「本当にごめん。ようやくキラの顔が見れたからさ。つい嬉しくて」 そして、二人には聞こえないようにキラの耳元でこう囁いた。 「……馬鹿……」 キラが小さな声でこう言い返してくる。これで許してくれたらしいとアスランは判断をした。 「はいはい……それよりも、あのOS、キラが作ったものそのままじゃないんだろう?」 そして、キラの意識を別方向へ向けようと話題を変える。 「うん……基本的なものは僕が作ったままだけど……細かな点で変更をしようとした痕跡見られるね、これ」 もっとも、それが成功しているのかどうかはわからない……とキラは付け加えた。 「遠距離からのコントロールと、複数のMSを同一の命令で個別に動かす……と言うことは成功していると思うけど……実際の動きはあれだし……多分、僕らが組み込んだ『人間を傷つけない』と言う基本はそのまま生きていると思うから……」 だから、兵器として使い物にならないものだと思う、とキラは付け加えた。 「と言うことは、やはり、あの電波の出所が問題と言うことか」 あるいは、このOSを改変した者を探すか……とアスランは呟く。 「カトー教授の戦後の足取り、サイ達が調べてくれたから……」 後でコピー渡すね、とキラがそんなアスランに言葉をかける。 「あぁ、頼む。その前に食事かな、キラは」 この言葉と共にアスランはキラの頬に触れるだけの口づけを送った。 ラクス達が病室を後にしたのは夕食の後だった。 「アスランは、いいの?」 帰らなくて……とキラがアスランに問いかけてくる。 「キラをおいて?」 アスランは真顔で言葉を返す。 「だって……ここじゃアスランの仕事……」 「一番大切な仕事があるだろう? キラの安全を守るって言う」 そして、それを他の人間に任せる気はない、とアスランは付け加える。 「キラの寝顔を他の奴になんて、もう見せられないし……こういう時じゃないと、こういう事をさせてくれないだろう、キラは」 アスランの腕がキラの体をそうっと包み込む。そしてそのまま自分の胸へと引き寄せた。 「だって……恥ずかしいじゃない」 人前でこんな風にするのは……とキラが主張をする。 「俺はみんなに言いふらしたいんだけど……キラが恥ずかしいなら我慢しておくか」 さらりとアスランが告げた言葉に、キラは思いきり彼を睨み付けた。その目元がうっすらと染まっているのは、間違いなく羞恥のためだろう。 「キラは自覚していないだろうけど……ザフト内にも結構キラを狙っていた連中がいるんだよ」 ニコルやフラガが側にいたから声をかけられなかっただけなのだ、とアスランは付け加える。 「僕……」 「気がつかなかったからと言って、キラが悪いわけじゃない。その余裕がなかったのは、俺たちのせいだろうし……ニコル達もキラが気づかないようにしていたんだから」 こちらに関しては、アスランの存在があったからと言うわけではないだろう。キラがまだ自分の意思を決めかねているときに余計な雑音を聞かせたくなかったとか、万が一の事態を想定てのことだったに決まっている。 フラガはともかく、ニコルに関してはその行動の裏にラクスの存在があることも否定できないだろう。 「それに、他の誰かにキラをさらわれたなんて言うことになったら、俺はどうしていたか自信がないしね」 にこやかな口調でとんでもないことをアスランは口にした。それにキラが目を丸くする。 「アスラン」 「それが本音だし……キラに嘘を言っても仕方がないだろう?」 今更……と囁きながらアスランはゆっくりをキラに顔を寄せていく。彼のその動きに、キラは素直に瞳を閉じた。 二人の唇が重なる。 だが、キラの唇はまだ閉じられたままだ。それをアスランの舌が優しくノックをする。くすぐったさに耐えきれなくなったキラがうっすらと唇を開けば、すかさずアスランの舌が滑り込む。 「んっ……」 奧に隠れていたキラの舌をアスランのそれが優しく誘い出す。刺激を加えていけば、キラがおずおずと反応を返してくる。 そんなキラの反応が嬉しくて、アスランはさらに口づけを深めた。 いつまでも解放されないことで息苦しさを感じ始めたのだろう。キラがアスランの胸を叩く。 「……ぁっ……」 ようやく解放されれば、どこか甘い声をキラは吐き出した。そのままアスランの胸にキラは顔を埋める。 「……して……」 キラが何かを呟いた。だが、それはアスランの制服に吸い込まれて、彼の耳にははっきりと届かない。 「何、キラ」 聞こえないよ、とアスランはその事実を伝える。 「どうして……こんなに慣れているのかなぁって思っただけ」 自分はほとんど経験できなかったのに……とキラが呟くように口にした。 「それは……ね。一応、俺だって普通の男だし……キラが眠っていた間にそれなりにあったしね」 でも、どうしても手に入れたいと思うのはキラだけだ……とアスランは告げる。その瞬間、キラの耳が真っ赤に染まってしまったことをアスランは見逃さなかった。 いつまでもこうしていたいと思うのはアスランの本音だ。 だが、そうばかりしてもいられないというのもまた事実。 「キラ……そう言えば、お前の友人達が調べてくれたデーターというのは?」 キラ自身にこれ以上危害が及ばないようにするには、そうそうにあいつらをつぶしておくに限る。キラが気づいていない――あるいは、ラクス達がしっかりと誤魔化したのだろう――ようだが、今日もその手のものと思われる人間が病院内に忍び込もうとしたのだ。もっとも、キラの所に辿り着く前にクルーゼが手配した護衛の者たちに取り押さえられたが。 しかし、今回は大丈夫だったとしても次回もそうだとは言い切れないだろう。 さすがにMSやMAを持ちだされれば彼らではどうしようもないのだ。 何よりも、万が一他の者にまで被害が及べば、キラがまた自分を責めてしまう。それだけは何においても避けなければならないと、アスランは思っていた。 「あ、うん……」 キラが小さく頷くと、アスランの腕の中から抜け出した。そして、ラクスに取り上げられていたパソコンへと向かう。 手慣れた仕草でパソコンを起動すると、何やらファイルを開いている。 「これだよ、アスラン」 一連の作業を終わらせたキラがアスランを振り向いて呼びかけた。 「ちょっといい?」 ごめんね、といいながらアスランはキラに退くように告げる。キラもそれに逆らうことなくあっさりとパソコンの前を明け渡した。だが、まだどこか不安が残っているのか――それとも単に甘えたいだけなのか――キラはアスランの背後に回ると抱きついてきた。 「キラ……動きにくいんだけど」 小さく笑いを漏らしながらアスランが言葉を口にする。 「でも……やっぱりもう少し体重を増やした方がいいかもしれないね。ちょっと軽すぎるよ、キラは」 もう少し重くてもいいじゃないのかな……と口にしながらも、アスランの視線は目の前の文字を読んでいる。そして画面をスクロールしていくうちに彼の眉間にしわが刻まれていった。 その事実にキラも気づいているだろう。だが、アスランの邪魔をしないようにと思っているのか、声をかけては来ない。その代わりというようにアスランの首に回されている腕に力がこもっていたが。 「……気になるな……」 最後まで目を通したところでアスランが呟く。 「アスラン?」 もう声をかけても邪魔にならないと判断したのだろう。キラが彼の名を呼んだ。 「場所がね、気になるかな、と。あの無人MSをコントロールしていたらしい電波の発信源が、彼が行方不明になったコロニー周辺らしいんだよね」 偶然か……とも思うが、ここまで条件がそろってしまえばそうは考えられない。それに、この地域はまだどちらかというと旧連合よりの思想を持っているものが多いのだ。 彼らがプラントに対する反乱分子をかくまっていたとしてもおかしくはないだろう。 しかし、あそこにはザフトからの監視の者たちが派遣されていたはず…… 「……なんか、嫌な可能性に行き着いてしまったな……」 コーディネイターとは言え万能ではない。そして虚をつかれれば子供にでも殺されてしまうのだ。 あるいは、彼らは生きていないかもしれない。 だが、それをキラの前で口にすることはできないだろう。 「……アスラン……」 「なんでもないよ、キラ。ひょっとしたら監視のものの目が行き届いていない可能性があるな、と思っただけだ」 近いうちに確認をした方がいいだろう、といいながら、アスランはデーターをコピーする。 「ともかく、手がかりは掴めそうだからね。後は……誰が連中を煽動しているのか、確認することだな」 自分の手を汚さずに世界をまた戦争にたたき落とそうとするものは許せない……とアスランは付け加えた。 「そうだね……みんな、そう思っているよ、きっと」 言葉と共にすがりついているキラの腕に力がこもる。 「大丈夫だよ、キラ……」 キラに向かって言葉をかけながら、その腕に自分の手を添えた。 「もう二度と、あんな戦争は起こさない。いや、起こさせない」 だから、キラが悲しむ必要は何もないと付け加えながら、その細い手首を握る。 「……うん」 こう口にするキラの表情が見えないことだけが、アスランにとっては気がかりだった…… |