ラクス達にパソコンを取り上げられてキラは渋々と昼食と取った。それでも、朝よりは少し量を食べて、二人を安心させたのは事実だ。 「本当はもう少し食べて頂きたいのですが……まぁ、無理は申しますまい」 これから少しずつ増やしていって貰えれば……とラクスに言われて、キラは苦笑を浮かべる。 「パソコン、返して貰っていい?」 そして、その表情のままこう問いかけた。 「まだダメですわ、キラ様」 「ラクス?」 ラクスのこの言葉に、キラが思わずむっとした表情を作る。それを見て、かすかに苦笑を浮かべつつラクスは、 「もうじき、カガリさん達から通信が入りますわ。それが終わってから、にいたしましょう?」 ね、と言葉を重ねる。 「……わかった……」 さすがに、それをキャンセルしては後から何を言われるかわからない――友人達は苦笑ですませてくれるだろうが、問題はカガリだ――と思ったのだろう。キラはあっさりと諦めた。 自分でも、夢中になると忘れてしまうと自覚しているのだ。 「でも……それまで何していたらいいのかな?」 ここではできることはあまりないし……治療に関しても、今回の件が終わるまでは大がかりなことはできないはず……とキラは小首をかしげる。 「お出かけもできませんものね」 さて、何をしましょうか……とラクスも考え込んだ。そのまま何気なく視線をラミアスに向けるが、彼女もいい考えは見つからないらしい。困ったように苦笑を浮かべている。 「……本当、パソコンがないと僕ができる事って何もないかも……」 こう言うときは今までプログラムを組んで時間をつぶしていたのだし、とキラは思う。それを禁止されるとなるとしたいことが見つからないのだ。 「まぁ、それは仕方がありませんわ。キラ様は学生でいらしたのだし」 学生の本分は勉強でしょう? と口にするラクスがキラにはものすごく大人に見える。 そう言えば、彼女は今のキラの年にはもう『歌姫』として仕事をしていたのではないだろうか。 そんなラクスの歌をキラが聴いたのは一度きり。それも、ドアの中から響いてくるそれを耳にしただけだと思い出す。 「……ラクス、お願いがあるんだけど……」 おずおずとした口調でキラは彼女に呼びかける。 「何でしょう?」 「歌、聴かせてくれる? 考えたら、僕、ラクスの歌、ゆっくりと聴いたことがない」 ラクスがいいならだけど……とキラは付け加えた。 「おやすいご用ですわ」 そんなキラにラクスは微笑みを向ける。 「と言ってもアカペラになってしまいますけど……」 こう言いながら、すっとラクスは立ち上がった。そしてそのままゆっくりと唇に旋律を乗せていく。それはまさに『歌姫』と呼ばれるにふさわしいものだ、とキラには思えた。 優しい旋律がラクスの柔らかな声に相まって、聴くものを包み込んでくれる。それは母親が子供を抱きしめるときの腕と似ているときのような気がするのはキラの気のせいだろうか。 キラは瞳を閉じると、ラクスの歌声にだけ意識を集中させる。 知らず知らずのうちに浮かぶ微笑みは、ラクスの歌が引き出してくれたものだろう。 今までも微笑みを浮かべていたのは事実だが、その多くは故意に作ったものだった。もっとも、その事実に周囲にいる人々は気づいていただろう。それでも何も言わないでいてくれる彼らに、キラは感謝すら覚えていた。そんな彼らのために微笑もうと思っても、微笑むことを忘れてしまったような気がするのだ。 そう言えば、自然に微笑みを浮かべることができたのはいつまでだったろうか。 思い出そうとしても思い出すことができない。 その事実に、キラが愕然としたときだった。ドアの外からノックの音が響く。同時にラクスの歌声が途切れる。 「キラ君。オーブと回線が繋がったそうよ?」 何事かと確認をしていたラミアスが、視線を向けると微笑む。 「行きましょう、キラ様。待たせるとカガリがうるさいですわ」 ご希望でしたらまた後で歌って差し上げますから……と告げるラクスに、キラは頷いて見せた。 『久しぶりだな、キラ。少しやせたか?』 開口一番、カガリがこう言ってくる。そんな彼女もラクス達と同じようにとても大人びて見えた。 「……そう、かな?」 自分ではわからないから……とキラは確認を求めるように隣にいるラクスに視線を向ける。 「おやせになってはいらっしゃいませんわ。逆に、少しでも体重が増えられたかと……3年前と変わられないから、カガリさんがそう思っているだけかもしれませんわね」 大丈夫ですわ、とラクスに言われて、キラは少しほっとしたような表情を作った。 『なら、いいんだが……あぁ、ほら。お前らもさっさと顔を出せ。そこにいたらキラに見えないぞ』 カガリはキラに微笑みを向けると、視線を脇へとずらす。 『それに、そのために集まったんだろう、お前らは』 キラも会いたがっているんだから、とカガリが促せば、おずおずと誰かが顔を出す。その相手が誰なのか、キラは一瞬わからなかった。 「……ミリィ?」 その人物と同じ髪の色の友人の名前をキラはおそるおそる口にする。 『えぇ、キラ』 ふわっと記憶の中にある微笑みを浮かべると、彼女は頷いた。その瞳に何か光るものが見えたえたのは気のせいだろうか。 「よかった……綺麗になったからわからなかった」 そんな彼女にキラも微笑み返す。それはいつものキラの笑顔だった。無理に作ったわけではないが、自然と生まれたものではない。そんな曖昧な微笑みでも、回線の向こうにいる彼らには十分だったらしい。 『キラ!』 『……よかった……』 そう言いながら、ミリアリアとカガリの肩越しに顔を出したのはキラにも見覚えがある二人。 「トール! カズイ!!」 今度はきっぱりと友人達の名をキラは呼ぶ。 「よかった……ミリィほど変わってなくて……」 ほっとしたように呟くキラに、二人は苦笑を浮かべる。 『女の子はお化粧一つで変わるからさ……仕方がないよ』 『そうそう。俺でも時々わからなくなるんだから』 なぁ、といいながらトールが手を伸ばして引き寄せたのは、サイだった。当然のようにその後からフレイらしき女性の姿が現れる。 『キラ……あんた、女の子だったって本当?』 そして、他の誰もが聞きあぐねていたセリフを口にした。そんな彼女の口を周囲のものが慌てて塞ぐ。 「なんだって……実感、あまりないんだけど」 しかし、キラは気にした様子を見せずにこう言い返す。 『まぁ、十分女で通用するだろうけどさ、お前なら。だけど、その服……』 カガリがその場の雰囲気を変えるかのようにこう言ってきた。 「まだそこまで要求するのは酷ですわよ、カガリさん。キラ様が『女性になる』ってはっきりお決めになったのは今朝のことですもの」 これからおいおいと教育させて頂きますわ……と微笑むラクスに、キラはかすかな恐怖を感じてしまう。だが、それを口に出すことはしない。 「……あのさ……いきなりで悪いんだけど……」 それよりも先に確認しなければならないことがある、とキラは口を開いた。 『カトー教授の居場所だろう?』 これに言葉を返してきたのは、今まで黙っていたサイだった。 「うん」 『調べてみたんだが……行方がわからない。というか……途中まではわかったんだが、その後の足取りがわからないって言った方が正しいんだ』 そのデーターについては、送った方がいいか? と言われて、キラは頷く。 「ごめん。手を煩わせて」 『気にするな。俺たちがこうして普通の生活を送っていられるのは、いわばお前のおかげだしさ。それに、俺たちだって、もう、戦争なんてことはいやなんだよ』 サイがきっぱりと言い切る。 『ようやく平和な世界になったんだし、な』 それは、連合軍の上層部にとっては認められないないようだったが、一般人にとってはまったく関係ない。そして、コーディネイターでもみんながみんな、自分たちに侮蔑の視線を向けてくるわけではないのだから。それを知っているだけ、彼らは現実を受け入れるのが早かったのだろう。 『それよりも……あのデーター、使われてたって、本当なのか?』 カズイが眉を寄せながら問いかけてくる。 「……残念だけど……さっき、確認した……」 自分が書いたソースがあった……とキラは呟くように告げた。 『そうか……俺たちの努力の結晶を戦争に使うなよ……って言うところだな』 トールが悔しげに言葉を吐き出す。 「そっちまでとばっちりが行くことはないと思うんだけど……十分注意をしてくれるかな?」 口ではこう言いながらも、キラはそうではないと思っていた。自分をおびき寄せるのに彼らが利用される可能性は十分にあるのだ。 『キラ、心配するな。こいつらの安全に関しては、私が責任を持つ』 だから、余計な心配はするな、とカガリが即座に口を挟む。 『オーブとしても、自国民を本人の意思を無視して戦いに巻き込まれるのは認められないからな』 そんなこと、わたしが許すか、とカガリが笑う。その笑顔は、砂漠で再会したときの彼女のものとよく似ていた。 『大丈夫よ。私たちもちゃんと気をつけるし……第一、フラガさんとラミアスさんの結婚式を見れなくなるなんてことはしたくないもの』 ミリアリアの言葉に、モニターには映らない位置で彼らの話を聞いていたラミアスが頬を染めている。 「そのためにも、がんばらないと、ね」 キラは口の中だけでそう呟く。そんなキラに、ラクスとカガリが複雑な視線を向けていた。 |