「邪魔をするんじゃねぇ!」
 言葉とともに割り込んできたMSをディアッカは撃ち落とす。
 だが、それの残骸の間をすり抜けるようにして別のMSが襲いかかってくる。
 あるいは、最初からそれが目的だったのかもしれない、とディアッカはそのビームサーベルを避けながら心の中で呟く。
「こう言うとき、こいつの装備が物足りなくなるんだよな」
 元々遠距離からの攻撃を主眼において開発されたバスターは近接戦用の装備と言えるものは両肩のミサイルポットだけだ。だが、これも数に限りがある。そして、防御用のシールド等は一切持っていない。
「くそ……いっそ、ジンから取り上げるか」
 ジンのサーベルはビーム式ではなく実剣であるため、バスターでも十分使えるだろう。
 もっとも、現在側にはジンは見かけないし、相手が取りに行く時間を与えてくれるとは思えない。
「せめて、こっちにも誰か来てくれれば楽なんだが」
 プラント内部でも同じような状況であれば、救援を求めるのは不可能だろう。
 第一にして、それを求めると言うことはディアッカ自身のプライドを傷つける行為でもある。
「……無理なら、そうそうに片づけるしかないんだよな……こいつを」
 そうすれば、一番手っ取り早いよな……と口にするとともに、ディアッカは舌先で唇を湿らせた。
「さて……とりあえず、状況を少しでも有利にさせてもわらないとな」
 いつまでも一方的に好き勝手されるのは不本意だ……と口にすると、ディアッカはミサイルを全弾、目の前の相手にたたきつけた。
 即座にバスターを移動させると、相手をロックする。
「と言うわけだから、本気にならせて貰うぜ」
 この位置であれば、例え相手が退避行動を取ったとしてもプラントを傷つけることはないだろう。今まではその可能性があったために、せいぜいビームライフルで――しかも出力を最小限まで絞った状態で――お茶を濁していたのだ。
 だが、もうその遠慮はいらない。
 ディアッカの、キラとは微妙に色調が異なる紫の瞳に楽しげな色が浮かぶ。
「十分楽しませて貰ったしな」
 もうお前の相手をするのも飽きた……と、それこそ勝手なセリフをディアッカは口にした。
 そのままビームを相手めがけて連射する。それも、微妙に角度を変えて……だ。
 さすがにこの攻撃までは相手も予想していなかったのか。そのうちの何発かが直撃とは言わなくても十分にその機動性をそぐ位置にヒットする。
「さて……顔ぐらいは拝ませて貰うか」
 後は完全に相手の動力を寸断すればいい。
 誰がこんな大それたことを計画したのか、知りたいと思っているのは自分だけではないだろう。
 そして、その答えを知っていそうな相手が目の前にいる。それを殺すのはもったいない――と言ってしまっては語弊があるだろうか――とディアッカが判断をしても無理はないだろう。
 そのための準備として、相手から完全に自由を奪う。ディアッカがそれを実行しようとしたときだった。
「何!」
 いきなり目の前の機体が高速で移動を始める。
「……ミラージュコロイドを搭載した何かがこの場にいたって事か……」
 そして、仲間の危機に助けに入ったのだろう。しかも、ブリッツに搭載されているよりも高性能なのか、半壊したMSまで全てのセンサーから消え失せてしまった。もちろん、肉眼でも見ることはできない。
「これは……近々再戦があるってことだな」
 逃がしたことは惜しいが、仕方がない……と意識を切り替えると、ディアッカはまだのこの場にいる他のMSを餌食にするために動き出した。

『あそこです』
 そう言いながらニコルが示したのは、プラント全体のエネルギーを監視している使節だった。逆に言えば、それだからこそプラント周辺の全てのMSに電波を送りことができるのだろう。
「わかった」
 なら、早々に何とかしないと……とキラはそのままストライクのコクピットからおりようとする。
『ちょっと待て! また変な奴らがいると厄介だぞ』
 その時、キラの耳にフラガの声が届く。
『そうですね。安全を確保してからでも大丈夫でしょう』
 ニコルにまでこう言われれば、キラとしては従うしかないだろう。
「わかった。でも……早くしないと、みんなが」
 今も危険にさらされているのに……とキラが呟く。
『心配するな。例えパイロットが乗っていたとしても、早々簡単にやられるようなパイロットはいないから』
 そんな奴は実戦に出してもらえない、とフラガがキラに伝えてきた。
『俺だって、かなりまずかったんだぞ』
 苦笑混じりに付け加えられた言葉に、キラはかすかに笑みを浮かべる。
「OSの関係だけではないのですか?」
 フラガの実力であれば、MSの操縦自体は直ぐに身につけられるであろう。そして、MAでの経験は十分に役立つのではないか……とキラは思っていた。
『そうかなぁ……そう思うのなら、キラ、何とかしてくれ』
 そうすればお荷物から脱出できる……とどこか冗談めかした口調でフラガは言い返してくる。それは、自分に少しでも不安を感じさせないためなのではないか、とキラは思う。そして、そう言う気遣いをさせてしまう自分がふがいないとも思ってしまった。
『一足遅かったようです。逃げ出した痕跡があると連絡がありました』
 そんなとき、ニコルの報告が届く。
『じゃぁ、大丈夫だな……どうする? 全員で行くか? それとも、誰か残るのか?』
 それにフラガがこう問いかけている。それは、彼の判断に任せると言うことでもあるのだろう。
『そうですね……キラさんに入って頂かないといけないでしょうし……フラガさんにもご一緒して頂いた方が確実でしょうから……ジンを残しましょう』
 万が一の時には自分で判断して動けるでしょうし……と言う言葉は、ジンのパイロットに対する牽制だろうか。
『そう言うことだそうだ、キラ。出てきていいぞ』
「わかりました」
 言葉とともにキラはコクピットを開ける。ここは重力がほとんどないので、そのままニコルの元へとハッチを蹴った。
 そんなキラをかばうかのようにフラガの大きな体が寄ってくる。
 過保護な、とも思うが、先ほどの一件がある以上当然かもしれない、とキラは思い直した。MS相手なら――多少こだわりは残るが――何とか戦えるキラでも、相手が生身では傷つけることすらできないのではないかと言う自覚を持っているのだ。
 そんな事態から彼らが自分を遠ざけようとしてくれていると言うこともわかっている。
「キラ。またくだらないことを考えてるな、お前は……それよりも、もっと先にすることがあるだろう?」
 どうして、フラガにはわかってしまうのか……とキラは思う。
「一応、保護者だからな、お前の」
 必要はないのかもしれないが……とフラガは笑った。
「いえ……側にいてもらえて、とてもありがたいです」
 安心できるから……とキラはそんな彼に言葉を返す。
「ならいいんだがな……それよりもあれだが……」
 目的に着くまでにざっと説明してくれ、とフラガは口にする。
「昔……まだ、ヘリオポリスにいたころ、僕たちが作っていたOSの動きによく似ています。おそらく、それをどこからか入手して改良したのではないかと思うのですが……」
 OSを解析してからでないとはっきりしたことは言えないが……とキラは眉をひそめた。
「本来、こんな事に使うためのOSじゃなかったのに……」
 思わず口からこんなぼやきが漏れる。
 本来、あれは人間が行けないような場所での作業用に開発をしていたロボットの遠隔操作用OSだったのだ。もっとも、それを完成させる前に教授のカトーが別の方面へと興味を移してしまったために途中で放り出した形になってしまってはいたが。
「ともかく、解析してからですよ。偶然という可能性も、盗用という可能性もありますから」
 キラがこれの開発に関わることができなかったことは明白なのだ、とニコルは告げる。
「そうだな。おそらく、どこからか入手したんだろうが……自分たちでは手に負えなくなった……と言うところか」
 彼らが納得したところで、目的地へとたどり着く。そこには既に数人のザフト兵がいた。
「あの装置から電波が出ているそうですが……止めればいいのですよね?」
 バランスによってはMSが倒れるかもしれないが、それに巻き込まれるものはいないだろうとニコルは口にする。
「多分……僕たちが作ったままなら、これでAIと大本のコンピューターをリンクしているはずなので……」
 その言葉の裏に隠れている事実に、ニコルとフラガは即座に気がついたようだった。だが、それよりも先に無人MSの動きを止める方が先決だと考えたのだろう。ニコルは兵士達に指示を出す。
「……とんでもないことになりそうだな……」
 それを見つめながら、フラガが呟く。
「そう……ですね」
 一機に動き始めた事態に、キラは自分がまた流されていくだけなのだろうか……と心の中で付け加えた。

 無人MSが動きを止めるとともに、有人機は即座に退却を始める。
「敵の目的地を補足しろ!」
 クルーゼの口からだけではなく、それはプラントの外にいたディアッカやイザーク、アスラン達のそれからも同じ意味の言葉が発せられた。
 おそらく、彼らが行く先に、今回の大本がいるだろうと。
 だが、その期待はことごとく裏切られた。
「全て、ロスト……です。ミラージュコロイドを搭載しているものと思われます」
 コーディネイターの科学力でも、まだ、ミラージュコロイドを補足することができるセンサーを開発できていない。つまり、彼らの行く手をセンサーで確認することはできないと言うことだ。
「……仕方がないな……残された機体から、少しでも情報を得るしかないか」
 でなければ、ニコル達が何かを掴んでいるかもしれない……とクルーゼは心の中で付け加える。
「どちらにしても、忙しくなることは間違いないな。周囲の警戒と、残念だが、元連合軍の者たちの監視を強めなければなるまい」
 疑いたくはないが……と吐き出す程度には、彼もナチュラルの部下を信用し始め艇のかもしれない。もちろん、それは彼だけではないだろう。他の者たちも同じだといえる。
「さて……信用できる者がどれだけ残っているか。あれらは大丈夫だろうがな」
 少なくとも《キラ・ヤマト》の身柄がこちらにある限り、とクルーゼは思う。
「ともかく、あの子供の安全の確保が第一か……本人の意志が固まるまで待つつもりだったが……説得をするしかないだろうな」
 少なくともザフトの病院であれば身の安全の確保も比較的容易であろう。また、面会をする者も制限することができる。
 もちろん、病院内でもキラが不自由しないように配慮する必要はあるだろう。
「ナチュラルとコーディネイターの戦争に再び世界を巻き込むわけにはいかないからな」
 ようやく訪れた平和に、二つの種族の間にあった溝が埋まりかけているのだから……とクルーゼは瞳を閉じた。