キラの指がOSのロックを外していく。それはキラの意識では、最近まで毎日のように行っていた行為だ。もうキーボードを見なくても行うことができる。 「……でも、やっぱり好きになれないな……」 だが、とりあえず嫌悪感は感じられない。それはアスラン達を守るという前提があるからだろうか。 「ともかく、あいつが余計なことをしていなければいいんだけど……」 下手にOSや機体をいじられていたら話が厄介になる……とキラは呟く――もっとも、OSに関してはロックを外さない以上外部から潜入できないのだが――機体の関節部分に関しては何かあっても自分ではお手上げだ。それを補正して動かすしかないだろう。 小さな音を立てて、ストライクが起動していく。 『キラ!』 それを待ちかねたかのようなアスランの声が通信機から飛び出してくる。 「何?」 まさか、自分が代わるというのだろうか……と思いつつキラは彼に言葉を返す。 『マードック氏から伝言だ。とりあえず外見からは異常がないと。ただ、おかしいと思ったら直ぐに言え、だそうだ』 どうやらいくらアスランでもそこまではしないとわかって、キラはほっとしたようにため息をついた。 「わかった。こちらでもチェックしたいけど……その時間はなさそうだね」 ストライクのセンサーがこちらに近づいてくるものがあると告げている。 「エールかソードユニットはどこにあるのかな?」 このままではいい的かもしれない……とキラは意識を切り替えつつ口にした。 『今、用意している』 どうやら、それに関してはマードック達がしっかりと考えていてくれたらしい。モニターを調整して周囲を確認すれば、確かにエールユニットを運んでいるのがわかった。 『だが、装着できるのか?』 「大丈夫だよ。慣れているから」 キラはさらりと言い返す。 「それに、僕にとってはこの間までそれが日常だったんだよ、アスラン。だから、体が覚えている」 そう言いながら、キラはストライクを動かしエールユニットを装着した。本来ならソードかランチャーの方が装着は楽なのだろう。だが、マードックはキラが一番エールと相性がいいと知っている。だからこその選択なのだろう。 「……これなら、プラントを損傷させることはないだろうし……」 そう呟かれた言葉の意味を知っているものがこの場にいるだろうか。 だが、キラは忘れていない――忘れられないと言うべきか――自分が撃ったビームがヘリオポリスを損傷したという事実を。そして、それがヘリオポリス崩壊の要因になったのでないのか、と。 だから、と言うわけではないが、キラはあれ以降滅多に自分からランチャーを選択することはなかった。戦況によっては渋々と言ったところだ。 『キラ、何か?』 しっかりとキラの呟きを聞き取ったのだろう。アスランが聞き返してくる。 「なんでもないよ。それよりも、外の状況はどうなっているわけ? ストライクからだと、全然、戦況とかわからないんだけど」 コードが違うせいかな、とキラは付け加えた。 『そうか……ストライクはまだあちらのコードだったな……どうする?』 最後の問いかけはキラにではなくおそらくニコルに向けられたものだろう。 『そうですね。とりあえずはアスランの隊のものでいいのではないですか? うちの隊のものは、クルーゼ隊長に確認を取ってからでないと』 『と言うことだ。キラ、今から言うから書き換えてくれ』 そう言いながら、アスランは十数桁の数字とアルファベットの組み合わせを口にする。キラはそれを聞くと同時にストライクの認証コードを書き換えていく。 「終わったよ」 『了解。それでザフトに撃たれることはない。と言っても、ストライクは皆知っているし、デュエルとともに行動すればそんなことをしようなどと思うものはいないだろうけど』 そして、少なくとも一部の者たちの志気は上がるだろう……とアスランは口にした。 「どうだろうね」 キラは作業が終わったことを確認してストライクを立ち上がらせた。マードックがこまめに整備していたのだろう。数年ぶりに動かされるとは思えないほどその動きは滑らかだ。 『少なくとも、そう思っている人間がここにいるぞ』 二人の会話にイザークが口を挟んでくる。 「イザークさん?」 『最初からこうなるべきだったんだ。と、言うわけで行くぞ。お邪魔虫だ』 この言葉に、キラは言おうとしていた言葉を飲み込んだ。その代わりというように、ビームサーベルを抜く。 『まずは、本部だな。その方が近い』 そこに行けば、クルーゼと合流できるだろう。その言葉に異議を唱えるものは誰もいない。 デュエルに続いて、ストライクも通路を移動し始める。その後をアスラン達が乗ったエレカが追いかけてきた。 「……絶対、みんなを守るんだ……」 キラは口の中で小さく呟く。みんなを守るという意思。それだけが、自分とストライクを結ぶ絆だというように。 予想以上に手応えがない――あるいは、人間の動きを感じさせないと言うべきなのか――相手に、キラは逆に困惑を覚えていた。 「この動き……まさか……」 キラは思わず全ての思考を放棄しかけてしまう。 『キラ、どうかしたのか?』 アスランの声がキラの意識を現実へと戻す。 『ぼうっとしているんじゃない!』 同時にストライクに襲いかかっていたMSがデュエルによって吹き飛ばされた。 「ごめん……ちょっと気になることがあって……」 キラは素直に謝罪の言葉を口にする。 『それについては後で聞いてやる。今は目の前の敵に意識を集中させろ!』 『そうだよ、キラ。生き残ることが大前提だ』 二人の言葉はもっともなものであろう。自分たちがこの場で一人でも欠けると言うことは、相手の思うつぼかもしれない……とキラは意識を目の前の敵に集中させる。 「アスラン」 それでも、どうしても頭の中の疑念を振り払うことができないキラは、エレカの中にいる親友に声をかけた。 『何だ、キラ?』 アスランが不審そうな口調で言葉を返してくる。 「確認して欲しいことがあるんだけど……次の周波数の電波が出ていないか、調べられる?」 その後、早口で周波数を口にした。同時に、予想が外れていればいいんだけど……とキラは小さな声で付け加える。 そんなキラの耳に、マードック達に確認を取っているらしいアスランの声が届いた。 『できるらしいけど……理由を聞いてかまわないかな?』 その問いかけに、キラは一瞬ためらいを見せる。だが、彼のことだ。キラが理由を言わない限り動いてくれないだろう。そして、今は少しでも時間が惜しい。 「……ひょっとしたら、それでコントロールされているかもしれないから」 あのMSとキラが口にした瞬間、回線の向こうでアスランだけではなくイザークも息を飲んだのがわかった。 『お前……まぁいい。後で聞けばいいことだな』 それよりも、この鬱陶しい連中がいなくなってくれるなら、とイザークは付け加える。 『了解した。直ぐに確認する』 アスランも同じ考えだったのだろうか。即座に言葉を返してきた。 「人が乗っているのよりは気が楽だけど……でも……」 なんであれが……とキラは口の中だけで付け加える。あれはヘリオポリス崩壊とともに無に帰したとばかり思っていたのに……と。 だが、現実問題として目の前にそれから作られたとおぼしきものが存在している。と言うことは、何かの方法であれを入手したと言うことだろう。 「……カトー教授の行方、調べて貰わないと行けないのかな」 それと、オーブにいるというみんなの無事も…… 彼らにまで手が伸びているとは思わない――カガリがそんなことをさせないと信じている――だが、ザフトにまで潜入していた連中だ。万が一という可能性は否定できない。そして、自分を連中が必要とする理由も。 ただのパイロットだけなら、連合でもそれなりのものがいたはずなのだ。あるいは、コーディネイターをさらって洗脳という可能性もあるだろう。 だが、ことがOSであれば、話は違う。 特に、あれに関してはキラ以外では理解できないであろう記述があるのだ。それを理解しなくても、それなりのものは作れる。だが、それ以上の改良を加えることは不可能だと言っていいはず。 「……僕は……人殺しの道具を作ったつもりは、全くないのに……」 どうして、それを……とキラは思う。 だが、それがまた『人間』なのだと言うこともキラは理解していた。 「ともかく、今はみんなを守ることを優先しよう」 自分に言い聞かせるようにキラは言葉を呟く。 そして、襲いかかってきたMSをビームサーベルで動作不能に追い込む。ここで、完全に破壊できないことが、甘さだと言われるかもしれない。だが、パイロットが乗っていないとしても、キラには完全に破壊することなどできないのだ。 『えぇい! 鬱陶しい!』 イザークの叫びがキラの耳に届く。 「……手応えはなくても、数が多ければバッテリーを消費する……デュエルのバッテリーの残量は?」 今気がついた、と言うようにキラはイザークに問いかけの言葉をかけた。 先ほど起動したばかり――しかも、現在は外部バッテリーからエネルギーを得ている――ストライクと違って、デュエルは内部のバッテリーだけのはずだ。 『心配するな。まだ80%を切った程度だ。こんな事でそうそう消費をするようなことはない』 パイロットが乗っているならともかく……とイザークが笑う声がキラの耳に届く。 「そうだね……僕と違ってみんなは起きていたんだから、技量が伸びていて当然だよね」 心配して迷惑だったのかな、とキラは小首をかしげた。 『謝るなよ。心配して当然なんだからな』 アスラン達がこのセリフを耳にして目を丸くしているなど、キラは知るよしもない。 「ならいいけど……」 そう言いながら、キラがビームサーベルを目の前のMSに突き立てようとした。だが、それよりも一瞬早く、別方向から撃たれたとおぼしきビームがそれを破壊した。 「シグー?」 その軌跡をなぞるように視線を動かしたキラの瞳に飛び込んできたのは純白の機体。それは、確かザフトの隊長クラスのものが使う機体だったはず。あの戦いのおり、フラガからそう聞いた記憶がキラにはあった。 『あれは……クルーゼ隊長の機体か』 どこかほっとしたような口調でイザークが呟く。 『そのようですね。合流できますか?』 アスランではなくニコルがこう声をかけてきた。 「多分……」 『俺たちよりも、自分たちのことを考えるんだな』 キラの言葉に被さるようにして、イザークがこう告げる。 『道だけは切り開いてやる』 そして、言葉とともに彼は動き出した。キラも慌てて彼を追いかけるようにストライクを動かす。 二機の動きは、まるでずっとともに戦っていたかのように自然に連携を取っていた。 |