「見事、と言うべきなのだろうな」
 もちろん、その事実にクルーゼは気づいていた。
 同時に、キラの能力の高さに改めて感嘆させられる。
 キラが眠っていた3年間、イザークもかなりの成長をした。だが、それに負けないくらいの動きをストライクは見せている。
「いや、当然と言うべきなのかな? あの頃、四人を相手にしても互角以上の戦い方を見せていたのだから」
 その実力と他の者の実力がようやく拮抗してきたと言うことなのだろうとクルーゼは判断をした。
「コーディネイターの将来に向けては、その実力の持ち主が『女性』だと言うことは喜ばしいのだろうが……ザフトの指揮官としては惜しいとしか言いようがないな」
 キラ達の動きを妨げることなく、だが、二人が決して不利な状況へ陥らないように的確なフォローをクルーゼは行っていた。
 だが、そんな彼にも今ひとつ理解できないのは、彼らとともにここに来たエレカの動きだった。
「あれにはアスラン達が乗っているはずなのだが……」
 それにしては、彼らが自分たちの機体に向かう気配はない。この状況であれば無条件で行うのではないか、と思っていたのだが、とクルーゼは眉をひそめた。
 だが、逆に言えばそうできない理由があると言うことでもある。
「確認をした方がいいか」
 何か理由があるのであれば、フォローさせなければならないだろう、とクルーゼは思う。
『クルーゼ隊長!』
 だが、彼が問いかけるよりも早く、ニコルの声が彼の耳に届いた。
「何だ?」
 即座に言葉を返しながら、クルーゼは襲いかかってきたMSを手にしていたサーベルで切り伏せる。
『大至急確認して欲しいことがあります。こちらからだけでは位置の特定まで至らなかったので……』
「……何か、知っているようだな」
 どうやら、彼らは現状について何か情報を持っているらしい。それを確認したいが、今はその時間はないだろう。
「わかった。後でじっくりと聞かせて貰おう。で?」
 何をすればいいのだ……とクルーゼは問いかける。
『ある周波数の電波の発信元を。キラさんの話ですと、それを止めれば少なくとも無人MSは動かなくなるそうです』
 この言葉で、クルーゼはキラが狙われている理由が自分たちの想像と微妙にずれているらしい、と理解をした。
「本当に、才能にあふれると言うこともまた不幸なのかもしれないな」
 本人は平穏な生活を望んでも、その才能がそれを許さない。だが、それもまたキラが努力をして身につけてきたものであるのだ。それを否定することは、それまでのキラの人生を否定することでもあるだろう。
「そちらの方は任せておけ。お前達は早くそれぞれの機体を起動させろ。いくら彼らでも、いつまでも戦ってはいられないのだぞ」
 それに、それを特定するまでに多少の時間を必要とするだろう……とクルーゼは口にする。
『了解しました』
 言葉とともにエレカが動き出した。  それを確認して、クルーゼは本部へと回線を開く。そして、必要と思われる指示を出した。

「……これも、寝ていたせいかな……」
 それとも、徐々に始めた――と言っても、完全に『女性』になることを認めたわけではない。このままでは、日常生活に支障が出るから、と言うので、最低限のバランスを確保するためのものだ――ホルモン治療の影響なのか。
 キラは、自分の体力が以前ほど持たないという事実に直面していた。
「ともかく、がんばらないと……」
 そうは思うのだが、体が思うようにならない。
 相手が無人機だから何とかなっているような状況だと言っていいのだろうか。
 だが、逆に集中力は上がってきている。
 相手のパターンが読めるからではないのだろうが、先を制することで被害を最低限に抑えることができていた。
『キラ! 大丈夫か?』
 それでも、多少動きに影響が出ていたのだろう。イザークがどこか心配そうな声をかけてくる。
「だと思う……久々だから、こういう状況は」
 思考と体が上手く連携していないのかも……とキラは言葉を返す。
『無茶はするな。今、イージスとブリッツが応援に来る。そうすれば、少しは楽ができるはずだ』
 そして、相手が自分たちに集中すれば、それだけ他の者たちが動きやすくなる、とイザークは付け加える。
「ありがとう、心配してくれて」
 そんな彼に、キラはこう言い返した。
『お前に何かあっては寝覚めが悪いだけだ』
 イザークは言葉とともに目の前の機体を殴りつけている。どうやら、ビームを使うのももったいないと思っているようだ。
 その理由はキラにも納得できる。
「失敗したな……ソードユニットも持ってきて貰えばよかったかも」
 そうすれば、万が一の時にも対処できただろう、とキラは心の中で付け加えた。だが、今更言ってもどうしようもないことは事実だ。
「ともかく、あの電波さえ止め貰えれば……」
 少なくとも、この有象無象と襲いかかってくる分はなくなるだろう……とキラが考えたときだ。
「えっ?」
 今までとは違う動きを見せるMSの攻撃に、キラは一瞬、対処が遅れてしまう。それでも何とか防御をすることができたのは、条件反射だろうか。
「……こいつ……パイロットが乗っている?」
 キラはかすかに目を眇めながら目の前のそれを睨み付けた。
 今まで相手をしてきた機体とは雲泥の差だと言っていいであろう動き。それから、かなりの熟練パイロットが乗っているものと推測できた。
 あるいは、あの三機のGのパイロットのうちの誰かかもしれない、とキラは思う。
「だとしたら、かなり厄介だよね」
 今の自分では……と自嘲の笑みをキラは口元に刻んだ。
「でも、負けるわけにはいかないんだよ」
 意識を切り替えると、キラは目の前のMSにだけ意識を集中する。
「僕は……ここで……みんなと一緒に生きるって、決めたんだから」
 アスランあたりが耳にすれば、喜びを隠せないであろうセリフをキラは口にしながら、ストライクのスロットルを握り直した。

「キラ!」
 イージスで戦場に出たアスランの目に飛び込んできたのは、敵のMSと戦っているストライクの姿。しかも、その様子から、そのMSに乗っているパイロットはかなりの――おそらくフラガと同レベルだろう――のパイロットだと推測できた。
 そんな相手でも、キラは互角以上に戦えるだろう。
 ただ、それはあくまでもキラの体に問題がなければ……の話だ。
「……今のキラの体は……」
 治療の関係で、あの頃と同じとは考えてはいけない。そう、キラの治療を担当している医師からは言われていた。それでも先ほどのキラの言葉を受け入れたのは、あのMSの動きが単一で、キラに負担がかからないと判断したからだ。
 だが、相手がそれなりに熟練したパイロットではどうだろうか。
「何て言っている場合じゃないな」
 キラが怒るかもしれないが、間に割ってはいるしかないだろう。アスランはそう判断をした。そしてそのままイージスをストライクの前へと移動させる。
『アスラン?』
 驚いたようなキラの声が通信機から飛んできた。
「電波の出所がわかったそうだ。キラはニコルとともにそっちに行ってくれ」
 お前が一番よくわかるだろう、とアスランは付け加える。それは同時にキラを納得させるだけの理由になってくれるだろう……とアスランは判断をした。
『……でも……』
「ここは俺に任せておけ。それよりも、今戦っている者たちのためにも、頼む」
 そろそろ、一番最初に出たジンは、かなりまずい状況になっているはずだ……とアスランは付け加える。
『……わかった……』
 こうまで言われてはキラが逆らえないと言うことをアスランはよく知っていた。だからこう口にしたのだ。
 ストライクが離れていくのを確認して、アスランは口元にキラには見せない種類の笑みを浮かべる。
「と言うわけだから、お前にキラの後を追わせない」
 ついでに、今回の件が誰の発案なのか聞かせて貰おう……と付け加えた。
『アスラン!』
 そんなアスランの邪魔をするかのようにイザークの声が耳に届く。
「何だ」
 キラ相手なら大概のことは妥協できるが、相手が彼では別だ。会話を交わす時間も惜しいというように一言だけ返す。
『任せていいんだろうな。こちらはバッテリーがそろそろまずい』
 考えてみれば、それだけの時間が経っているのだろう。
「仕方がない。できるだけ早く戻れよ」
 でないと、ニコルとフラガをキラに着けてやった関係上、かなりきつい……とアスランは心の中で付け加える。
『もちろんだ。貴様にだけおいしいところを持って行かれるのは不本意だからな』
 イザークらしい一言とともに、デュエルが後退をしていく。それを追いかけようとしたMSを、アスランはビームライフルで撃ち落とした。
 もちろん、目の前の相手とも交戦しながらだ。
「……さすがにこれだけいると鬱陶しいな……」
 かといって、一撃で大多数のMSを撃破できるであろうスキュラは現在使えない。
「キラに期待するしかないんだろうな」
 結局、そう言うことになってしまうのだが……とアスランは苦笑を浮かべる。そして、目の前の相手をどう処理するかに思考を変えていった。