何か予想外のことがあったのだろうか。 二人が戻ってくるのに時間がかかっている。 その事実にキラが不信を抱き始めたときだった。ようやく病室のドアが開く。だが戻ってきたのは二人だけではなかった。 「あれ?」 一体いつ合流したのか。ラクスとラミアスの姿を認めて、キラは目を丸くしている。 「病院のご飯はおいしくありませんもの。キラ様の食欲がなくなられたら困りますでしょう?」 にっこりと微笑むラクスは最強だと言っていい。誰も何も言うことができない。 「そう言うことですから、ご相伴にあずかりましょう。ついでに今日の予定も決めて頂けるとありがたいですね」 その上、ニコルが彼女に賛同してはお手上げだろう。 「午後になったら、カガリさんから連絡が入ることになっているの。その時にみんなと会えると思うわ」 カガリさんったら、強引だから……と笑うラミアスに、キラはそれでいいのか、とまで思ってしまう。 「……カガリ、変わってなさ過ぎ……」 思わずキラが呟いた言葉に、彼女のことを知っているメンバーは苦笑を浮かべる。 「まぁ、あの性格だからお歴々と対等に渡り合っていられるんだろう」 ともかく、飯を食え……とフラガが口に出す。 「そうですわ。朝ご飯は一日の活力ですもの。きちんとお食べください。あれこれ持ってまいりましたから」 お好きなものだけでかまいませんわ、とラクスは微笑む。 「だけど」 「大丈夫です。他のものはちゃんとみなさまが片づけてくださいますものね?」 男性が三人もいるのだから……というラクスの言葉にアスラン達は苦笑混じりに頷いている。 「でも、一口ずつは食べようね」 この言葉に、キラは渋々と頷く。 その間にラミアスの手によって、朝食が広げられていた。それは綺麗に盛りつけられていて食欲をそそるものだった。同時に、キラの好みそうなものが多い。どうやら、ここしばらくの生活の中で彼らはそれを判断してくれたらしい。 ただ問題なのはキラの体調だ。 昨日の一件が――アスランとのことも含めて――まだ尾を引いているのだろうか。それとも精神的なものからか。今ひとつ食欲がないというのがキラの本音だ。だが、それを言えばアスランが責められるのは目に見えている。 「キラ様、どれがよろしいですか?」 キラは小さくため息をつくと、とりあえずサンドイッチに手を伸ばした。 半ば無理矢理胃の中に料理を詰め込んだものの、その量は多いとは言えない。どころか、むしろ少ないと言っていいくらいだった。だが、もうこれ以上食べられないと、キラは思う。 だが、アスラン達はまだキラに食べさせたいと思っているようだ。 どうしようか、とキラは悩む。 「そこまでにしておけ、キラ。それ以上食べると吐くだろう? その方が体に悪い」 そんなキラに助けを出してくれたのはフラガだ。 「でも、フラガさん」 「後でまたなんか喰わせればいいって。おやつなら入るだろうし。こまめに食べればそれなりの量になるんじゃないのか?」 無理をさせる方が体に悪そうだ……というフラガの言葉は誰でも納得するものだったらしい。 「仕方がないな……無理をさせて体調を崩されてもダメだろうし……途中で何か食べさせればいいか」 アスランがため息と共に言葉を口にする。 「わかりましたわ。そのようにさせて頂きます」 何やら使命感に燃えているらしいラクスがきっぱりとこういった。 「キラ様、もう少し体重を増やされませんといけないと、先生からお聞きしましたもの」 ですから、しっかりと食べて頂きますわ……と言う彼女に、キラは困ったような泣きそうな表情を作る。そして、助けを求めるかのようにアスラン達を見つめた。 「……諦めてくれ、キラ……」 「あぁなってしまうと、ラクスさんは人の話に耳を貸してくれませんから」 アスランだけではなくニコルにまでこう言われては、もう誰にも打つ手がないと言うことだろう。 キラはその事実に諦めたかのようなため息をついた。 キラの手元に最近、手になじみ始めたパソコンと無人MSに搭載されていたOSのデーターが届けられたのは、ドクターとの会話が終わった後だった。 「キラ様……無理をなさらないでくださいませね?」 キラがそれの解析を始めた瞬間、ラクスが声をかけてくる。 「……うん……」 だが、その言葉はキラの耳に届いていたかどうか。 キラの意識は間違いなくパソコンのモニターに映し出されている文字の羅列へと向けられていたのだ。 ものすごいスピードで画面をスクロールしながら、キラはその内容を読みとっていく。 「……あらあら……」 その様子に気がついたラクスは、目を丸くしながらこう口にした。 「これは……一段落するまで無理ね」 でなければ、無理矢理現実に引き戻すしかないだろうとラミアスはため息混じりに言葉を吐き出す。 「失敗しましたわ。ムウを引き留めておくべきだったかもしれません。キラ君を現実に引き戻すのが得意ですもの、彼」 アークエンジェルの中でその役を担っていたのは、間違いなく彼だった……とラミアスは付け加える。 「結局、私たちはあの子にすがるばかりで……あの子自身を見ていたのは、同じパイロットであったムウだけだったのかもしれません」 真っ正面からキラの全てを見つめていたのは……と告げた彼女の瞳は、どこか辛そうなものだった。 「仕方がありませんわ。あの頃は皆、生き残ることで精一杯だったのでしょう? ラミアスさんの場合、ご自分の命だけではなく他の方々の命まで責任を持たなくてはいけない立場だったのですもの」 だから、二度とそんな立場に立たなければならない人を少しでも減らすために努力しなければならないのだ、とラクスは言葉をつづる。 「ただ……それが全てキラ様に降りかかるのは、私としては思い切り不本意なのですけど」 「同意です」 キラはもう解放されてもいいのではないだろうか。 自分だけの幸せを追求したとしても、誰もキラを責めるものはいないだろう。 周囲のものがそう思っていたとしても、本人がそれを認めないのであれば、どうしようもない。 「ともかく……私たちにできることはキラ様のお心を少しでも和らげてあげることと、周囲から守って差し上げることですわね」 まずはお食事から改善して差し上げないと……とラクスは力を込める。 「ともかく、おやつですね。今日は何にしましょうか」 ケーキのたぐいであればカロリーは摂取できるだろうが……付き合う自分たちも同じことだし、とラミアスは苦笑混じりに呟く。 「そうですわね……果物の盛り合わせなどはいいかもしれませんわね。これなら、ビタミンもしっかりと取れますし……」 ご相伴にあずかっても太る心配は少ないのでは? とラクスが真顔で答えを返してきた。 「そうですね。ケーキは午後にしましょう」 やっぱり食べたくなるのは女の性ですよね、と二人は頷きあう。 「その前に昼食がありますけど……」 「大丈夫です。食べなければ、みんなとの通話を認めないと言えば、きっと食べてくれます」 通話を楯にとって強要するのは不本意だが……とラミアスはため息をつく。 「キラ様が素直に食べてくださらなければ仕方がありませんわよ。お顔の色が悪ければ、みなさま心配なさいますし……それよりも何よりも、カガリさんに後で何を言われるかわかりませんもの」 それが一番怖いかもしれない、とラクスは苦笑を浮かべる。罵詈雑言を聞かされるだけならともかく、今の状況でこちらに来ると言い出されるのが怖い、と言うラクスの言葉はラミアスも頷くしかない。 もし、その途中で彼女が拉致されるようなことになれば、間違いなくキラは助けに行くだろう。そうすれば連中の思うつぼだ。 「きちんと、栄養だけはとって貰いましょう」 オーブとプラントの友好のためにも……とラミアスが口にする。 そんな二人の会話も耳に届いていない様子のキラは、果たして幸せだったのだろうか…… |