「イザーク! アスラン!」
 二人の背に、ディアッカの声が届く。振り向けば、いつもの笑みを口元に浮かべた彼が立っている。
「何だ? お前も呼び戻されていたのか」
 同じ時期にそれぞれ出かけたはずだよな、とイザークが言葉を返した。
「それにしては、バスターを見かけなかったが」
 アスランの言葉に、
「中ではバスターの実力が発揮できないからな。外でがんばってたんだよ」
 ディアッカはこう言い返す。
「単に、加減ができないって言うだけだろう、お前の場合」
 そんなディアッカに、イザークがからかうような口調で言葉を投げつけた。
「お前なぁ……まぁいい。アスラン、お前のお姫様は? 一緒だと思っていたんだが」
 話題を変えようとするかのようにディアッカはアスランに問いかける。
「キラのことか? ニコルと一緒だ」
「ストライクで行ったから、途中で何かあったとは思えないな」
 イザークが付け加えた言葉に、ディアッカは感心したように口笛を吹き鳴らす。
「それは、ぜひ見たかったな。ストライクとブリッツが一緒に動いている姿を」
 本気で残念そうだという口調でディアッカが言葉を付け加える。
「思ってもいいが……本人には言うなよ」
 そんな彼に、アスランが牽制するようにこう言った。
「ただでさえ、精神的に不安定なんだから。ストライクに乗ったのだって、それ以外にみんなの安全を確保できなかったから……という理由だし」
 もし、あの場にイージスかブリッツがあれば、キラはストライクを動かさなかっただろう。この言葉にイザークも頷いている。
「……そう言うのもわかるけどな……」
 だが、それだけで二人がこれほどまでに自分を牽制するだろうか……とディアッカは考えた。
「それに……あれのことで、何かを知っているらしいんだ……」
 キラにとって、それはかなり負担になっているようだ……とアスランが口にする。
「それはまた、厄介だな」
「あぁ……だから、狙われる……というわけだろうし」
 本人の意思には関係なく、とディアッカは頷く。
「キラにとっては、まだまだ戦争は続いているわけだ」
 そのために起こしたわけじゃないのに……とアスランは眉をひそめる。
「いつになったら、俺はキラに平和な世界を見せられるんだろうな……」
 小さく呟かれた言葉は、他の二人の胸にも棘を刺す。
「悪いのはナチュラルだ……と言いきれなくなってきたしな」
 ナチュラルでもいい人間はいる、とイザークは苦笑を浮かべた。どうやら、そう認識できるまで彼も人間的に成長したと言えるのだろう。
「ともかく、出迎えてやろうぜ。ストライクで戻ってくるんだろう?」
 お前の顔を見れば、少しは安心するんじゃないのか? とディアッカはアスランに問いかける。
「だといいんだが」
 そう言いながらも、アスランは近くの端末へと歩み寄っていく。
「謙遜……っていうわけじゃないようだから厄介だよな、あいつらも」
 普通なら修正されていたであろう関係が、キラの性別の問題で新たな壁を二人の間に作っているらしいことにディアッカは気づいていた。あるいは、ニコルとラクスあたりも気づいているのかもしれないと思う。
「3年という時間が、それほど大きかった、と言うことか?」
 ディアッカの言葉に、イザークがどこかずれた問いかけを口にする。
「まぁ、それもあるだろうな。ともかく、あいつが素直になれば、さっさと解決しそうな気もするが」
 あの調子ではまだ時間がかかりそうだよな、とディアッカは口調を浮かべた。
「その時間があればいいんだろうけどな」
 今の様子では難しいだろう。
「今ひとつ、わけはわからないが……あいつはともかく、キラには少しぐらい幸せがあっても良さそうだよな」
 あいつの辛そうな表情は見ているのが辛くなる……とイザークは付け加える。
 そんなイザークを、ディアッカは思わず不思議な者を見るようなまなざしで見つめてしまう。
「何だ?」
「……いや、お前からそんなセリフを聞くとは思わなかっただけだ……」
 ディアッカが素直にこう言えば、イザークは思いきり不機嫌そうな表情を作る。
「……俺だって、あいつが置かれていた状況がかなり特殊だったと理解できたからな。第一、本物を見てそう言わない奴がいると思うか?」
「思わないな」
 ディアッカが肯定をしたとき、アスランが通話を終わらせた。その表情が何か思い詰めたようなものになっている。
「アスラン?」
 彼らの問いかけに答えることなく、アスランは駆け出していく。
「どうやら、お姫様に何かあったな」
 言葉を残して、ディアッカも彼の後を追いかけて走り出す。イザークも負けじと走り出した。

 彼らが辿り着いたとき、キラはぐったりと意識を失った状態でフラガの腕の中にいた。
「ニコル!」
 アスランの声に、ニコルが三人へと視線を向けてくる。
「一体……」
「すみません……キラさんが興奮していたので、鎮静剤を使いました」
 アスランの問いかけに、ニコルがこう言葉を返す。
「……あれのOSを作ったのが、こいつらしいんだよな……もっとも、確認してみないと定かとは言えないらしいが」
 可能性は高いと、自分を責めていたから……とフラガはため息をつく。
「ともかく、ここじゃまずいですね。キラをゆっくり休ませてやりたいし……」
 移動しましょう、とアスランは彼らに提案をした。
「そうだな。どうせ、直ぐには目を覚まさないんだろう? クルーゼ隊長にも報告をした方がいいだろうし。行くか」
 ディアッカもそんなアスランに同意を示す。
「あちらでも何か掴んでいるんだろうし……少しでも情報が欲しいのは事実だろう?」
 さっさとあいつらをつぶしておくためには、さ……というディアッカの言葉はある意味彼らしいといえるだろう。だが、それはこの場にいるもの全員の共通した想いでもあった。その根本にある理由はそれぞれ異なっていたとしても、だ。
「……向こうにいれば、そいつが目覚めるまでに必要な資料をそろえておくこともできるか」
 キラが作ったのであれば、対処法も見つけられるだろうとイザークが口にする。
「……それと……カガリ嬢ちゃんにも連絡を取って欲しいんだが……」
 腕の中の体をアスランへと預けながらフラガが口を開いた。
「カガリさんと言いますと、オーブの?」
「あぁ……他の坊主達の居所をな。キラの話では、連中も関わっていたはずだ。そして……あいつらはアスランや俺たちと同じくらい、キラに影響力を持っている」
 取り越し苦労ならいいんだが……と言葉を濁すフラガが何を言いたいのか、アスラン達にもしっかりと伝わってくる。
「……彼らにも一応護衛は付いているはずですが……」
「しかし、こいつほど厳重じゃないはずだ。あいつらはそれほど重要な存在だとは思われていなかったし……それに、オーブの人間だから、俺たちが手を出すいわれはなかったしな」
 オーブで責任を持つと言うことと未成年だったと言うことで、彼らはフラガ達とは別の処分を受けたのだった。
「それが、キラにとって不利益になるんだったら、あの時の判断を恨むしかないのだろうが……」
 今更それを言っても意味はないか。そう呟きながら、アスランはキラを抱えたまま立ち上がった。
「ともかく、確認だけはしておきましょう。彼らの無事がわかれば、キラさんの不安は一つ解消されるのですし。これから、キラさんは忙しくなることは分かり切っているのですから」
 キラが作ったOSならば、それに対する対処法を考えて貰わなければならない。そうでなかったとしても、キラの能力であればOSの解析の協力を求められることは目に見えてきた。
 それ以上に、キラの身の安全をどう確保していくか……と言うことも重要だろう。
 あの男のようにザフトの中にまだ相手の手のものがいないとは限らないのだ。
「……ようやく取り戻したんだ……もう、誰にも奪わせるものか……」
 歩き出しながら、アスランは言葉を吐き出す。その声は他の者の耳には届かなかったのだろうか。それはそれでかまわない、とアスランは心の中だけで呟く。
「キラ……俺が守るから……」
 腕の中の意識を失った体を抱え直しながらアスランはキラに呼びかける。だが、答えは返ってこなかった。