ぐったりとシーツに体を預けているキラの姿に、アスランは自嘲の笑みをこぼす。 「やっぱり……押さえきれなかったか」 本当は触れるだけですませるつもりだったのだ。だが、キラに触れた瞬間、その想いは綺麗さっぱりと消え失せてしまった。 「……ラクス達に何か言われるかもな……」 それはそれで鬱陶しいだろうが、だからといって後悔をする気はない。 「アスラン?」 意識を取り戻したのか。キラがかすれた声で呼びかけてくる。 「何?」 キラにしか見せない、とびきり優しい笑顔を作ると、アスランはその顔を覗き込んだ。 「……お水……」 そんな彼に、どこか甘えたような口調でキラがこう言ってくる。 「のど乾いたんだね? ちょっと待っててね」 体の向きを変えると、サイドテーブルの上に置かれていた水差しに手を伸ばす。そうすれば、今まで触れあっていたお互いの間にほんの少しだけ空間ができる。それをいやがったのだろうか。キラの腕がアスランの腰に絡んだ。 「キラ。それじゃ動けないよ」 口ではそう言いながらも、アスランの声は実に嬉しそうだ。 「……うん……でも……」 そう言ってキラは頬を染める。そしてアスランの腰へと顔を埋めた。それがどんなに自分をあおっているか、キラは知らないだろうと、アスランはこっそりとため息をつく。 「俺はどこにも行かないから。ね?」 これ以上無理を強いてはラクスだけではなくニコルあたりにも何を言われるかわかったものではない……と思って、アスランは言葉を口にする。同時に、キラをなだめるようにその髪を優しく撫でてやった。 ようやくキラの腕から力が抜ける。 アスランはグラスに水を注ぐとキラを振り向く。 「起きれる?」 こう問いかければキラは小さく頷いた。そして体を起こそうとする。だが、途中まで動いたところで、キラは固まってしまった。 「無理しないでいいから」 アスランは片腕で軽々とキラの体を起こしてやる。そして、その口元にグラスを移動させた。キラはそんなアスランに視線で礼を言うと、彼の手を包むように自分の手を添える。そしてそのままグラスの中身を一気に飲み干した。 グラスから口を離すと、キラは小さくため息をつく。 その体をアスランはまたそうっとシーツの上に戻してやった。 「おやすみ、キラ。明日からまた忙しくなるよ。起きるまでは側にいるから」 そうして、まぶたに優しく口付ける。 「うん」 ゆっくりをキラは瞳を閉じた。それでも、その腕はアスランを求めるかのように周囲をさまよっている。そんなキラの仕草にアスランは小さな微笑みを口元に浮かべた。そして、そのまま自分もキラの脇に体を横たえる。 するりっと自分の胸にすり寄ってくるキラの体に、アスランはさらに笑みを深めた。 目を覚ませば、約束通りアスランがまだ自分の体を抱きしめていてくれた。それを嬉しいと思うと同時に、キラは気恥ずかしさを覚えてしまう。 「おはよう、キラ」 だが、アスランの方はそうではないらしい。微笑みと共に言葉を口にすると、ついでとばかりに口づけてくる。 「……おはよう、アスラン……」 アスランは恥ずかしくないのだろうか……と思いつつも、キラは言葉を返す。 「ともかく、他の誰かが来る前に服を着ちゃわないとね。キラ、動ける?」 この言葉に、キラはゆっくりと体を起こしてみる。腰のあたりにまだ違和感があるが、とりあえず昨夜のような痛みはない。 「大丈夫みたい」 ほっとしながらキラは言葉を口にする。 「よかった……はい、これ」 柔らかい笑みと共にアスランがキラの服を差し出してきた。それは襟元まで覆われるシャツとゆったりとしたパンツだった。 「アスラン?」 どうして? とキラは言外に問いかける。襟元まで覆う服をキラがあまり好んでいない……と言うことは彼も知っているはずなのだ。 「ごめん……痕、つけちゃったから」 言葉と共にアスランの指先がキラの首筋をつつく。その意味がわかって、キラは顔を真っ赤に染めてしまう。 「大丈夫。襟をくつろげなければ見えないから」 ごめん、と再度謝られては、キラも怒るわけにはいかない。そもそも、自分がいいと言ったのだから……とキラは自分に言い聞かせる。そしてもそもそと服に袖を通し始めた。 そして、最後に襟元のボタンを留めたときだ。まるでタイミングを見計らったかのようにドアが開かれる。 「おはようございます、キラさん」 だが、顔を見せたのはラクス達ではなくニコルとフラガだった。予想もしていなかった彼らの訪問に、キラが困惑の表情を浮かべる。 「どうした? 俺たちが来てはまずかったか?」 くすりと笑いを漏らしながら、フラガが問いかけてきた。それが何を意味しているか、そう考えると、キラはますますどうしていいのかわからなくなってしまう。 「……二人とも……言いたいことがあるなら、俺に言ってくれないか? キラが混乱している……」 いじめるんじゃない、とアスランが助け船を出してきた。 「そんなつもりはなかったんですけど……」 「……まぁ、一応保護者としてはだな」 事実を確認しておきたいと思っただけだ……と付け加えられて、キラは本気で泣き出しそうになってしまう。 「……わかった、わかった……それに関してはとりあえず保留にするから、泣くな」 それを見て、慌ててフラガが言葉を口にする。 「お前が自分で納得しているなら、それでかまわないからさ」 別段責めようとか反対しようとしたわけじゃない……とあわてふためいて口にする彼に、キラはとりあえず小さく頷いて見せた。 「で? わざわざこんな朝早く来た理由は?」 アスランが冷たい口調で問いかける。 「……アスランにあのあとの報告と……キラさんのお話しを少しお聞きしてから次の行動を決めようかと思いまして」 にっこりと微笑みながらアスランへと向けているニコルの視線がいつもと違うように思えるのは、キラの気のせいだろうか。 「……僕に、ですか?」 一体なんだろうというようにキラは小首をかしげてみせる。 「……あのOSのことだたが……バージョンがいくつかあるのかどうか、確認したくてな」 それによって、いつから開発が進んでいたのかが推測できるかと言う話になった……とフラガがニコルの言葉をフォローした。 「あれは……僕が手を出してから3回は書き直したような気がします……はっきりとしたことは、みんなに確認を取ってみないとわからないですけど……」 ソースを見ればわかるかもしれない、とキラは付け加える。 「結局、そう言うことか……と言うことは、パソコンを持ち込みして仕事をして貰わないとダメってことか」 「ですね。キラさんがお使いのものは、フラガさんのお宅に?」 「マリューに連絡だな。仕方がない」 二日三日は休ませたかったんだが……と言いながらフラガは立ち上がった。今ならまだ家にいるだろうと付け加えると、連絡を取るためにか部屋を出て行く。 「……他には何かあるのか?」 アスランがまだ室内に残っているニコルに問いかけた。 「あの件について……キラさんがどうなさるのか、隊長がお聞きしてこいと……」 プライベートに踏み込んで申し訳ありません……とニコルは本気で頭を下げている。 「それについては……」 「あぁ……ラクスに婚約解消をして貰うことを話しておかないとな」 キラが答えを返す前に、アスランがにこやかにこう告げた。 「そうですか。では、そのように連絡しておきます」 それだけでニコルには十分だったらしい。心からの微笑みをキラへ向けると頷いてみせる。 「と言うわけで、ちょくちょくお邪魔することになるかと思います。それと、必要な機材がありましたら用意しますから、遠慮なく言ってください。なんなら、マードックさんを補佐につけますし」 ともかく、あのOSについて調べて欲しい……とニコルは付け加えた。ただ、キラの負担にならない程度で……としっかり釘を刺すことも忘れない。 「あくまでも、キラさんの治療を優先してくださいね」 ね、アスラン……と付け加えられて、言われた当人が咳き込んでいる。 「アスラン? ニコルさん?」 キラだけがニコルの言葉の裏に隠されているものに気づいていないらしい。小首をかしげている。 「なんでもないよ。それよりも、朝ご飯を食べないと……付き合うから。ニコルは?」 「頂きますよ。僕もフラガさんも、朝食どころかようやく本部から抜け出してきたという状況ですから」 微笑みを深める彼にアスランも苦笑を返す。 「では、そのように手配をするか。ニコル?」 「僕が行きますよ。アスランはキラさんの側にいて上げてください」 気軽に腰を上げる彼に、キラが慌てて声をかけようとした。 「気にしないでください、キラさん。お邪魔をしたのは僕らの方ですから」 このくらいは当然だ……と付け加えるとニコルも病室から出て行く。 「……ともかく、これから忙しくなるな、お互い」 困ったようにキラがアスランへと視線を向ける。そうすれば、アスランがいいからというように微笑んで見せた。 「だね……こんな事、終わって欲しいのに」 「俺もだよ」 直ぐに終わらせるから……といいながらアスランはキラを抱きしめる。そんな彼の腕の中で、キラは小さく頷いて見せた。 |